第53話 いとも容易くえげつなく

 トリィワクスと靄之内グループの混成勢力と、ミヨAK率いるトオトミ勢力が激突。様々な神話の様々な存在が入り乱れ戦いを繰り広げる。

 神魔装兵の数としてはトオトミが十を超え圧倒しているのだが、トリィワクスが質としてカバーしていた。だがそれも、ミヨAK=ヤクシニーが参戦した事で均衡は傾いていく。

 アスラを狙った愛咲=ヴァルキュリアの槍は、割って入った大鎌によって阻止された。スカートをなびかせるヤクシニーの姿は妖艶でさえある。

「遅れまして申し訳ございません」

「やっと出てきましたね。晟生さんを返して貰います」

「実は私、晟生様を気に入りましてございます。このまま頂いてしまおうかと考えているところです」

「えっ、えええっ!」

 驚きの声をあげた愛咲=ヴァルキュリアであったが、次の瞬間には全身から怒気が立ち上りだす。

 それは比喩ではなく、青色をしたオーラが湧き上がり翡翠色をした三つの眼に炯々とした光が宿った。瞬時に槍を投げつけるが、ミヨAK=ヤクシニーは予見していたのか軽々と避ける。そのまま飛翔する槍は円錐型の雲さえ発生させ後方に位置したキキモラを貫き一撃で倒す。とんでもない威力だ。

 しかしヤクシニーは平然としている。

「あらあら、何を怒っていらっしゃるのでしょうか。私、決めました。この戦いが終わりましたら晟生様と結ばれる事としましょう」

「「「させません」」」

 ヴァルキュリアのみならず、ラミアとセクメトの全身からも怒りのオーラを立ち上る。三体の神魔装兵が発する力場が共鳴しあってか、その周辺景色が歪むほどの異変が生じている。

 周りを囲むトオトミ勢力は怯み気味で、四本腕のアスラや鰐頭のセベクなどは恐れを成し後退ったほどだ。

「えー、あちしもご相伴できるニャら寝返っちゃおっかニャァ」

 呟いたケットシーの足元にラミアの尾が叩き付けられると、地面に亀裂まで入っている。ネコ顔が引きつり尻尾が狸の如く膨らんだ。

「うそうそ、冗談なのニャ!」

「ミシェ、戻ったらお仕置きなのですよ」

「そんニャァ……」

「うん、でも頑張り次第では減免もありえますので」

「頑張るニャ!」

 レイピアを構えたケットシーがアスラの一体に突きを放ち、軽い身のこなしで相手を翻弄する。ラミアの放つ炎が上空のルフを狙い回避されるものの、それは囮でセクメトの投げつけた斧が命中。胴に刺さったまま墜落、地面の上で素体コアへと戻ってしまう。

 虚空から取り出した槍を構えるヴァルキュリアとヤクシニーは互いの隙を窺いつつ睨み合った。

 そして戦いが――しかしスキュラが戦場に到着した。

「あーたたち。戦いはそこまで、これを見るといいのだわさ」

 触手にぶら下げられた車体に神魔たちの視線が集う。


◆◆◆


 触手に捕まった車は、フロントドアとガラスには吸盤がベッタリ張り付き、肉感をもったそれがうごめく様子が分かる。どうやら運ばれているらしく、車内はゴンドラのように揺れていた。

 靄之内は完全に車酔い――そう呼んで良いかは不明だが――となっており、今にも吐きそうだ。「大丈夫?」

「おおっ、心配してくれるのか我が友よ」

「この状態で吐かれたら最悪だから」

「……それでも俺は嬉しいぞ。このツンがデレに変わる時を待って見せる!」

「永遠に待ってろ」

 冷たく言い放った晟生は、フロンドガラスの限られた視界から外を窺った。高く掲げられているためか、視界がとても広い。そこに見える戦いの場は、ゲームの盤面かアニメのシーンのようだ。

 トリィワクス関係の見慣れた神魔にセクメトを加え、靄之内のバフォメットにウンディーネ。さらにはミヨAKのヤクシニーとアスラ数体にセベク、アスラ、マーマン、オニ、ケンタウルス。

 それらが実際に存在し動き激しく戦いを繰り広げているのだ。

「あーたたち。戦いはそこまで、これを見るといいのだわさ」

 大音響の声がスキュラから発せられた。

 戦いが止まった様子にくすんだ藻色の肌をした女は、勝ち誇った様子だ。そのまま運転席側に手を伸ばし、軋むような金属音にバキバキと破断音が混じりドアがむしり取られた。

「うわっ!」

 危険を感じた晟生はシートベルトを外し、後部座席に逃げようとしたのだが遅かった。スルリと中に入り込んだ触手の先端が、その胴体に巻き付いてしまう。

「つかまれ!」

 靄之内が手を伸ばしてくれるのだが、それをつかむより先に晟生は外に引き出された。もし手をつかんだとしても、遅いか早いかで同じ結果だったに違いない。

 そして空中に両手を掴まれ吊り下げられた。

 浜樫=セベクは靄之内の乗る車をセベクに預けると、自らは獲物を見せつけるが如く高く掲げてみせる。手荒な扱いに苦痛の声があがるものの、お構いなしだ。

「あーたたち、この小娘がどうなってもいいのだわさ?」

「浜樫様、折角の戦いに水を差さないで下さいませ。私、不機嫌でございます」

「お黙んなさい。手っ取り早く勝った方がいいってものだわさ。さて、抵抗できない連中を虐めるのって最高。ほーれほれ、あーたたちの仲間を辱めてやるわさ」

「う゛ぇっ!?」

 晟生は目を見開いた。

 両手を挙げ足が浮いた状態では呼吸する事も苦しく、さらには触手がヌチャリと肌に張り付き気持ちが悪い。その触手による辱め……脳裏に薄い本的展開が駆け巡るのだが、しかしどうする事もできなかった。

 細身の触手が晟生へと忍び寄り、嬲るように衣服を剥ぎ取っりだした。公開処刑の辱めにトオトミ勢力も大半が面白げに見ており、残りの事情を知っている者たちはいろんな意味で動揺中だ。

「ほれほれどうだわさ。ははん貧乳だわさ、そんでもって最後の一枚……はれっ、はてこれは何だわさ……もしや男? この小娘が男ぉ!」

 スキュラの叫びが戦場に轟いた。

 ヴァルキュリアは両手で顔を覆いつつ指の隙間から見ており、セクメトはマジマジと見つめ、ラミアは横を向きつつ目だけをむけ、ケットシーはラミアの尾で押さえ込まれもがいている。その他の神魔たちは固まっており、ポトリと武器を取り落とした者さえ存在した。

 どうすれば――晟生が情けない気持ちで思ったとき、何かが飛来し触手を斬り跳ばした。さらに落下する晟生を抱え受け止めるのだが、その体表は白く肉の詰まった固さを持つゴムのようで――。

「白面!? 生きてたの!」

 晟生は自分の状況を忘れ、思わず喜びの声をあげた。

 しかし、その姿は以前と比べ傷を負い損傷をしていた。片腕は完全に失われているのだが、その断面は真っ白で元から何も無かったかの如く平らだ。

 ズシッと地面に降り立った白面は跳ねるように駆け、離れた場所で晟生を下ろす。さらに爪に引っかけてあった布を投げかけてくれた。意外に紳士だ。

「えっと、ありがとう」

「晟生」

「……どうして助けてくれたの?」

「晟生」

 もどかしげに言葉を繰り返す白面であったが、ふいに背を向けると咆え声を発しスキュラへと突撃していった。その思わぬ乱入者に神魔装兵たちは戸惑い、白面に襲われるスキュラを傍観するだけだ。

 とりあえず晟生は布を腰に巻いた。

 そこに機動兵器が飛来する。見覚えのある形状で、何より肩に魚の骨がペイントされているではないか。間違いなくトリィワクスで組み立て中であったPD515……なんとか、といった名前の機動兵器だ。

「よっし無事だった。なんとか間に合ったね!」

 聞こえて来た声は誰あろうリーヌであった。

「それ完成したんだ」

「いつ壊れてもおかしくない状態だけどね。それより、背中のラックを外すから」

「え?」

 しゃがみ込んだ機動兵器の背後で金属固定が外れる音が響き、地面の上に重たげな何かが降ろされる。晟生が回り込み確認するとそれは――。

「アマツミカボシ!」

 その素体コアであった。

 晟生専用の最高の護衛ともなる存在。今一番欲しいと思っていたものである。

「よっし最高! リーヌ大好きだよ」

「ふぁああんっ」

 機動兵器は機械の限界であったのかガクリと膝を突き倒れこんでしまった。そのまま甲高い警告音が数度鳴り響き、内外共に力尽きぴくりともしなくなる。

 男が希少な世界でそんな事を言えばどうなるか、少しも気付かぬ晟生であった。

 なんにせよ今の晟生にはやるべき事があるのだ。

 腰布一枚で素体コアによじ登れば着装者の接近を感知し装甲が展開される。内部に入り込めば腕や足が固定され装甲が再び閉じ身体が固定されていく。

 網膜に幾つかの数値パラメーター、起動プロセスが表示され身体感覚が装甲の端まで拡大し一体化していく。全身がしっかりと覆われると、もう何も恐くない。

 晟生は一直線に真上へと飛翔。

「あはっあはははっ! もうこれで……キレるキレるぞキレてやる!」

 深く静かに胎動する感情が高まり意識が一点に集中。

 攫われ男に迫られ、捕らわれ快感に屈し、吊され晒された全てへの怒気。それら全てを打ち払う力を与えるのは、まつろわぬ星の神。強圧に抵抗せし象徴だ。

 脳裏に煌めく白く力強い存在を励起。

「アマツミカボシ!」

 晟生は自身の感覚が膨張し拡大し濃密となる事を感じた。そのまま眼を見開けば、高い視点で戦場を眺め戦いの響きを感じ世界を踏みしめる。

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