第51話 頂きましたくっころを

 晟生せおは呆然として室内を眺めやった。

 格子模様の天井はひとつずつに異なる色が塗られ、そこから吊り下がるのは寺などでしか見ない金色の装飾。壁には羽と手足のある野菜の絵があったかと思うと、何故だか男性用便器も飾ってある。

 金色したソファーに鎮座する女性の髪はタコ足のように広がったいた。

「こいつはトオトミを預けている浜樫ひんかしだ。見ての通り趣味の悪いヤツさ」

 靄之内もやのうちは不快そうに顎でしゃくってみせた。

 どうやら仲良しではなさそうだ。しかし、相手の女性はそうでもないらしい。少しばかりネタつくような笑顔ながら不器用なウィンクをしている。

「あーた、何をおっしゃるの失礼よ。どこが趣味が悪いのかしら」

「素直な感想だ。もっと、部屋をまともな感性にしてから招待してくれ」

「あらあら、ちょっと強引に来て貰ったからと怒ってらっしゃるのかしらね。靄之内の若様とあろう御方が、なんて度量が狭いのだわさ」

「ちょっと強引? ほほう、装兵で無理矢理連れてくる事がちょっとなのか。そもそも男を強引に連れ去って監禁するなど、男性保護法に違反するぞ」

 お前が言うなと晟生は思ったものの、冷ややかな目をする程度に留めた。

 周りには浜樫の護衛たちが詰めている。靄之内のように――友好的でないとはいえ――知己でもない者が下手な発言をすれば、あまり楽しい事にはならないだろう。

 晟生が身を小さくしながら周囲を伺えば、笑顔のミヨAKと目があった。直ぐに目を逸らし、極彩色な棚の上の置物を眺めるものの、ずっと見つめられている事が気になって仕方がない。

「とにかくだ、直ぐに俺を帰せ。今であれば、軽い懲罰程度で済ませてやろう」

「あらまあ、ここまで来てそうもいかないわさ。とにかくね、以前からお伝えしてるお話しが進まないでしょ。だからもう、ちょっと強引に進めさせて貰うだわさ」

「その件は何度も言っているだろう。絶対にノーだ!」

「今のシズオカの置かれてる状況はお分かり? 我々は一つにならねばならないの。その為に若様とあたしが結ばれる事こそが、最高の手でしょう。どうして拒否するのだわさ」

「簡単だ、お前が嫌いだからだ。自由のない男とはいえど、相手を選ぶ権利ぐらいはある!」

「そんなもの、ないだわさ」

 浜樫は口元をゆがめ笑った。

「男にそんな権利はないだわさ。若様も今までの生活でそうでしたでしょ。用意された選択肢の中で、与えられた自由で生きるのみ。それが男の運命ってものよ」

「たとえそうであろうと、俺は本当に嫌な事は拒否してきたつもりだ」

 勢いよく手を一閃し、靄之内は苦渋と共に強い意志を示してみせる。

 あくまでも拒否する態度に浜樫の目が薄く細められた。そうなると酷薄で感情の薄い顔となる。靄之内と不仲状態にありながら、地区任されるだけの人物という事なのだろう。ただ、それゆえに暴走し勝手をしだすのかもしれないが。

「あたしを拒否するのは……もしかして、その小娘が原因?」

 ギロリと睨まれ晟生は思わず背筋をただしてしまった。

「いいえ無関係です」

「お前如きが口を開くな! 無礼者が!」

 ドスの利いた声で怒鳴り声だ。目を怒らせた浜樫は付近に置かれた乗馬鞭のようなものに手を伸ばした、それなりに使い込まれたもので恐らくは普段から頻繁に使用しているのかもしれない。

 鞭を振り上げ打ちかかろうとする浜樫を靄之内が止めようとする。だが、それも突き飛ばされ倒れ込んでしまう。そして晟生に一撃が加えらる。

 だが、その寸前で阻止された。

 横から進み出たミヨAKがあっさりと浜樫の腕を掴み、乗馬鞭を取り上げ放り投げてしまう。

「お待ち下さいませ。実は私、この子は私が気に入ってますので」

「そうなの? では若様とは関係ないのかしら」

「ありませんね」

「まあ、そうなの。驚かせて、ごめんなさいだわさ」

 言って浜樫は晟生を撫でるような素振りをする。思わず逃げれば、それをミヨAKに捉まってしまう。トリィワクスでも彩葉いろはに抱き締められているのだが、それよりも拘束度が強い。まるで囚われた獲物のようであった。

「とりあえず、お話しはここまでだわさ。今からスルガとイズと調整する間、よーく考えておいて欲しいだわ。さあ、お二人をお部屋にご案内して差し上げて」

 浜樫が手を叩き指示をしている。


◆◆◆


 晟生と靄之内は新たな部屋に監禁された。

 幸いな事に、そこは一般的な内装であった。白い壁に薄緑のカーテン、床は柔らかな色合いをした緑だ。先程の部屋が部屋だけに、とてもすっきりとして見えてしまう。

「では、こちらでお過ごし下さいませ」

 ミヨAKの手で椅子に縛り付けられた晟生は顔をしかめた。ロープで背もたれに縛り付けられ、両足も同じく椅子の脚に固定されている。思いっきり力を込めるが少しも緩まないぐらいだ。

「とりあえず助けて貰ったのは嬉しいんだけどね。これを解いてくれると、もっと嬉しいかな」

「残念ながら、駄目でございます。お部屋の用意できるまで、この状態でお願い致します」

「お部屋ね……窓に鉄格子があるような部屋かな?」

「その通りでございます」

 目の前に立つミヨAKは薄らと笑みを浮かべていた。とても嬉しげで、こんな状況でなければどんな良い事があったのか聞きたくなるぐらいだ。しかし、じっと晟生を見つめる様子は少しばかり執着がありすぎる。

「晟生様はお美しい。実は私、見目麗しい方が好みでございます」

「あーそうなの。てっきり靄之内と関係があると思ってたけど」

「若様とは、お遊びでございますので」

「だってさ」

 晟生は横を向いて言った。

 そちらに靄之内がいるのだが、こちらはもっと厳重に縛られている。恐らくは体格差を考えてであろうが、ロープでぐるぐる巻き状態だ。

「なるほど、俺は好みではなかったという事か。それはすまなんだ」

「若様は少々と申しますか、男らしすぎでございます。その点で晟生様は女性よりも美しく、まさに理想でございます」

「それについては俺も同意しよう。晟生が女であれば、いやもちろん男でも構わぬのだが」

「若様と晟生様の睦み合い……それも見てみたいのですが駄目です。私が先ですので」

 ミヨAKは晟生の頬に手を這わせ、うっとりとして呟いた。そのまま跪き、ずいっと近づいてくる。撫でるように晟生の両足に手をかけ、ひざまづきながらスカートをめくった。そのまま頭を突っ込み潜り込んでくる。

「ちょっ、ちょっと!?」

「ご安心を、大丈夫で御座います」

「大丈夫じゃない! そういうの良くないってばぁ!」

「うふふ、それではさっそく」

「ぴゃああああっ!」

「まあ、かふぁいいふぃめい」

 スカートの中から響くミヨAKの声は不明瞭で、まるで何かを咥えているような感じだ。そして晟生は目を見開き悲鳴をあげる。ただし、それは苦痛が原因ではない。

 必死に腰を退こうとする晟生だが、椅子に拘束された状態でどうする事もできない。なすがまま、されるがまま。未知の体験に悲鳴をあげ、歯を噛みしめ羞恥と共に何かを耐え続ける。

 それを眺める靄之内は身を乗りだした。

「おおっ、これは何と……滾るではないか! うむっ、すんぱらしい光景だ!」

「こっち見ないで、見るなっ!」

「馬鹿な。これを見ずして何を見る! メイドにご奉仕される女の子と見せて男! くっ、これは滾る滾るぞぉ!」

「こいつらぁ……くっ殺せ!」

 目尻に涙を滲ませ晟生は声を張り上げる。それから……かなり耐え続けたものの、しかし長くは続かなかった。結局は屈してしまうのだが、もちろん一度では済まず何度も悲鳴をあげる。

 やがて姿を現したミヨAKは上機嫌な様子で口元を軽く拭い、最高の笑みで会釈までしている。その前で晟生は精気を奪われたように虚脱していた。いや実際、奪われたのだが。

「美味しゅうございました。私、満足でございます」

「ううっ、酷い……」

 項垂れながらシクシクと泣き言を呟いている。ばさりと垂れた長髪の間から見える目は、ハイライトが消えた虚ろな感じだ。すっかりと気落ちしている。

 ついでに靄之内も何やらショックを受けた様子であった。

「凄いものだな、俺など二晩に一回が限界だというのに……」

「うふふふっ、これは夜が楽しみですわ。優しくしてさしあげますわ」

「おい、見学は可能か!?」

「まあ若様ときたら仕方ありませんね。見られながら……そういうのもありでございます」

 勝手な事を言う二人に晟生は怒りの目を向ける。しかし、所詮は拘束された状態。どうする事も出来ないのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る