第50話 争いは同じレベルで

「見るがいい、あれがミヨAKの操る神魔装兵ヤクシニ-だ」

 白い肌の顔立ちは妖艶さを感じる大人びた表情があり、ショートボブの黒髪に紫の髪飾り。細くしなやかな手にある武器は鋭い刃の大鎌。銀の胸甲と漆黒ドレスを合わせたような装備。そして数枚に分かれたスカートの間からは艶めかしい生足が見えている。

 その鮮やかに美しい姿を見れば、顕現密度とカルマの高さが容易に想像された。

「だから戦いを止めないと――」

「問題ない。あれは古装兵という存在でな、普通より強力な装兵なのだ。さらにミヨAKも元はフリーランスの傭兵をして実戦経験も豊富。そら見ろ、戦況が変わったぞ」

 まずセクメトが回し蹴りで吹っ飛ばされた。地面の上をゴロゴロと転がり、ぱたりと倒れ素体コアに戻ってしまう。

 ヤクシニ-は大鎌を振り回し、一足飛びで襲いかかるヴァルキュリアの槍を弾いてみせる。さらなる槍の突きを軽い跳躍で回避、手首の返しで回転させた大鎌の斬撃を放つ。その一撃はヴァルキュリアの紺碧色した肩装甲を斬り裂くものの、同時に黒ドレスのわき腹を槍によって斬られている。

 どちらもダメージは浅い。

 両装兵の武器が上、下、右、左と何合も打ち合わされ、激突音と共に紫電と火花が散れば、刃風はかぜの巻き起こすうなりは途切れることなく辺りに響きわたる。

 援軍の到着に靄之内親衛隊は勢いを取り戻した。

 ラミアの放つ炎をウンディーネが水流で防ぎ、空中で水蒸気爆発が生じる。両者の間で激しい撃ち合いが始まるのだが、隙をついて高速で接近したラミアが尾の一撃を放つ。それをウンディーネは流体となって回避、逆に纏わり付こうとするのだが放たれた炎に阻止され、一進一退の攻防が続く。

 弱り気味のバフォメットには機動部隊が加勢し、ケットシーを取り囲み周りから射撃兵器の銃弾を浴びせだす。ダメージはないものの集中を遮り苛つかせる効果はある。そこにバフォメットの攻撃も加わりケットシーを釘付けにしだす。

「ふははははっ、どうだ! 圧倒的じゃないか、我が靄之内もやのうちは! 賊など一網打尽としてくれる」

 得意げな口調の靄之内は、お気に入りの玩具を自慢する子供のようだ。

「どこが圧倒的なんだか……なかなか見通しの甘いことで」

 このままでは困る晟生せおは靄之内に詰め寄ると、その手をぐいっと引いた。

「むむっ、どうした」

「あれは迎えに来てくれた仲間なの。だから戦う必要なんてないの。OK?」

「はっ? なんだと? いやしかし……なんで早く言わない!?」

「言おうとしたけど聞こうとしなかったじゃないか」

 両者はしばし睨み合う。

 だが、モニターの中では閃光が煌めき戦闘が激しさが増していくばかりだ。

「迎えというが、何故ああも凶暴なんだ」

「たとえばお前が連れ去られたならどうなる? 皆が奪還作戦で突撃するでしょ。だから早く帰りたいって言ってたんだよ」

「もう戦闘は始まって今更どうにもならん。しかも我が靄之内グループに戦いを仕掛けたわけだぞ、落とし前というものもあるし、こちらにも面子がある。はい、そうですかと許す事など出来んぞ」

 その言葉に晟生はムッとした。

「何が起きても知らないって忠告はしたよね。そしたら、何が起きるか楽しみだと言ったはず。そうそう、確か後で文句も言わないとも約束してたよね」

「うっ、まあそれは……」

「とにかく今は戦いを止めないと駄目なの。分かる?」

 事実、ラミアの放った炎が木々を焼き、ヴァルキュリアの槍から放たれた光が岩壁を打ち砕く。放っておけば周辺の被害は拡大していくばかりである。

 靄之内は顔をしかめながら頷く。

「分かった。共通通信システムを起動させ呼びかけるしかあるまい」

「だったら外に出て姿を見せた方が確実だよ」

 晟生と靄之内を先頭に全員が外へと飛び出した。


◆◆◆


「停戦せよ停戦せよ。両者とも停戦せよ」

 通信を送る靄之内と、その横で両手を大きく振る晟生。

 姿を見せるためには目立つ場所に行かねばならず、周囲で一番高い場所に晟生の連れて来られた建物があるわけで、そうなると屋上に行くしかない。

 しかも階段などあるはずもなく、点検用の非常梯子を使わねばならなかった。

 もどかしく施錠を解き、錆の出た金属の段を大急ぎで昇り足場の悪い高い場所に立つのだ。海からは強風が吹きよせ、眼前では神話の如き戦いが激しく繰り広げられている。恐怖とまではいかずとも、少々度胸を必要とする状況だろう。

「あっ、とりあえず戦闘が止まったかな?」

 戦場を眺める晟生は風にかき乱される髪に困らされながら言った。しかし曖昧であるのは、まだ一部では激しい戦いが繰り広げられているからに他ならない。

 槍と大鎌は激しく激突し、一向に止まる気配はない。

 両者ともに実力が拮抗しきっているがため、止める止められないのかもしれない。その他は戸惑いつつも動きを止め、互いに距離を取るもののヴァルキュリアとヤクシニーの戦いだけはそのまま続く。

「おい停戦だ! 停戦だと言っているだろうが!」

「ごめん。その通信機貸して」

「むっ説得してみるのか」

 梯子昇りで汚れた手を軽く打ち合わせ払うと、晟生は通信機を手に取った。

「あー、あー。いいのかな、止めないなら本のネタバレするよ。帝国の守護者は実は哀しい事に――」

 ヴァルキュリアがびくっと反応し、後方に大きく跳んで距離を取った。対するヤクシニーは戸惑った様子となるが、とりあえず追撃をする様子もない。やがて大鎌を虚空に消し去ると、同じように跳んで距離をとった。

 意外に近くまで来た事で足元が軽く揺れ、晟生は恐ろしい思いをしてしまう。

 何にせよ激しい戦いであった割りに、呆気ない幕切れとなった。

 通信により不幸な誤解という言葉を伝え、まずは簡単に誤解を解く。かくして戦いは収束したのだが……もちろん全員の警戒があっさり解けるものではない。神魔は両陣営に分かれ対峙したままだ。両者に死者こそ生じてないが、それまで戦っていた相手と、あっさり和解するなど出来る筈がない。

 特にトリィワクスの装兵たちは、決死の覚悟で突撃してきたに違いなく、まだ興奮冷めやらず、寄らば斬るといったぐらいの様子である。

 相変わらず風にかき乱される髪に戸惑いながら、晟生は頷いた。

「とりあえず、この件を問題にしないという事でいいでしょ」

「むうっ……仕方があるまい」

「でもまあ、土地を荒らしたのは事実なんだよね」

 晟生は静かに辺りを見回した。

 山肌は無残に抉られ土が露出、地面には爆発跡が幾つも残されている。別の場所では木々が根こそぎ薙ぎ倒され、まだ煙が立ち上ったままの場所もあった。幸いな事は付近に民家などがなく人的被害がなかった事ぐらいだろうか。

「まあ何かしら賠償ぐらいはするよ」

「むうっ賠償だと?」

「手っ取り早く金銭でいいかな。見積り額を算定してくれるとありがたいけど」

「そうは言うが、安い金ではないぞ」

「まあ何とかなると思うけど――」

 そのとき、上空を何かが過ぎった。

 驚き見上げたそこには飛翔する巨大な鳥影がある。

「あれはトオトミの浜樫ひんかしが所有する巨鳥ルフか? このタイミングで襲って来たのか? ……まさか我が友よ、あれとグルなのではないだろうな」

「知らないよ」

 靄之内の支配地内も一枚岩でないとの話で、その浜樫という者が反旗を翻したと疑っているようだ。もちろんトリィワクスが手を結んでいる可能性もあるが……しかし警戒する愛咲=ヴァルキュリアたちの動きを見れば間違いだと分かる。

 地面を揺らし、ついでに胸部を揺らしヤクシニーがやって来た。そのまま護衛として位置するのだが――素早く伸ばされた手が晟生を掴む。

「えっ、あれ?」

「少々ここで大人しくして頂けますでしょうか」

 ヤクシニーから丁寧なミヨAKの言葉が放たれ、晟生はそのまま胸元に抱えられてしまった。柔らかさに押し付けられ、しっかりと放さない強さがある。そこには何と言うべきか抵抗心を根こそぎ奪う安らぎがあった。

 さらにミヨAK=ヤクシニーは靄之内を掴む。そちらはかなり雑だ。

「おいこら、もう少し優しく掴めぬのか」

「若様、もうしわけありません。これから少し揺れますので」

「何?」

「実はこのまま、トオトミまでお越し願いたいのでございます」

 その言葉に靄之内親衛隊やメイドたちは気色ばむが、ヤクシニーの手中に靄之内があるためどうする事もできない。状況を察したトリィワクス隊も同様に何もできないでいる。

「なにっ!? これからか」

「そうでございます。急で申し訳ございません」

「まて! 狙いが俺であるならば、我が友は解放してやってくれ。俺だけで良いだろう!」

「そうすると思われますか? 当然連れていかせて頂きます」

 言ってヤクシニーは大きく跳躍、飛来した巨鳥の背に跳び乗ってしまう。残される者たちは、遠ざかる巨鳥の影を見つめるばかりであった。

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