第49話 殺る気に満ちたお迎え

「シズオカも一枚板でなくてな。我が靄之内もやのうちはスルガ地区に勢力基盤だが、油田はトオトミ地区にある。しかもイズ地区にも不穏な動きがあるわけで治政者としては難しいところだ」

「そんな奴がブラブラ街に出歩くとか不用心だって思わない?」

「時には気晴らしというものが必要で――」

「しかも見ず知らずの相手を連れ帰る。危機意識が足りないとしか言えないね」

「うぐっ……」

 靄之内は言葉を詰まらせ、正座する自分の膝を掴み項垂れた。

 一方でソファーに腰掛けた晟生せおはスカート姿で足を組み、爪先をぶらぶらとさせる。その表情はとても不機嫌そうで、少し怒気が見られた。靄之内を懲らしめた後はずっとその状態だ。

「とりあえず状況は分かったよ。だけど他人を巻き込むな。あと他人の話をちゃんと聞くように」

 説教する晟生の言葉に、いちいちメイドたちが頷いている。それはもう深々とだ。きっと彼女たちも、いろいろ苦労しているのだろう。

「ああ、まったく変なのに関わった。同じ男だと思って喜んだのが台無しだよ」

「それはお前の見た目が原因――」

「な、に、か?」

「何でもない。そのっ、久しぶりの自由時間なもので少し羽目を外しすぎた」

 首をすくめ畏まってみせる靄之内を見やり、晟生は少し考え込んだ。

 靄之内は多くの者にかしづかれ、何不自由なく生きて来たように思えるが、本当は違うのかも知れない。あのトリィワクスですら晟生を共有財産として管理しようとする意見があったぐらいだ。もっと本格的に行動を規制され管理されている可能性は高い。

 だからこそ、限られた自由の中で憂さを晴らそうと我が儘を言うのだろうか。そう考えると少し気の毒になる。

「……まあ、今回の件はこっちもちょっとだけ非があったからね。もういいや」

「おおっ許してくれるのか」

「とりあえずはね。海産物をご馳走になったし、それでチャラにさせて貰うよ」

「そうか、すまんな無理矢理に嫁などと迫って」

「全くだよ。せめて、普通に友達になるぐらいで言えば良かったものを」

 その言葉に靄之内の表情が大きく変化した。

 何か思いもしなかった事を――それも良い部類の事を――言われ気付かされたように目を何度も瞬かせる。徐々に表情に力強いものが現れ、やがて両手をしっかりと握りしめている。

「友達、そうか友達……聞いたか、お前たち。俺は生まれて初めて友を得たぞ!」

「「「若様、おめでとう御座います」」」

「ありがとう! ありがとう!」

 室内には拍手の音が大きく鳴り響き、またそのノリかと思いきや少し違う。靄之内は涙ぐんでおり、メイドたちも同様に目元を拭っているではないか。よっぽど嬉しかったらしい。

「とりあえずね、いい加減仲間のところに帰らないと――」

 晟生が言いかけたとき、ドスンと激しい振動を感じた。

 直後、けたたましい警報が鳴り渡る。周囲に控えた女性たちは即座に状況確認のため耳元を押さえ、どこかと通話を始めている。それまでの緩んだ様子は少しもなく、誰もが険しい表情だった。

「敵襲!? どこから!」

「それは不明。四体の敵神魔装兵が接近中! 若様とご友人の避難を急いで!」

「タイプは槍を装備した青鎧、それから蛇体タイプとネコタイプ、斧を装備した獅子。いずれも標準以上のカルマとのこと。警備班が迎撃に出ます」

 そうした言葉に晟生は戸惑った。

 聞こえた言葉の内容からすれば、それはヴァルキュリアにラミアにケットシーでトリィワクスのメンバーで間違いない。だが、斧と獅子は何か分からなかった。

 悩む晟生が不安がっているように見えたらしい。

「安心しろ、こんな事もあろうかと周囲には我がグループの警備を配置してある。それも神魔装兵に機動兵器だぞ、どんな敵だろうと問題ない」

 靄之内は頼もしそうに宣言してみせた。

 軽く指を鳴らすと窓ガラスの一つがモニターとなって映像を映し出す。それらはどんな伝承の存在なのか頭部や身体の一部が山羊となった女性、身体が液体めいた半透明の女性。よく分からないがゴリラかオランウータンのような毛むくじゃら。そして足軽の落ち武者が複数いる。

「あれはバフォメット? 残りは分からないけど」

「正解だ、よく知ってるな。県境警備隊とは別に、俺の専属の護衛をしておるがバフォメットにウンディーネ、イエティはワンオフ製造された神魔装兵だ。量産タイプとはいえどヨモツイクサが三体、機動兵器も多数と並の相手なら軽く蹴散らしてくれる。安心しろ」

「えっと、あれは……」

 晟生は困ったように呟いた。

 続いて画面に映し出された姿は見覚えのあるものだからだ。しかし、いつもと様相が違う。かつて無い程に気合いが入っており……そう、間違いなく激怒して殺気に満ちていた。

「悪いけど通信機か何か――」

 言いかける晟生の言葉など聞かず、靄之内は親衛隊とでも呼ぶべき部下に奨励の言葉を通信しだす。しかも大張り切りで勢い込んだ様子だ。

「いいかお前たち、我が友人の前である! 無様な姿を見せるなよ」

『お任せ下さい』

「不埒な襲撃者どもに、我が靄之内グループの恐ろしさを教えてやれ!」

『畏まりました!』

 迫る襲撃者に迎え撃つ親衛隊。

「えーと、あのさ。戦闘なんて必要なくて――」

「見るが良い! 戦いが始まったぞ!」

 両者ともに建物を巻き込まぬ位置で接敵せってきし戦いを始めるのだが――。

 ラミアの尾が振り回されヨモツイクサがまとめて薙ぎ倒されると、放たれた炎によって数体が素体コアに戻ってしまう。ケットシーは背中の毛を逆立て威嚇するとレイピアを振るい、バフォメットを執拗なまでに刺している。ヴァルキュリアが放つ光の刃はウンディーネを切り刻み、イエティが援護に入らねば一撃で倒されていたかもしれない。

 その攻撃は鬼気迫るとでも言うべきか、やっぱり激怒している。

「なんて凶暴な敵だ……」

「いやまあ普段は優しいんだよ。でも怒らせない方っがいいのは確かだけどね。とにかく通信を――」

「いかん一体こちらに来るではないか。ええい、警備どもめ。だらしがないぞ!」

「あれは……」

 向かって来る存在に晟生は戸惑った。

 雌獅子頭をしたそれは女神セクメトだろうと思える。断定出来ぬのは水晶の杖だった武器がハンドアクスである点と、かつて敵対した際のグラマラスさが大幅減のためだ。

 まず雌獅子の顔は柔和で子供っぽく愛嬌があり、布を纏った体は小柄で手足は短く明るく健康的。がおーと平仮名で表現したくなる様で機動兵器を威嚇し、ぶんぶんと斧を振り回し、とっとこ突撃してくる。

 セクメトだとしても、セクメトちゃんと呼ぶべきだろう。

「いやしかし、あの動き……初乃ういの?」

 人間というものは動きに癖があり、親しい間柄であれば遠目であっても歩く仕草や姿勢だけでも直ぐに分かってしまうぐらいだ。そして初乃とは何度となく稽古を行っている。だから動き方などから、それなりに癖が分かっていた。

 そうなると、ついに神魔装兵の乗り手になれたのだろう。めでたい事だが、今はそれを喜んでいられる場合ではなかった。あの容赦ない性格で突撃してくれば大惨事間違いない。

「そうか外に出れば!」

 直接話をして説明すれば戦いを止める事ができる。

 出入り口に向かおうとする晟生であったが、それを靄之内が引き留めた。

「下手に外に出ぬ方が良い。あのように凶暴な賊どもだ、何をしでかすか分からんぞ」

「大丈夫だから。なんとか戦いを止めてみせるから」

「我が友にそんな気を遣わせてしまうとは……大丈夫だ、まだ手はある」

 靄之内は感極まった様子から、メイドの一人を見やった。

「ミヨAK、頼めるか!」

「若様ご心配なく。私も行って参ります」

「うむ頼むぞ、お前が出ればもう心配はいらんな。奴らを蹴散らしてやれ」

「畏まりました」

 優雅に一礼するミヨAKと呼ばれたメイドは、誰あろう晟生が男かどうか確認したショートボブの女性であった。どこか妖艶さを感じ、綺麗な薔薇には棘があるといった印象だ。

「ちょっと、でも……」

「ご心配なさらず。こう見えましても私、強いので」

「そういう問題ではなくて」

「行って参ります。晟生様に勝利を」

「ああっ、だから待って……」

 晟生が説明する前にミヨAKは軽やかな動きで走り出て行く。

 モニターの中でトリィワクスのメンバーはいずれも大活躍でダメージを受けた様子はない。それ自体は喜ばしい事だが、少々やり過ぎだ。ヨモツイクサが全て倒され素体コアへと戻り、バフォメットは息も絶え絶え。ウンディーネは健在ながらイエティが力尽き消滅していくところだ。

 靄之内の親衛隊は壊滅の危機に瀕していた。

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