第44話 麺からつくる
それは
「ねえ、ぼくラーメンって料理を食べてみたい!」
遺跡探索に参加した貢献者を招く食事会が予定されるのだが、問題はどんなメニューにするかだ。悩める晟生は、参考までに助手一号と二号にどんなものが食べたいか相談していたのである。
「ラーメンだって?」
「うん、漫画の中で何度も出てくるやつだよ。液体の中に変な紐状のものが入ってるというかさ……何だろ。スパゲティをスープに入れた感じなやつ」
「見た目は近いけど、それ全然違うからな。でもラーメンか……初乃が集める漫画となると、さては気球に乗って配達する話かな? でも初期のころはラーメンがかなり出てたはずだから、そうとも言えないか」
「だーかーら、先を言わないでよぉ」
半袖シャツにハーフパンツの初乃は椅子の上でじたばたと暴れた。
それについては
形勢の悪い晟生は肩をすくめた。
「はいはい、悪かったですよ。それでラーメンね、これまた難しいものを……」
「えっ! ラーメンって難しいの!?」
「スープで麺を食べる料理だけど、その種類は千差万別にして型があって型がない。基本系統に醤油に豚骨に塩と味噌があるけど、そこに魚介系や動物系にこってりあっさりと色々ある。さらに創作系を加えていくと収拾が付かない。スープにどんな麺を合わせトッピングをどうするか、一杯の丼に己の生き様を現わそうと哲学的に悩んでしまえばラーメン三銃士の力を借りるしか――」
「ストップストップ! 晟生ってば落ち着いてよ」
初乃の言葉で晟生は我に返った。
「うん……少し動揺した」
額を押さえ呻く晟生の様子に、初乃はラーメンがどんなものか考え込んでしまったぐらいだ。愛咲もまた心配そうに恐る恐る尋ねてくる。
「ラーメンというものは、難しいのでしょうか?」
「そんな事はないよ。まあ基本の醤油系鶏ガラスープで本格的でないなら出来るよ。アルバイト先の店でも簡単なものはつくってたし。もし美味しく出来れば最高の料理だろね」
「最高の料理ですか?」
「まあね。ラーメンを食べるためだけに旅行に出かけ、さらには何時間も行列してでも食べるぐらいだよ。しかもラーメン専門の祭りまであって、そこに何万何十万という人が集まるぐらいだね」
その説明に姉妹はゴクリと唾を呑んだ。
なお、三人揃ってテーブルを囲む様子は女子会にしか見えやしない。なにせ晟生の見た目は女の子そのものであるからだ。
「うーんとね、材料はどうだったかな……」
思い出そうとすると、案外覚えていないものだ。ネットの百科事典を一言一句覚え、スラスラ暗唱できるような知識も記憶力ないため知識チートも難しい。
「麺は強力粉と薄力粉で適当にやればいいかな。問題のスープでまず鳥……」
「この前に買ったので丸ごとあります」
「じゃあ醤油もあったから大丈夫として、あとは出汁が問題かな。それがあるとないでは美味しさが全然違うからね。もちろんラーメンだけでなくって、その他の料理全般もだけど」
その言葉に愛咲と初乃の目がギラリと輝く。どちらも晟生の料理を最高に美味しいと思っており、まだ上があると知ってしまったのだ。
「そうですか。では、出汁というものを用意しましょう。どうやって入手すればよろしいですか」
「出汁ってのは、素材の旨味を煮出したものだから野菜類を使えばいいかな。でも欲しいのは海産物系の出汁で、そうなると鰹節とか煮干し。そんなの無いよね」
「うーん、ありませんね。残念です」
二人はがっくりと項垂れた。
だがしかし、横で聞いていた初乃は笑顔で声を張り上げる。
「あっ、ぼく鰹節のある場所知ってるよ。もちろん煮干しもだよ」
「本当ですか。それはどこ……あっ」
続いて愛咲も気付いた。
このトリィワクスに最高級の鰹節と煮干しが存在する場所。それは一カ所のみであるのだ。
◆◆◆
「フギャーッ! フシャーッ! 返せーっ! あちしのお宝ー!」
ミシェは語尾にニャを付ける事すら忘れ騒いだ。
しかし
流石に気の毒になった晟生は慰めの声をかけてやる。
「ごめん、余計な事に気付いたもんで」
「うっ……うっ……いいのニャ。また皆にたかって集めてやるのニャ……」
「なんだか同情する気が消えてきたね」
晟生が呟けばミシェは尻尾を膨らませ、鋭い八重歯を見せた。
「そこは同情して欲しいニャ!」
「冗談だってば。食事会には美味しいラーメンを出すから」
「ほんとかニャ! そんニャらしょうがないニャ。晟生は良い奴ニャァ、もちろん、あちしを一番に食べさせるのニャ」
「いいよ、一番だね。本当に確認するけど一番だね。お腹を空かせた皆の前で、一人で食べるわけだけど、それでもいいの?」
「……やっぱし皆と一緒に食べたいニャ」
言いながらミシェは肩を落とした。
供出した鰹節と煮干しを思っているのだろうが、彩葉の腕の中で力無く項垂れる姿はヌイグルミのようだ。当分は動く気力すらなさそうだ。
「なんだか大丈夫かな」
心配する声に彩葉はミシェを揺さぶり、ガクガクと頷かせてみせた。
「うん、大丈夫にゃん」
「真似すんニャ……」
どうやら大丈夫そうな様子に晟生は安堵した。
「じゃあ料理に行くけど、彩葉も食事会楽しみにしてね」
和やかに言って晟生が歩きだせば、ミシェが手を振ってくれる。もちろんそれは彩葉に操られての仕草なのだった。きっと食事会までには元気になるだろう。
食堂の調理台には材料が一通り揃っていた。
料理は段取り
エプロン着用の女の子三人――ただし一人は晟生――は腕捲りをしながらラーメンづくりに挑む。
まず麺を作らねばならず、薄力粉と強力粉を捏ね冷蔵庫で寝かせ再度捏ね、また寝かせる。それを棒を使用して伸ばし何度か折って切って麺にしていく。
実演して見せた晟生は粉だらけの手を軽く叩いた。
「こんな感じ。残りの麺を伸ばすのは助手一号と二号に頼もう」
「うっ、でも晟生さんみたいに上手くできるか自信ないです」
「形が不揃いでもご愛敬ってものだよ。やり方が分からなかったら、どれだけでも聞いてくれていいから。まずはやってみようか」
「分かりました、美味しいものを食べるためでしたら!」
愛咲は力強く頷く。その金色の髪は照明を受けて輝き、青い瞳は情熱に燃えている。どうやら心の底から楽しみにしているらしい。
もちろん言い出した初乃も勢い込み、二人して手を合わせ気合いを入れているぐらいだ。
「慣れると他の麺でも応用がきくから。さてと、それなら……スープスープ。今ラーメンを求めて全力投入するのは鶏ガラを使ったごく一般的なスープ。強いて違うところをあげるとすれば、鰹節と煮干しを入れてるってとこかな」
晟生は口ずさみながら鍋を手に取りコンロに向かった。
思い出すのはアルバイト時代の事だ。店主の一人娘に一目惚れして、自分が店を継ぐつもりで料理に情熱を燃やしたものである。その時にラーメンづくりも挑戦してみた経験が、今ここでこうして役立っている。世の中は何が幸いするか分かったものではない。
「昆布はないけど、煮干しで出汁をとって鰹節を合わせよう」
それとは別に肉や香草系や野菜、チャーシューに使う豚肉も一緒に入れ大鍋でじっくりと煮込む。小まめにアク取りを行っていく。
「麺できたよ……ちかれた。ぼく、もう手が動かない」
「私はまだ大丈夫です。食べるだけの余力は残してますので」
麺は少し不揃いだが上手く出来ていた。食べるぶんには何の問題もないだろう。そちらを確認する間に二人は煮込み中の寸胴に近寄り、手で仰ぎ香りを堪能している。
「何だか凄く良い匂いですよね。もう完成でしょうか!」
「うーん……まあ完成は完成なんだけどね……」
「問題でも?」
「何と言うか味がイマイチ決まらないんだよね。もうちょっとコクが欲しいと言うが、奥行きが欲しい感じだよ。まあ、これで食べられない事はないと思うけど」
晟生は顎に手をやり、ぼやいた。足りない材料の中で自分なりに工夫し、それなりに上手くいったと思うが、頭の中で思い描く味とどこか違い腑に落ちないのだ。
「とりあえず味見をしましょう!」
「ういうい、賛成!」
味見、それは助手の特権である。
小さな椀にまずは試作の一杯が用意された。
照明の光を浴びキラキラと輝く黄金色の澄んだスープ。くゆる湯気に穏やかな香りが含まれ、優しく食欲を刺激。潜む中細ストレート麺の上に薄く切られたチャーシューが鎮座、薬味ネギのトッピングが添えられる。
レンゲを使いスープを一口。
バランス絶妙な薄醤油と塩加減、混ざり合った奥行きのある素材の旨味。あっさりしながらコクのある熱々スープが喉を通り込み胃に落ち込み、そこから全身へと幸せ気分を広げてくれる。
そっと麺をすくい上げ啜る。
コシのある中細麺はそれ自体にも旨味があり、纏ったスープとの相性も素晴らしい。喉越しと共に更なる幸せが広がる。麺と共に時折感じるネギが良いアクセントとなり、思いついてチャーシューを囓れば口の中でホロホロと崩れるような食感と味わいを広げてくれる。
全てが程良く、全てが優しく、そして美味しい。
間違いなく癖となる味わいに二人の少女は言葉を忘れ、黙々と麺を食べつくしたかと思うと、憑かれたようにスープと水を交互に飲み続けてしまう。
愛咲は艶めいた雰囲気で深々と息を吐き、余韻に浸り虚脱する。
「もう最高です……」
「ういういも同感。こんな美味しいの初めて。ラーメンも晟生も最高」
「お代わりしましょう。もちろん味見です」
「だよね、味見味見」
騒ぐ二人の横で、しかし晟生は考え込む。
確かに美味しい。今できる自分の最高を尽くしたという自負はある。だが、自分の思い描く味に到達しているかと言えば、そうは思えないのだ。
とりあえず現状の満点という事で、次回はさらに上を目指さねばなるまい。
決意する晟生の横で、そろそろ二人は味見の範疇を超えつつあった。
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