第43話 ネコも鳴かずば、ぶたれまい
薄暗い格納庫の一角が煌々と照らされ、賑やかではないが活気に満ちていた。
保護シートを床に敷き、そこに置かれた機械の残骸を整備担当の女性たちが取り囲む。どうやら洗浄や異物の除去を行いながら確認作業を行っているようだ。
基地跡から回収できた残骸は多種多様で、かなりの数に上った。
既に完了し綺麗にされた残骸は壁面付近に置かれ並べられ、パーツに直接番号が書き込まれ、または番号札が取り付けられるなどして整理されている。それでも回収された状態の残骸は、まだまだある。
整備班の女性たちは、普段から素体コアのメンテなどで顔見知りだ。
晟生の到着に気付き笑顔を見せてくれるものの、それで作業の手を止めたりする様子はない。右に左にと、こまめに立ち働いている。
「素体コアにトリィワクスの機械物全般のメンテがあって、しかも回収した物の修復もしなきゃいけないんだ……ごめん、なんだか申し訳ない気分だよ」
晟生が肩を竦めつつ謝ると、リーヌは慌てた様子で左右に手を振った。
「そんな事ないよ、こんなレストア作業とか大好きな連中ばっかだから。ねっ、みんなそうだよね」
リーヌの言葉に整備班の全員が一生懸命に頷いてみせた。
「だったら良いけど……」
「謝るのは私たちの方だよ。ほら、トリィワクスの応急処置した箇所から白面に入り込まれたじゃない。危ない目に遭わせてごめん」
「別にあれは気にする必要ないのに。入って来たのは白面だし、それにこうして無事だったから」
互いに言い合う横でミシェが笑う。そこらに放り出されていたのだが、ちゃっかり晟生の足元に来て待機していたのだ。
「ニャハハッ、あん時はあちしの大活躍で晟生を助けてやったのニャ。整備班の諸君、あちしに感謝しとくのニャー」
「「「…………」」」
全員が揃ってため息を吐いた。
「忙しい中で、これの相手が一番大変なのでは?」
「やっぱり分かる? そうなのよね……ああもういいや、作業に戻ろっと」
リーヌは髪に巻いたバンダナを再度固く縛り直し、腰に縛ってあったオーバーオール作業服に袖を通し作業準備に取りかかりだした。すかさず渡された資料に目を通す顔はキリッと引き締まっている。
どうやらお遊びは終わりらしい。
「作業を見てても構わない?」
「別に見て面白いもんでもないと思うけどね。でも歓迎だから、好きに見てて」
「じゃあ邪魔しないように見学させて貰うね」
「物好きだね」
リーヌは苦笑する。
「だったら、あちしも見てるニャ」
「あんたは余計な事をしないでよ。とにかく邪魔しないで大人しくしててよ」
「もちろんなのニャ。トラストニャー」
真面目な顔でミシェは宣言したものの、リーヌは額を押さえウンザリした顔だ。
「とりあえず、晟生はそれの見張りをお願いできる?」
言ってリーヌは作業に入った。
テキパキと小気味よく動き、仲間に指示し質問や確認に素早く答え助言するリーヌは整備班の中核だ。天井クレーンで残骸を運び、パーツを思い切った動作で分解したり引き剥がしたかと思うと、張り付いて内部に頭を突っ込む。細かな作業から力作業まで、率先してこなしている。
全員が夢中で、如何にも機械を弄りが楽しくて堪らないといった様子だ。
眺めて晟生は少しも飽きなかった。さらには、必要となった工具を運んだり機器のスイッチを入れたり、ミシェを見張ったりと雑用を手伝っていると、あっという間に時間が過ぎていく。
アラームが鳴って、リーヌたちは休憩に入った。
「ありがと、晟生のお陰で助かったよ」
格納庫の固い床に座り、思い思いに身体を伸ばし解している。どうやら、作業効率維持のため一定時間毎に強制的に休む事になっているらしい。
「いや雑用してただけだから」
「でも、そういう細かい作業が案外と時間取るの。それがペースの乱れになるのよねー」
「確かにそれ分かるかも」
言いながら晟生は飲み物の用意をする。それは休憩用に準備されていたポットからコップに注ぐだけだ。しかし、そんな簡単な事だけでも整備班にとっては嬉しいようだ。きっと居てくれるだけで満足なのだろう。
晟生は自分の分を注ぎつつ、組立中の機動兵器に目をやった。
金属架台に部品取りされたパーツが幾つも並び、まずは骨格だけが仮置きされた状態だ。周囲には外装装甲も置かれ、ミシェが取り付けた一本角の頭部も置かれていた。
「ニャアニャア、完成したらパーソナルマークをペイントするニャ。お勧めは、ネコマークニャ」
「これ以上余計な事しないでよ。マークはドクロにするって決まってるの」
「かーっ、これニャから素人は。ドクロマーク付けて粋がってるやつとか、大抵しょぼい奴なのニャ。骨がないから骨を好むのニャー」
「死なす!」
リーヌが手にした菓子をペシッと投げつけ、すかさずキャッチしたミシェはそれを頬張る。そんな攻防が繰り広げられるのだが、整備班は誰も気にした様子がない。要するに、仲良く喧嘩するジャレ合いという事なのだ。
「だったら晟生はどう? ペイントするなら格好いいドクロのマークだよね」
「そんなはずないニャ。ネコマークの一択ニャよね」
少女二人に迫られ晟生は腕組みしながら頬に指をあてた。
「どっちでもいいけど、間を取って魚の骨とかどうかな?」
長い髪をサラサラと流し小首を傾げた様子は、美しい生物にしか見えないものだ。実際に周りの女性たちは見とれたまま動きを止め感嘆しきっている。
「……はっ、うん! 魚の骨ね、それいいかも!」
「はふぅ、今夜のオカズ頂きニャ……」
「この馬鹿ネコ、邪悪な事とか言ってんじゃないの」
「うるさいのニャ。あちし知ってるのニャ、リーヌだって毎晩晟生をおかずに――ぐげっ」
顔を真っ赤にしたリーヌは座ったまま腰の入ったパンチを放った。
周りの整備班たちは素早く話題を展開しようと、機動兵器について語りだす。とりあえず自分をおかずに何がされているのか、晟生も気にしない事にした。
それに機動兵器の無骨な二足歩行メカなど、凄く興味がわく。
素体コアも良いのだが、やはり乗って操縦するメカに対する感心は格別なのだ。
「機動兵器……そっか、こういのが実用化されたんだ。凄いな、やっぱりロマンで憧れるね」
「でしょでしょ、飛行ユニット装着で高速機動も可能なんだから」
「ローラーダッシュはないんだ」
「あっ、晟生って意外に通だね。ローラーダッシュとかクルものがあるけどね、乗り心地とか整備面から廃れたみたい。ちょうど、この機体より前の世代ユニットまでだよ」
「なるほど」
頷いた晟生は組立中の機体を眺めた。素体コアよりは大きいが、顕現した神魔状態よりは小さい。完成すれば、ちょうど中間ぐらいになるだろう。
「この機体について知ってる?」
「もちろん! PD515X-4って言って、機動兵器の第三世代なの」
眼を輝かせるリーヌの様子に、踏んではいけないマニアの尾を踏んでしまったと気付く。だが、もう遅い。
身を乗り出したリーヌは勢いよく喋りだす。
「起伏の激しい地形で作戦遂行能力が高い二足歩行兵器の歴史は長いけど、この機体は当時としては画期的な新型動力と新機軸の人工筋肉を採用したの。しかもこの世代は資金と資源が潤沢だったせいで、性能的には後世代より上ね。採用したアビオニクスのチョイスとか部品数の削減具合とかもう堪らないのよ。でも神魔装兵と同時期でもあるの、そうなると基本的に兵器のコンセプトって機動力を向上させ回避を主になるんだけど、この機体はまさにその先駆け。だから、従来機より小型化してるんだけど。ほら見て見て、この肩の張り具合と強調された胴と太腿部。被弾しやすい箇所に装甲を越しつつ軽量化、でもって心理的威圧感も持たせてるのよね。この設計には技術者魂っていうか、拘りを感じるよね――あっ、ごめん」
一気に喋りあげたリーヌであったが、我に返って気まずい顔をした。饒舌に喋っていた時とは打って変わり、ションボリとした様子で落ち込んでさえいる。
「興味あるから、時間がある時にゆっくり聞かせてよ」
「うんっ! 任せて一晩中でも話せるから!」
「そこはお手柔らかに」
嬉しそうなリーヌは今にも話しだしそうで、晟生はそっと話題を変える。
「あー、でも意外と言ったら失礼かもだけど、整備とかする場所なのに綺麗に整頓されてるもんだね」
「当然ね、良い作業をするには整理整頓が第一歩だから」
「なるほど。皆も身嗜みがちゃんとして、やっぱり一流の技術者は違うね」
「ま、またまた。あんまり見られると、その……恥ずかしい」
照れるのはリーヌだけではなく他の者も同様だ。
そんな様子にニャハニャハ笑いが響く。
「ちゃんとしだしたのって晟生が来てからニャ。前なんて髪もボサボサで油臭かっ……ぐげっ」
ゴンッと鈍い音がしてミシェは倒れた。
だが、整備班の全員は和やかな顔で、目の前で悶絶する姿など気にしてない。誰が殴って黙らせたかは問題ではなく、それは全員の総意という事なのだろう。
もちろん晟生も気にせずのんびりとする。
やがて作業を再開した皆を眺め、作業の合間に何かつまめるものでも用意しようと考えつつ、ミシェを爪先で
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