第4章
第42話 稼げ稼ぐよ好感度
旧時代の将校服を着る
その姿は容姿にスタイルに長い髪もあって男装の麗人にしか見えないものだ。
ぷらぷらと目的のない足取りでトリィワクスの通路を一人歩いて行く。暇だからと部屋に閉じこもる事もせず、または
幅の狭い通路の壁面にあるパイプを軽く小突きつつ、スタスタと歩き出会いを求め進む。とはいえ、トリィワクスの女性たちは暇ではない。
誰もが役割を持って活動しており、通路で出会う相手は仕事中。それでも晟生に会えた事を喜び、ちょっと手を止め足を止め嬉しげにしてくれる。邪魔にならない程度の会話しかできないがしかし、長話が苦手な晟生にとっては程良かった。
「それじゃあまたね、今度ゆっくり話そうね」
「本当!? 楽しみにしてるから――やたっ、晟生君と話ちゃった!」
手を振って分かれた航海科の女の子はスキップするような様子で仕事に戻って行く。通路を曲がる時に振り向き視線が合うと、笑顔を輝かせ手を振っているぐらいだ。かなりの好印象らしい。
上手く会話できたと安堵しながら晟生は歩きだした。
こうやって一人ずつと会話し友好度を高めようとしているのだ。全てはトリィワクスでの立場を確保するめの地道な活動であった。ちゃんとコミュニケーションを取っておけば、困った時に味方となってくれるはずだ。
もちろん、そんな下心だけではなくトリィワクス内部の事を知っておきたいという思惑もある。
「こっちが……格納庫っと」
完全に慣れたとまでは言わないが、迷う事もなく進める程度にはなっていた。元々がそれほど迷うような構造ではないのだ。初乃のように変な近道をしさえしなければ迷う事もない。
分厚い扉が自動で開き格納庫に足を踏み入れた。
空気の質が違う。
先程までの通路は少し生活臭とでも言うべきか、温かく柔らかいような雰囲気があった。だが、ここにはそれがない。やや乾燥気味で潤滑油や金属の匂いを感じ、どこか冷たく固いような雰囲気があった。
節電のため照明の幾つかが落とされ、薄暗がりの多い格納庫の中を進む。
少し行くと佇む神魔装兵の素体コアの前に来た。整備ハンガーやクレーンや何か分からぬコードに囲まれ、着装者不在のそれは博物館に展示される鎧というよりは、何か前衛的なアートに見えた。
向こうにはコンテナが置かれ、それらを吊り上げるための移動式クレーンなど簡単な機材を運搬するための車両なども存在している。
コンテナまで来たところで、忙しない足音がやって来た。
「あっ晟生ニャ。ちょうどいいニャ、あちしはこのコンテナの中に隠れるニャから。コンテナの中には居ないって言って欲しいのニャ!」
息せききった様子のミシェは返事も待たず、傍らにあった金属コンテナの中に飛び込んだ。軽く蓋を持ち上げ、するりと入り込む身のこなしは、まさにネコの如くである。艦橋で悶えて愛撫を乞うた姿は想像もできないほど慌てている。
何が起きたかとの疑問は、すぐに判明した。
「ああもうっ、馬鹿ネコどこ行った! ったく、逃げ足が速いんだからぁ」
ケットシーの整備担当の少女がスパナを手に走って来たのだ。
さっぱりした容姿でスタイルも良く、洒落たバンダナを髪に巻いている。使い込まれたオーバーオール作業服は上を脱ぎ、腰で袖を縛ってタンクトップ姿。晟生に対する態度は良い意味でぞんざいでフランクな口調のため話しやすい相手だ。
それだけに相手の名前も覚えてる。
「あれリーヌ主任じゃないの」
「いいとこに晟生がいた。あの馬鹿ネコ見なかった?」
「また何かしたみたいだね」
「そうよ、回収した機動兵器の残骸あるでしょ。修復途中のヘッドに一本角のブレードアンテナを付けて、挙げ句に白塗装までしたの。V型で格好よく決める予定だったのにぃ!」
怒って地団駄を踏んでいるぐらい悔しがっている。一本角かV型か、そこは譲れない何かがあるのだろう。たいした拘りのない晟生には、どうでも良いことだったが。
「はあ、なるほど。ミシェって以外に器用なんだ」
「どうやってか一晩で仕上げて、しかも念入りに接合して取れないのよ」
「またまた……」
「で、どこに行ったか知んない?」
リーヌも立ち話するぐらいなので、怒っているが心底本気ではなさそうだ。案外と作業の間の気晴らしついでなのかもしれない。
「ミシェね、ミシェだったらコンテナの中には居ないよ」
正直者の晟生が含み笑いしながら言うと同時に、コンテナの中でガタゴト音が響いた。まるで中で何者かが驚き慌てふためいたような様子だ。
意図を察したリーヌはニンマリと笑う。スパナを晟生に押しつけ辺りを見回すと、そこらに転がっていた角材を持ち上げジェスチャーで耳を塞げと合図。コンテナの壁面を強打した。
銅鑼を叩くように重厚感のある音が辺りに響き渡る。
「ぎにゃあああああっ!」
コンテナの蓋が勢いよく開きミシェが飛びだす。そのまま耳を塞ぎ床にうずくまってしまい、リーヌに足先で突かれてもプルプルと震えるだけ。なお、塞いでいるのはネコ耳の方で、やはりそちらが敏感のようだ。
さすがに気の毒になった晟生はしゃがみ込み笑いながら話しかける。
「ミシェ。聞こえていたら、自分の頼み方の不味さを呪うがいい」
「頼み方ニャ?」
「そう頼み方だよ」
「ニャ、ニャア、それは?」
「君は上手く頼んだつもりかもだけど、君の隠れた場所がいけないのだよ」
「ニャア、謀ったニャア!! あちしとて戦闘班ニャ、無駄――」
繰り広げられる寸劇の横で、リーヌは角材を床に打ち付けた。中々の迫力だ。
「ねえもう一発欲しいわけ?」
「ごめんニャ。マジで勘弁してニャ……」
「そう、それじゃあ気も済んだし仕事に戻ろっと。もちろん、これも連れていこ」
リーヌは角材を元の場所に戻すとミシェの首根っこを掴んだ。歩きだした彼女を晟生が追いかけ並ぶと、少し意外そうにしつつ微笑んでくれる。
床を引きずられるミシェについては、どちらも少しも気にしない。
「レストア作業ってどんな感じ。使える部分とか残ってたの?」
「大破してパーツ取りも難しいのもあるけど、そこそこの状態もあったね。一機なんて表面に小傷があるだけの完品状態。きっと上に重量物が乗って動けないまま力尽きたかな。パイロットもそのままミイラ化してたからね」
「そ、それどうしたの……まだそのままとか」
もし残っているなら、ここで回れ右するつもりで尋ねるとリーヌは片手を振って否定した。
「大丈夫だよ、もう埋葬したから」
足元から自分も手伝った事を主張する声もあったが、それはスルーされた。
「どうせカリカリに乾燥してるから、簡単だったよ。まあ他の機体は骨の欠片しか残ってなかったからね、多少は埋葬できただけ良かったんじゃない」
「他の人は欠片だけ……」
「うーん、まあね。破壊された時の衝撃でバラバラになったとか焼けちゃったとか。後は虫とか動物とかに荒らされるでしょ。ちょっと残った分だけでも埋葬されて運が良かった方じゃない? ほらほら、このネックレスはお礼代わりに貰っちゃった」
サバサバとした口調で何も気にした様子がなかった。
この死生観は彼女だけなのか、この時代全体のものかは分からない。だが、晟生にはあまり理解できない事であった。
荒れ果てた世界は自分の所属していた世界とは異なるのだと思い知らされる。それで居場所のないような気に――なったりせぬように気を引き締める。ここを自分の居場所と決め、自分から馴染んでいくつもりなのだ。
だからこそ周囲とも積極的に関わろうとしている。
「なるほどね、でもそうやって弔ってあげたんだ偉いね」
「べ、別に偉くなんてない。好きでやってるだけだから」
「そういうの良いよね。好きな事を仕事としてやれるなんて」
「仕事って言うと、なんだか違和感。だって仕事って、生きる糧を貰うためにやる事じゃないの? 上手く言えないけど、そういうのとちょっと違うから」
「なるほど」
頷いたものの、その辺りの感覚も晟生には分からなかった。人生は仕事とプライベートという区分しか持っていないのだ。
「あちしが皆から鰹節と煮干しを集めるのと同じニャ」
「あんたのは、ただの狩りみたいなもんでしょ。一緒にしないで」
「すんませんニャ」
ミシェは引きずられながら謝っていた。
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