第41話 てれんくれん世界の手練手管
「――というわけで遺跡は崩壊しました。すいません」
しかし白面が最期にみせた合図については触れていない。
言ったところで信じて貰えないであろうし、信じて貰えたとして今度は何故という事になる。艦内に侵入された際の不可解な言葉を報告していれば、まだ説明のしようはあっただろうが、今は嘘に嘘を重ねるしかなくなるように、報告する事が出来なくなっていた。
幸い
瞑目し頷きながら聞いていた
「そんなこた、どうだっていいんだよ。それよか二人が無事に戻った事が最高の結果ってもんだ。こればっかりは何物にも代えられない。だがね、それはそれとして――なんで勝手に遺跡に入り込んだ! トリィワクスの到着まで待てなかったのか! どれだけ危険だったのか、わかってるのか!」
本気で怒鳴る和華代の声に艦橋の全員が震え上がった。
「現場で判断するなとは言わない、そうした状況がある事も分かっている! だがね、報告と相談できる時は常にしなけりゃ駄目だろうが!」
だが、それは感情に任せてのみ怒ったものではない。
実を言えば、和華代には事前に同じ報告をしてあるのだ。そして施設内で回収したデータを提出し密かに解析をして貰っている。そうした事があった上での、この艦橋でのやりとりだ。
周囲への見せしめと今後の艦運営への適正化の為といった計算、何より今後無謀な判断をせぬようといった戒めを多分に含むの怒りであった。
和華代は老練な遣り手という事なのだ。
「艦長。この件に関しまして進言があります」
しかし、その和華代にしても予想外であったのが副長である沖津の反応だろう。
「この貴重な男である
艦橋内はざわついた。
女性たちにとって晟生のトリプルS遺伝子は垂涎の的であり、それが配布されるというのだから反応は大きい。現状において、晟生がまだ誰にも遺伝子提供してない事もマイナスに働いていた。
――これはマズい。
周囲の様子を窺うべく、晟生は艦橋をぐるりと見回した。
艦橋クルーと主要メンバーの十数人が揃ったここは案外と狭い。直ぐに全員の様子が確認出来る。互いに顔を見合わせ互いの様子を確認しあう姿もあれば、既に晟生へと怪しい視線を向けだす姿もいた。
このトリィワクス艦内における晟生の立ち位置というものは微妙だ。
希少な男、さらに希少なトリプルS――それらは最大の武器であると同時に最大の弱点になる。今は和華代の考えや方針もあって自由にさせてもらっているが、価値あるからこそ徹底的に保護し管理すべきという意見があって当然だろう。
女の子に囲まれ、お気楽ハーレムというわけではないのだ。
「もちろん彼にもメリットはあります。安全と快適を保証し、衣食住の全てを面倒みて貰えるのですから。これ以上の幸せはないでしょう。他の男性などはそうされていると聞きます。我々もそれに倣い彼を管理するべきではありませんか」
冗談じゃないと晟生が思っていると、
「待って下さい。そんな事は酷いです」
「そうだよ。晟生は仲間だよね、仲間にそんなことするなんて駄目だよ」
同時に
とはいえ、沖津に同意する者も存在する。
トリィワクスの主要メンバーは大きく二派に分かれ対立の一歩手前。この場のトップである和華代は沈黙を保ち、事の推移を見守るばかりだ。
――これはこれでマズイ。
和華代にとって大切なものはトリィワクスという場所だ。それを瓦解させかねない存在を排除する事は充分に考えられる。どれだけ貴重で価値があろうと何を優先させるべきか、この老婆は見誤りはしまい。
どうすればいいのか、刹那の間に思考が高速回転し――その時、晟生に電流走る。
「そうか、なるほど。なるほどね」
低く抑えた笑いをあげ、晟生は悠然とした態度で前髪をかき上げた。
普段と異なる仕草をとれば、女性めいた顔立ちは怜悧な美しさを醸しだし、人の目を惹きつける迫力と魅力を生じさせだす。
晟生は思いついたのだ。
今ここで何をどうすることが己の生存に繋がるのかを。後はそれに向けて全力で取り組むのみ。
「確かに管理して思いの通りにさせるというのも、有りかもしれない」
豹変とも言える態度に、艦橋の女性たちは戸惑っていた。
晟生がそれら困惑した視線を一身に受け止め――さらに、その視線を楽しむように――前に出る。たったそれだけの仕草に女性たちは圧倒され譲るようにして退いていく。
「晟生さん? 何を……」
「しかしどうなのかな、本当にそれで望むものが得られるのかな」
「えっ!?」
愛咲が小さな声をあげるのは、晟生に抱き寄せられたからだ。
晟生は華麗なる仕草で迫り、優美な動きで愛咲の腰に手をやり抱き寄せていた。そして間近に迫った彼女の顎をクイッと持ち上げる。
ざわつく艦橋。
「人間という者は自由の中で思いのままに動き、自らの心が欲するまま好きな相手と好きな事をする。そう、たとえばこんな風に」
「ふぇっ……」
覗き込むようにした愛咲に顔を近づけキスをする。
ただしこれまで女性とまともにキスした経験がない晟生なので、何を思ったかディープなキスをしてしまう。しかも思った以上に愛咲の中が心地よいので、堪能するように舌を絡め堪能していく。
艦橋の女性たちは言葉を失った。
男が稀少な世界で美しい顔立ちの男がキスをしている。男とそんな事をするなど、まさに妄想の世界でしか起こりえないことなのだ。全員が呆然としながら少しも目が放せない。
晟生が手を放せば愛咲は膝から崩れ落ちるようにへたり込んでしまった。夢見心地の蕩けるような目で見上げ、ぼーっとしている。
「こんな事は本心でなければ出来やしない。さらに、ほらおいで」
「ぼ、ぼく!?」
「もちろんさ、よしよし初乃は可愛いなぁ」
「あうっ……」
今度はぐいっと抱き寄せた初乃の額に頬を寄せ密着させる。
「初乃はいつも頑張って偉いよね。でも疲れたらいつでも頼っていいんだよ。どんな時だって応援してあげるし、どんな時だって味方でいるから」
「ういぅぃ……」
そのまま強く抱きしめてやり、次々と褒めながら髪を始めとして全身を撫でていく。それを受ける少女の顔は見る間に真っ赤となった。
晟生に解放された初乃は歩く事さえままならず、ふらつくほどだ。女性クルーが受け止めてくれるものの、何やら残り香を奪い取るように抱きしめてさえいた。
静まり返った艦橋の中で晟生が視線を巡らせれば、次は自分かと女性たちは期待と緊張で顔を紅潮させる。場の雰囲気が変わりつつあった。
「ほれ、ネコ助」
「だ、誰がネコ助ニャ! あちしは――」
「来い」
「はいですニャ……」
反論しかけた言葉を遮り、指で招けばミシェは抗う事を忘れた。
おずおずと近寄ったところを強引さを持って愛撫し、意地悪な方向で言葉責めをしながらネコ耳をハグハグと噛んでやる。
「どうした、このネコ助め。いつもの威勢はどうした。おらおらここか、ここが良いのか。さあ、どこが良いのか言ってみるんだな。どうして欲しいか言ってみろ」
「噛んでニャ、そこもっと噛んで下さいニャ!」
「だが、断る。代わりにこっちだ」
「フニャァァ……」
甘い声をあげ身を任せるように擦り寄るミシェであったが、寸止めお預け状態で晟生が離れると、腰が抜けたように座り込んでしまう。後は潤んだ瞳で切なそうに見つめるばかりだ。変異を持った者や、沖津を含めた気の強そうなタイプがごくりと生唾を呑んでいる。
もはや晟生が視線を巡らせば、女性たちは怯えたように身を強ばらせるぐらいだ。しかし、誰もが魅入られたように動くことすらできない。
次に彩葉に近づく晟生なのだが、それまでとは打って変わったように甘え、思いっきり抱き付いていく。まるで幼い弟が姉に甘えるような仕草だ。
「彩葉は守ってくれるよね?」
そして悪魔の言葉を耳元で囁く。
「ねっ、お姉ちゃん」
「はうぁあっ! ……彩葉さんは、今日からお姉ちゃんです!」
彩葉は琴線をかき乱され、褐色の肌を真っ赤にさせ感激感動の面もちで晟生を抱きしめた。それを見る者の何人かは、息も荒く鼻血の出そうなぐらいの様子だ。
もちろん晟生の手練手管など稚拙な拙いものでしかない。だが、男が稀少にして憧れの存在となった世界ではそれが伝説のホスト級効果を発揮したのだ。
かくして状況は変わった。
もはや晟生を管理下におくといった意見は忘却の彼方に放り投げられている。手が届き触れ合えるアイドルに対する態度が如き様子。きっと握手券を用意すれば殺到して来る事間違いない。
なお、その晟生は喜んでなどいなかった。興奮した彩葉に思いっきり抱きしめられ、とっくに気絶していたのだ。自業自得である。
「……なんだかねぇ。こんなんで大丈夫なのかね」
和華代は額をトントン叩きがながら呆れ気味に呟いた。
それが、チョロすぎる自分の部下たちに対するものか、それを骨抜きにした晟生に対するものかは誰にも分からない。もしかすると和華代本人も分かってないかもしれない。
トリィワクスは荒野を進む。
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