第40話 生物兵器はバイオ羊の夢をみるかも

 白面が一歩前に出た。

 その足取りは何気なく平素でさえある。しかし、賞金首として名を馳せた存在の威圧感は圧倒的だ。その名の由来となった面のような顔で、鋭い歯が噛み合わされ硬質な音を響かせる。

 動いた。

 彩葉いろはは咄嗟に晟生せおを庇う。しかし、風圧はその横を通り抜けていった。

「えっ!?」

 白面の狙いは同じ生物兵器だ。強烈な蹴りを叩き込まれたモブゴブ、弾き飛ばされ通路の壁面に激突する。割れた建材片と共に落下すると、耳障りな悲鳴をあげ床の上でのたうった。

 天井から注ぐ照明の光の中で細かな埃が舞い配線から火花が散っている。その薄暗い中で残りのモブゴブは怒りの声をあげ、白面を包囲しようと動きだす。

「今のうち、中へ逃げるのです!」

 彩葉が手を取ろうとするが、しかし晟生は逆にその手を引き鋭く言った。

「駄目! この隙に素体コアを着装するしかない」

 施設内部に逃げ込んだところで逃げ場は存在せず、いずれ追い詰められてしまう。この通路を走り外へ向かったところで、必ず追いつかれる。

 それであるならば、助かるには素体コアを着装するしかない。幸いにもモブゴブたちは素体コア周辺を離れ、意識を白面に向けている。直ぐ側を通り抜ける事は危険だが不可能ではない。そして、やらねば助からない。

「行こう!」

 晟生は彩葉の返事を待たず飛びだした。

 走る。

 肌にチリチリとした感覚。本能的に横に跳べば、モブゴブの鋭い爪が寸前まで晟生のいた空間を斬り裂いた。風切り音が耳に届き、背筋をぞっとさせる。急な進路変更でふらつき、直ぐ横の壁に走りながらぶつかってしまう。反動で倒れそうになるところを、追いついた彩葉に支えられる。

「晟生くんしっかり!」

「ありがと!」

 言葉身近に叫びあい、二人三脚のように走りぬける。

 モブゴブたちに最も接近する緊張の瞬間、しかし絶妙のタイミングで白面が吠え声をあげ動いた。しかも、そのままモブゴブたちへと襲いかかっている。お陰で注意の逸れた生物兵器の横をすり抜ける事に成功。

 晟生は素体コアに飛びつくように、よじ登った。

 着装者の接近を感知しロックされていた装甲が展開されつつあるが、その僅かな時間でさえもどかしい。開きかけた状態で無理矢理内部に入り込む。中で足が固定され腕が固定され、胸面装甲がスライドしながら閉じていく。

 だが、手の空いたモブゴブが一斉に迫って来ていた。それが全てでないのは白面と戦いを繰り広げているからで、不幸中の幸いかもしれぬが不幸である事は変わらない。

 迫る爪、閉じる装甲。

 素体コア内部で身体が固定され、身体感覚が装甲の端まで拡大し一体化していく。網膜に起動プロセスが表示され、危険を知らせる表示が点滅。

「そんな事、分かってる! 動けっ!」

 グロテスクな生物兵器の顔は目前に迫り圧を感じるほどだ。反射的に払い退けようとする腕は動かず――その瞬間、神経が通じ動いた。

「よしっ!」

 猛烈な勢いのアームでモブゴブを殴り倒せば、同じく彩葉も打ち倒している。その照明を反射し煌めく紅い瞳が向けられ、力強く頷いた。

「ラミアも起動完了にて、彩葉さんも無事なのです」

「良かった……そうなると次は」

「脱出なのですが……うん、どうしましょう」

 目の前で白面とモブゴブの群れが睨み合い、しかし両方とも晟生と彩葉に対し気を向けてもいる。いくら白面がモブゴブの屍を積み上げたとはいえ、相手は人を獲物とする生物兵器たち。いつどんなタイミングで手を組むかは分からない。

 両者の間をすり抜け外へ向かう事は難しかろう。

 完全な安全を確保するには神魔装兵になるべきだが、しかしそれをするには通路は狭すぎた。仮にアマツミカボシとラミアが顕現したとして、身動きすらできないだろう。彩葉が懸念していた通りになってしまったが、彼女は責任を感じているらしい。

「ここは彩葉さんが責任を取って囮になるので、全速で逃げて欲しいわけです」

「駄目だよ彩葉を置いてはいけない。必ず一緒だよ!」

「晟生くん……」

「それだったら緑のドアの奥に行こう。行き止まりかもしれないけどね」

「うん、そうなのです。ずっと一緒なのです、ずっと」

 じりじりと二人して後退していく。

「さてさて中がどうか、分からないわけですが覚悟は?」

「ないけど、今よりはマシだよ」

「うん、それもそうですね。ではでは――」

 揃って向きを変え加速する。

 途中にいる数体のモブゴブを蹴散らし緑の大型扉を通り抜け、その先の通路へ突入した。そこから先は壁面が粘液に汚れ、薄黄色した塊がそこかしこに存在した。どうやら卵で、モブゴブたちの巣穴状態らしい。

「前が開けて広そう」

「もっと凄い巣穴という事も、あるかもですよ」

 招かれざる客の晟生たちは動きを止めず加速する。

 なぜならば後方から激しい怒りの声をあげるモブゴブたちが追ってくるからだ。半分閉まりかけで止まったままの隔壁をすり抜け、盛り上がる奇怪な卵塚を避け突き進む。

「出口があれば最高なのに。早く帰って綺麗にしたい」

「彩葉さんは戻ったら綺麗にしませんと。大っきい事は悲しい事なわけです」

 素体コアが大型なだけに、あちこち粘液やら何やらで汚れている。

「じゃあ手伝うよ」

「言質頂きました。では、戻ったら一緒にお風呂なのです」

「そっち!?」 

 通路を突き抜け飛びだした先は目算通り広い空間だった。

 弱々しい照明が降り注ぐ天井からは切れたコードや配線が垂れ下がり、剥がれた配管が折れ曲がり奇妙なオブジェと化している。壁面は大きく破壊され、そこから崩れた土砂が流れ込み手前には架台が大きく傾き資材が散乱。何らかの攻撃を受け、辛うじて原型を留めている状態だ。

 しかし今やモブゴブにとっては快適な巣穴となっているらしく、床面はヌメッとした粘液や糸を引く卵の殻などで覆われている。

 そして出口はない。

 追い詰められた状態で広い空間を旋回するしかない。さらに――。

「何かいます!」

 彩葉が叫ぶと同時に隅の方で巨大な存在が暗闇の中で身を起こす気配がした。

 それは巨大な亀のような存在だ。短い牙が飛び出した口元から光が漏れ、炎がチロチロと溢れ出る。黒々とした身体は硬そうで、背にある甲羅は突起状の衝角だらけだ。

 晟生は昔見た怪獣映画を思い出す。

 もしかすると、生物兵器の開発者も同じところから発想を得たのかもしれない。

「あれはGA-RA!? 対神魔装兵用に開発された巨大生物兵器なのですよ」

「やばい、まさかプラズマ光線を吐くとか」

「いいえ火炎のはずです」

「うわーお……なんでそんなのが、ここに居るの!?」

「さあ? ですが、大戦後は冬眠していたと推察されます。もしかするとモブゴブと共生してるのかも。うん、これは凄い事かと」

「これは戻った方がマシ……って、来た!」

 この空間に飛びだした通路から白面が姿を現すと動きを止め、晟生たちと巨大生物兵器GA-RAを交互に見やっている。

 そのGA-RAといえば、明らかに晟生を見据えている。口から噴き出す炎は勢いを増し、敵意を今この瞬間にも増している様子であった。

「これ顕現した方がいいかな」

「両方が顕現し戦闘するには厳しいのですよ。ここは彩葉さんにお任せを」

 言って彩葉返事を待たず顕現を開始。

 素体コア空間の景色が歪み、その中で帯電する赤い煌めきが放射状に広がる。そして半人半蛇のラミアが現れ出た。少ない布でカバーされた重量感ある胸がゆさりと揺れ、下半身の蛇体の尾が滑らかに動く。

「こちらに」

 そんな彩葉=ラミアは晟生を守るため胸元に抱き締めた。そうなると果てしない柔らかさに半ば埋もれてしまい、晟生は赤ん坊になった気分だ。サイズ比としては、まさにそれだろう。

 彩葉=ラミアの尾が唸り、鞭のように周囲を薙ぎ払った。モブゴブの群れは蹴散らされ辺りの卵は破壊され、一撃がGA-RAの頭部を打ち据え蹌踉めかせた。

 しかし白面は尾の攻撃を易々と回避。だが、勢いよく襲いかかった先はGA-RAだ。弱った相手を先に仕留めるつもりなのか、GA-RAの傷口に腕を突き込み肘辺りまで潜らせ、かき回し引き抜く。

 激しい痛みに悲鳴の咆吼をあげるGA-RAは天井に向け炎を吐き出し、向きを変え白面を狙うが素早い動きで躱され当たらない。

 しかし彩葉=ラミアは避けきれない。いや彼女に避ける気は最初からなかった。晟生を中心に丸まると自らは炎に焼かれ苦痛に耐えながら、その途方も無い優しさでもって包み込み守り続ける。

「晟生くん大丈夫、かな?」

 苦しげなラミアから放たれる彩葉の声は弱々しい。

「無理しなくていいから。アマツミカボシを顕現させるから交代して」

「もう少し頑張る」

「頑張るのと無理するのは違う!」

「うん、でも晟生くんを危険に晒した責任あるので」

 そしてラミアは指先に灯らせた炎を放った。GA-RAの顔面に激しい爆発が生じ、しかしその余波は思わぬ場所に影響する。間近の天井は既に火炎放射の一撃を受け破壊されており、この爆発の衝撃によって一気に破壊されてしまったのだ。

 崩れた天井から建材が落下、さらには多数の土砂と岩塊がGA-RAへと降り注ぎだす。辺りに轟く重い音からすると本格的に崩壊を始めているらしい。こうなるともはや戦いどころではなく白面ですら回避に専念する状況だ。

 もちろん余波は広がり、連鎖的に落下物が発生。むろん彩葉=ラミアの背にも次々と激突している事が衝撃で分かる。

「崩れる!?」

「大丈夫……元の通路から脱出しますので」

 這いずるラミアであったが力尽き、素体コアの状態に戻ってしまう。

 晟生は彩葉を捕まえ全力で通路を目指し飛んだ。しかしGA-RAは降り注ぐ落石の中を這い寄り襲って来る。激しい咆吼は怒りと憎しみと苦痛に満ちていた。

 その巨体は偶然とはいえ、通路を塞いでしまう。

「こいつ、しつこいぞ! ……あっ」

 白面がGA-RAへと襲いかかった。その力強い蹴りは巨体を押しのけ、通路への道を開けた。これは単なる偶然などではない。その証拠に、ちらりと振り向いた白い生物兵器は、背中越しに鋭い爪のある親指を立て『行け』と合図をしてみせた。

 驚愕がある疑問もある。

 しかし、今はそれどころではない。

「ありがと!」

 轟音の中に叫び声をあげると、晟生は彩葉を連れ通路へと一気に飛び込んだ。

 背後で崩落の轟音。GA-RAも白面も遺跡共々地下深くへと姿を消した。もちろんまだ晟生と彩葉も同じ運命を辿る可能性がある。

 晟生はアマツミカボシの素体コアを思いっきり加速させた。

 急速に空間が潰れだし背後から崩落が追ってくる。その風圧に翻弄され、飛行するバランスを崩さず飛翔する事は困難な事だ。しかも彩葉を連れている。

 粘液塗れの通路を高速で飛び抜け、あの緑の大扉を通り抜け赤の扉前を通り過ぎ、更に加速し飛翔。至難の脱出を晟生はやり遂げた。

 遺跡の通路から飛びだした瞬間に何かミシェらしきものを弾き飛ばし悲鳴を聞いた気がするものの、そんな事はどうでもいい。

 外は雨が止み晴れ間が覗いていた。

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