第39話 ハイド&シーク

 ネットワークは外部も内部も全て駄目。ローカルディスクに残されたデータだけでもと、彩葉いろはが持っていたデバイスにコピーする。ただし古い形式のデータのため、戻ってから中身を確認出来るかは不明だ。

 コピーが完了するまでの間、デスクトップ上に残されていた書きかけのレポートファイルを確認する。

「なんだこれ……」

 タイトルは未定らしく空白、はじめにの部分も書きかけ状態だ。

『検体の中で確認された■■■■(個人情報をのため伏せ字)の存在により、あらゆる技術的ブレイクスルーが達成された事は周知の事実である。■■■■は極めて優秀な触媒(触媒表現で正しいか再確認を)であり、各種新型兵器(もしくは機器とするか再確認を)の開発を躍進させた。その最たるものが装兵システムとその素体コア(他チーム成果を最たると表現すべきか要確認)の開発となるが、同様にして各種生物兵器開発の分野においても著しい効果(成果?)を発揮している。当チームにおいても■■■■から培養された胚を用い生物兵器を開発してきたものであるが、装兵システム使用に特化(もっと褒める言葉、あともっと盛る)した新生物の研究を実施することとした。この分野においても当チームは著しい結果を導き(もっと良い表現なんかない?)驚異的シンクロ率(アニメぽいが、分かり易くこの表現を推したい)を持つ個体の製造に成功した。当報告はその過程を報告するものである。なお、本研究の最大の功労者は本計画推進に尽力してきた●●(自分の名前は駄目?)をはじめとする面々である。殊に●●は個体外見をF-typeとする事を提唱しており、その類い希な発想と想像力に対しては最大の賛辞を(ここの言い回しを上手く!)送りたいと申し添えておく』

 レポートの中身は本当に手を付けたばかりのようで、思いついたメモまで残された状態で書き手の本音が見え隠れしている。

 ページを変えていくと図や表が準備段階の状態で大雑把に配置してあり、要点がメモ程度に列記されているだけだ。基地の現行戦力や兵士、素体コアの活動状況なども示されている。

 そうかと思うと、次のページで胎児の画像が出現した。

「うわっ……」

 流石にクルものがあって晟生せおは呻いた。しかし彩葉いろはは、それが何か知らないらしい。軽く身を乗り出し、不思議そうに眺めている。

「うん? これ何の生物かな」

「人間の赤ん坊……になる前段階だよ。つまり女の人の中で育ってる状態」

「じゃあ彩葉さんも晟生くんの子供ができたら、お腹の中にこれが?」

「えっと……ま、まあそうだね。そういう事とかすれば、いつかきっと……しかし培養ポッドで育てているのか。凄い技術だ」

 装兵システムに特化して製造された人間という事らしく、遺伝子を汚染させず損傷させず劣化させず、発生段階から容姿やスタイルまでを設計し誕生させ、急速に成長させた存在らしい。

 そんな説明があった後、それまでのメモとは打って変わりびっしりと画面を埋め尽くすように書き込みとなる。全てその胎児に対する熱い思いだ。

「怖っ!」

 何か変質的な愛を感じてしまう。

「それにしてもトリプルSランクの人間をつくっていたのか……もしかして、今の時代では培養ポッドで生命誕生が当たり前とか?」

「いえいえ、彩葉さんは聞いた事がありませんね」

「それもそっか。簡単にトリプルSが出来るなら、大騒ぎにはならないか。だとするとロストテクノロジーになったのかな。それがここに残っていたとしたら……今の社会の問題が一気に解決する大発見とか」

「かもしれません。でも、見つけたら艦長に判断を仰ぎません? うん、これはもしかすると各組織が秘匿するレベルの案件かもしれないわけですから」

「確かに」

 データが氾濫していた時代の知識が完全に失われているとは考えにくい。地図データがそうであるように、誰かが知識を管理している事も充分にありえた。

 転送したデータにそれが含まれているとは思えないが、この施設内を探せば残っている可能性はある。見つければ内容が内容だけに、地図やトリプルSどころの話ではない大騒ぎだろう。

 もし発見したならば、和華代に押しつけようと晟生は心に誓った。

 ページを変えていくと神魔装兵の画像が現れた。

 彩葉が晟生の肩越しにぐいっと身を乗り出すと、むにっと暖かく柔らかい。

「これはIMS-03ヴァルキュリアによる実験小隊……ですか。型番からすると、愛咲あさきちゃんの装兵よりも古いわけですか」

 見目麗しいヴァルキュリアが整列した画像が表示されている。

 愛咲の使用するものは型番がIMS-09。その変じた姿と比べるとIMS-03小隊は、全体に威厳と美しさが足りず姿も弱さを感じる華奢さで、しかも品格の点でも及ばない。それが型番が古いからなのか、着装者の違いによるためなのかは不明だ。

 結びの部分を先取りしたメモでは、現行の製産装兵の欠点について述べられており、生育中の個体の能力を完全に引き出すため最高の素体コアを準備せねばならないとしてあった。

「試作装兵コアX-01? アマツミカボシの型番はX-02……これは偶然?」

 何か嫌な予感がした。

 しかし、その結論を出す前に彩葉が晟生の肩に手を置いた。椅子から振り仰ごうとすれば、その胸に頭を押しつける結果になってしまう。だが、彩葉自信は気にした様子もなく真剣な顔で集中している。

「何か聞こえませんです?」

「えっ」

「ほら、この金属音」

「……確かに」

 開けたままにしてあった入口のドアから、シャラシャラと小さな金属同士が触れ合う音が聞こえてきた。しかし、ここは誰も居ない施設。後続の者たちが痺れを切らし追って来た事も考えられるが、それにしては音の具合が奇妙だ。

「うん、これは隠れた方が良いかもと思うのです」

「だね」

 モニタ画面を消すと晟生は彩葉と共に机の下に潜んだ。

 背の高い彩葉に後ろから抱かれる事になると、まるで子供扱いである。だが今はその安心感がありがたかった。彩葉の手が晟生のお腹の前で重ねられ、吐息が髪をくすぐる。

 僅かな隙間から入り口ドアの様子が見え――そこに異形が現れた。

 手足の長いすらりとした長身に白く腰まで届く髪に、白く滑らかな面のような顔。身体に取り付けられた拘束具の残骸から伸びる鎖が揺れ、金属音を響かせていたのだ。

 それは間違いなく白面であった。身を屈め中を覗き込む様子は滑稽でさえあるが、状況が状況だけに少しも笑えない。

 彩葉の身体が緊張で強ばり、強く抱き締められた晟生の頭は彼女の胸に押し連れられている。

 相手は神魔装兵とさえやり合える存在。最初の邂逅で我を忘れ飛びかかった時とは異なり、今は白面との絶望的な戦力差を認識している。あの時に白面が放った言葉の意味を知りたいが、命を賭けてまでする事ではない。

 心臓が激しく鼓動し呼吸が苦しくなる。身を寄せる彩葉の存在がなければ、この瞬間にも叫びをあげ全てを台無しにしていたかもしれない。その存在に縋り恐怖を堪え続ける。

 永遠にも思える数秒。

 唐突に白面は向きを変え、あのシャラシャラとした金属の触れる音を響かせ去って行った。

 二人が動けるようになったのは、音が完全に聞こえなくなって少ししてからだ。

「どうしてここに……」

 声は自然と掠れるほどに小さくなっている。

 あの白面に気付かれるかもしれない、下手をすれば今すぐにでも襲って来るかもしれない。そんな恐怖があるためだ。

「それ分からないですね。ですが、今はそれを考えるより優先すべき事があると思うのですよ」

「うん、逃げないとね。慎重に急ごう」

 つい先程までは気軽に歩いていた廊下が、今は恐怖に満ちている。全ては自分の心の持ちようとはいえ、白面の存在を知った以上はもうどうしようもない。

 白面の姿は見当たらないとはいえ、恐怖が消えるわけではないのだ。

「あいつどこかな……」

「それが分かった時点でお終いかと」

「確かにそうだね」

「何とか素体コアまで辿り着ければ良いのですが」

 彩葉は晟生を背後に庇うように構え、慎重に廊下を進む。やって来た経路のとおりに移動。せっかだからと選んだ赤色の扉まで到着した。そこを通れば素体コアを着装する事ができ、ひとまず安心出来る。

 扉を出ると――生物兵器がいた。

 ただし白面ではない。

 カエルと人を混ぜ合わせ、それにアルマジロのような甲羅を与えたと表現するしかない姿の存在だ。半分潰れた顔の口には鋭い歯があり、前足と呼びたくなる腕には長く鋭い爪があった。汚泥が染みついているのか、鼻を突く腐臭が漂ってくる。

「モブゴブ」

 驚く彩葉が呟いたのが生物兵器の名のようだ。

 それは素体コアの直ぐ側を彷徨いていたのだが、もちろん二人の姿に気付きゆっくりと向きを変える。さらに全く友好的ではない雰囲気で接近してきた。当然のように人を襲うつもりなのだ。

「扉の中に!」

 叫んだ彩葉は晟生の腕を掴み扉へと向かう。

 だが、その目前で扉は中から押し開けられる。身を屈め現れるのは――白面。

 切れ込みのように細い目を二人に向け、次にゆっくりこうべを巡らし生物兵器の群れを見やる。そして再び視線を戻せば鋭い牙の生えた口がニタリと歪む。

 前門の白面、後門の生物兵器。つまり絶体絶命だ。

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