第36話 探検前に姉妹と丼
「さて、明日の予定を急遽変更し……航路外に向かおうと思う」
時は夕刻。
一日の移動を終えトリィワクスは停泊した直後。夜間の警戒態勢に移る前にミーティングで、艦内の主要メンバーが艦橋に集められている。戦闘班は全員参加なのだが、ミシェだけは何か用事があるからと欠席だった。
「そのような重要な案件でしたら、事前に相談を頂きませんと困ります」
沖津は副長という立場をないがしろにされた気分なのだろう。苦言を呈するというよりは、単純に気分を害した雰囲気だ。
「すまんね、取り扱い注意のあるものを手に入れたものでね」
「あるもの……?」
「旧時代の地図さね」
「えっ!」
驚くのは沖津だけではなく、艦橋に揃ったメンバーの大半であった。平然としているのは捕まえた相手の頭を撫でて愛でる
残りは小声で言葉を交わし、若干興奮気味でさえあった。しかし沖津は直ぐに苦虫を噛み潰したような顔となる。
「旧時代の地図ですか……そのような高額な買い物は差し控えて頂かねば。運営資金のやりくりが大変な事はご存じでしょうに」
「ああ、それなら問題ないさね。そこの晟生からタダで提供して貰ったのさ」
和華代の言葉に
「タダ!? この辺りの地図をタダで譲るなんて、考えられません」
「言っとくがね、この辺りだけじゃないよ。旧時代における日本全国津々浦々の完璧な地図さね。拡大すれば、当時の居住区一件ずつの位置まで分かるレベルだ」
「…………」
今度こそ全員が黙り込む。
それだけの地図ともなれば、価値は一財産どころの話ではない。もはや誰も声さえ上げず、驚愕以上の驚愕を誰もが抱いている。
「晟生くん、凄い」
ついに彩葉は晟生を思い切り抱き締めた。そのまま密着しながら、ネコのようにすりすりしてくる。晟生の見た目もあって、端から見れば女の子同士のじゃれ合いにしか見えない。
「いいかい、晟生に足向けて寝るんじゃないよ」
どうやら和華代は、地図の礼をこうした外連味で返す事にしたらしい。
晟生の評価は資産家の男という者から、ヒサモリ運送会社に対し絶大な貢献をした者へと改められたようだ。仲間内で一目も二目も置かれる存在となった事は間違いなかった。
「話を戻すよ。地図を調べた結果、この近辺に旧時代の駐屯地があったらしい。遺跡があるか、あったとして何か残っているかは分からない。だが距離的に近いんでね。少し行ってみようと思う」
「駐屯地ですか」
「ああ、データに航空写真もあったけどね。陸上軍の戦闘車両が多数存在していたみたいだ」
「ならば上手くすると何かの遺物、運が良ければ神魔装兵の素体コアがある可能性も……」
「そこまでは欲張りすぎさね。仮に何も発見出来なかったとしても、新しい地形データが得られる。若干危険はあるかもしれんが、やって損はない」
和華代の言葉に全員が頷いた。
副長の沖津などは既に取らぬ狸の皮算用的に回収されそうな品の価値と、それで得られる資金の使い道を会計担当と話しだしたぐらいだ。他の者は軽く興奮した様子で、そして彩葉に拘束された晟生に親愛の合図をしては艦橋を出て行った。
「晟生さんは地図を持っていましたか」
感心しきった愛咲の言葉に、彩葉を装備したような状態の晟生は真面目に頷く。
「情報端末でね。艦長と話している最中に価値を教えられたけど、正直持てあましそうだったから」
「確かにそうかもしれませんね。うちの会社としても価値が大きすぎですから」
「艦長に任せておけば上手く使いこなしてくれるだろね」
「そうですね、お婆様なら大丈夫かと」
人の去った艦橋では夜間の警戒態勢に向けての準備が始まっている。整備班から各種機器類の点検結果が提出され、宿直担当の引き継ぎも行われだしていた。
「そういやこの辺りに白面が来たわけだけど、どうなのかな?」
「どうとは?」
「警戒態勢を強めるとか、襲撃に備えるとか……」
「偶々、こちら方面に移動したというだけでしょうから。そこまで心配しなくてもいいのでは?」
「そうかな……」
白面の件はトリィワクス艦内で問題になっていない。
既にどこかへと去っており、多少は配慮しておく事項といった程度。あの砦で遭遇したのも、単なる偶然程度の認識だった。気にしているのは晟生と、ケットシーの頭を踏まれたミシェぐらいのものである。
「気にしても仕方ないか」
「そうですよ。ところで……」
ちらりと見やり愛咲は不機嫌そうな顔をした。
「いつまで、そうしているのです?」
晟生は彩葉に抱き締められたままだ。あまりの心地よさに身を完全に任せ、ほとんど一体化しているぐらいに密着をしている。どうやら、愛咲はそれが面白くないらしかった。
◆◆◆
「そんな事があったんだ。晟生ってばさ、ほんと凄いよね」
食堂で
最近はすっかり晟生の手料理に味を占めているらしく、今日もそれをねだっていたところだ。非公認ながら晟生の料理助手なので、食べる事も料理の勉強という事になっているのだが、どうにも食べる方ばかり上達しているのだが。
「というわけで明日は忙しくなりそうだね」
「旧時代の基地って事は、ぼくが乗れそうな素体コアがあるといいな」
「こないだ回収されたセクメトは駄目だったわけ?」
向こうで愛咲が慌てた様子で手を振り、腕をクロスさせ×印を見せている。どうやら触れない方が良い話題だったらしい。実際に初乃はテーブルに頬を付け、ずーんと落ち込んでしまった。
「うぃ……ちょっとだけ反応してくれたけど駄目だったの。ぼくさ、素質ないのかな……」
「素質は分からないけど。どんな気持ちで乗ったかな」
「どんな気持ちも何も、装兵乗りたいって気持ちだよ。あーあ、なんで駄目なんだろ……はふぅ」
初乃は力無く呻いた。まるで魂が抜けかけていそうなぐらいだ。
「気持ちは大事だと思うよ。単に乗りたいって気持ちじゃなくって、どうして乗りたいのか、なってどうしたいかを強く思ってみたらどうかな。ちょっとでも反応があったなら、後は気持ちの問題だと思うけど。あっ、でも実際のところは分からないけど」
「うーん……」
「上手くいくと思うよ。さて――」
気分を切り替えるように晟生は手を叩いた。
「それはそれとして明日の為の夕飯をつくろうか」
「へっ、明日の為の夕飯って?」
「もちろん探索で良い結果が出せるような縁起の良い料理だよ。さあつくろうか助手一号二号」
「「えっ?」」
愛咲と初乃は顔を見合わせた。そして、自分たちが料理助手だった事を今更ながら思い出したらしい。慌てて調理場に入った晟生の後を追う。
周りで寛いでいた乗組員たちは、ガタッと椅子を鳴らし何が食べられるのかと期待した様子で待機しだす。
「なんだろね、ぼく楽しみだよ」
すっかり元気を取り戻した初乃はワクワク顔だ。
晟生は長い髪を後ろでまとめ――ただしそれは愛咲にやってもらったが――厨房に立つ。美少女風の顔立ちに細身の体つきでエプロンを着用すれば、誰がどう見ても女の子だ。周囲の女性たちに交じって少しも違和感が無い。
「さってと食材の肉はどこかな? 豚肉が希望だけど」
「合成豚肉ならあります。私、冷蔵庫から出します」
「よし、肉はよし。むむっ、というか包丁はどこだったかな」
「えっと、初乃どこにあるの?」
「うぃ」
どこに何があるか把握していない晟生の求めに、愛咲と初乃は一生懸命応えようとした。まるで休日に偶さか料理をする父親に付き合わされる娘たちのように奔走しだす。
ある程度の準備ができると晟生はテキパキと動きだす。
まな板の上に肉の塊をドンッと置き、そこに包丁をはしらせ少し切り取り頂く。やや厚めのスライスで筋を切り、塩胡椒をふりかけ卵液に浸しパン粉をまぶす。
その間に、大量の油を鍋に入れ熱を入れている。
「そんなに油を使っちゃうんだ?」
「揚げ物だからね」
「へえ、揚げ物ってこうやるんだね」
「おっと換気扇を忘れてたな、スイッチは……」
「うぃ、ここだけど押しとくよ」
カウンター前には乗組員の女性たちが集まり見物している。料理そのものを見る者もいれば、ノリノリで料理する晟生を眺め笑顔になる者もいた。
「はいここで肉を油に投入します。揚げ物のポイントは泡の形状ですね、大粒のうちはまだまだ小粒で細かくなったら良い感じ。それから油の温度を下げぬよう、上手く様子を見ながら次を入れていきましょう。入れる時も位置を決め、揚がり具合が分かるようにしましょう。助手二号、紙を敷いた皿を取って」
「やっぱりそれって、ぼくの事?」
「他に誰がいると言うのかな、さあ助手二号早く早く」
「分かったよ、二号さんでいいよ。はいどうぞ」
「よーし、偉いね」
ご機嫌な晟生はテキパキと肉を揚げていく。さらに事前に用意しておいたタレの中に絡めていく。年月は経ても、過去のアルバイトで培った料理の腕前は健在だ。
「さあ出来た。助手一号、丼の準備は?」
「出来てます。ところで、何という料理なんですか」
「ソースカツ丼だよ」
「聞いた事のない料理ですね。でも、縁起がいいのはどうしてですか?」
「そりゃ、勝つドンだから」
「はい?」
しかし周囲の誰も納得はしてくれなかった。互いに顔を見合わせ訝しげな顔をする女性たちであったが、晟生の気持ちを忖度したのか曖昧な顔で笑ってくれる。そんな気遣いが、ちょっと哀しい。
「えーと、とにかく。昔から、試験とか試合とか大事な時で縁起を担ぎたいときはカツ丼なの。本当はキャベツが欲しいけど、まあいいや。さあ丼に白飯を盛って、カツを載せ食べよう」
もう匂いだけで美味しいと察した女性たちは、素早くテーブルについている。そして、小ぶりな丼を前にそわそわしながら待つのは、晟生を待つためだ。
「お待たせ。さあ食べようか」
その言葉に、いただきますと全員が手を合わせた。もうすっかり広まっている。
食事が始まると、食堂は静寂に包まれた。
調理マシンのメニューにはない珍しさと出来たて。かてて加えて、男の手料理という贅沢な付加価値。なにより美味しいため、誰もがカツ丼に夢中となっている。
その中で真っ先に食べ尽くしたのは初乃で、うっとりと息を吐き余韻に浸っている。しばしそうしていたかと思うと、最高の幸せ顔を晟生に向けた。
「これ美味しい。凄く美味しいよ」
「どうだ参ったかな」
「うん、何が参ったか分かんないけど参っちゃったよ」
「そうだろう、そうだろう」
得意になった晟生は自らも濃い味の肉を口に運び、カリッとした後に染み出るタレと肉汁を噛みしめる。即座に白米をかき込み幸せを味わう。我ながら美味いしいと思いつつ、明日への活力を溜め込むのであった。
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