第35話 ストーカーは生物兵器

「なんだあれ……」

 素体コアを着用し上空に浮かぶ晟生せおは眼下を見やり呟いた。

 その地形は両脇が切り立った崖状で、まるで何か巨大な剣で二つに割れたようだ。青黒い岩盤が剥き出しとなった斜面には幾つかの草木が生えるのだが、それ以外にも人工物が幾つか存在する。

 木製の簡単な足場が上下何層にも重なり、コンクリートで補強された壁面の所々から砲や機銃が覗く。真ん中には通行を遮るような格子が何本も渡され、まるで何かの要塞か砦のようだ。

 しかし何より驚くのは、そこに立ち並ぶ集団に対してである。

 銃だけではなく弓や槍などを構え、身につけた防具は棘や髑髏の飾り付き。崖上に展開した戦闘系車両もやはり衝角や髑髏で飾り付けられ、おどろおどろしいペイントがなされている。まるで周囲を威嚇せねば生きていけぬチンピラのようだ。

「うわっ、ヒャッハーとか叫びそうな武装勢力だ……」

 こちらに向け武器を振り上げ足を踏みならし回転する姿は、世紀末の民のようだ。しかしながら、今の時代はまさにそれなのだが。

 隣に同じく素体コア着装の愛咲あさきが並び、安心させるように軽い笑顔を向けてきた。辺りにはミシェに彩葉も控えているが、それぞれ一番経験の浅い晟生を気遣ってくれている。

「大丈夫ですよ。ちゃんとした県境警備隊の方々ですから」

「県境警備隊? あれっ県境ってのは警備隊置くような場所だっけ?」

「ええ、確かに仰る通りですね。この辺りまでは、まだグンマの手は伸びていませんので警備隊は必要ないかもしれませんから」

「はい?」

 戸惑う晟生に愛咲は素体コアを着用したまま器用に腕を組んでみせた。

「しかしグンマもサイタマ方面の侵攻が難航しているとかで、矛先をヤマナシ側に向けているそうです。そこが落とされると、この辺りも危険。ですからシズオカもハコネの要所に要塞を築いたという事ですね」

「……ああ、そうなの」

 晟生は疑問に思う事を止め戦国時代のような群雄割拠だと理解しておく事にした。

「で、あの県境警備隊は立ち入りを制しようと威嚇してるわけなんだ」

「いえあれは歓迎の挨拶です」

「…………」

 自分たちの武力と威勢を見せつつダンスで歓迎しているという事らしい。第三種相転移によって素体コアの人型から神魔装兵へと変われば、あっさりと蹴散らせそうな気がする。

「でも侮らない方がいいですよ」

 愛咲は晟生の僅かな表情の変化に気付いたらしい。

「彼女たちはとても勇敢で恐れを知りません。それに県としても、神魔装兵を多数所有してますから敵対はできませんよ」

「なるほど」

 頷いているとトリィワクスから指示が入る。即ち、返礼として顕現せよといったものだ。

 それが返礼になるのか戸惑っていると、ミシェと彩葉が行動を起こす。

「お先なのニャー」

「二番、彩葉いろはさん行きます」

 煌めきと共に装兵へと移行。顕現したケットシーがマントをひるがえし陽気なステップを、ラミアが見事なプロポーションで身体をくねらせセクシーな踊りを披露。砦からは歓声が沸き上がった。

「踊らないといけないわけ……」

「どちらでも良いと思いますよ。では、私も顕現しますね」

 距離を取った愛咲の周囲に青い煌めきが生じ、紺碧の鎧を身に纏うヴァルキュリアが顕現する。黄金色の髪を跳ねさせ、白銀の槍を振り回し構えると県境警備隊から大歓声があがった。

 そして――。

「うわっ、プレッシャーが半端ない」

 最後に残った晟生に対し期待の視線がヒシヒシと向けられる。

 気分はまるで会社の新人研修での自己紹介だ。それを思い出すとプレッシャーが増大するのは、かつて盛大に失敗したからである。嫌な記憶を振り払い集中すれば、満ちる力を感じだす。

「アマツミカボシ。明けの明星、光り輝く者。まつろわぬ抗いし者よ姿を現せ」

 白で溢れた意識の中で転移点の突破を感じ――晟生=アマツミカボシは地面をしっかり踏みつけ、背筋を伸ばし腕を組む。砦の者たちを睨み付けるように見やるだけで踊る事はせず、ただ静かに佇む。

 静まり返る県境警備隊であったが、次の瞬間には武器を打ち鳴らし銃を乱射した。きっと大喜びしているのだろうが、少し自信がない。


◆◆◆


 晟生=アマツミカボシはトリィワクス内からトラックで搬出されてきたコンテナを軽々と持ち上げ、県境警備隊のトラック荷台へと積み替えてやる。中身は武器弾薬や日用品などで、この地点を通過するための通行税代わりらしい。

 しかしながら県境警備隊の世紀末な姿格好を見ていると、蛮族か何かの襲撃を受け略奪を受けているような気分だ。ミシェ=ケットシーなどは頼まれて土掘りなどを行っているため重労働の刑に処されているようにも見えてしまった。

 良いように使われ、にゃあにゃあと小声で文句を言っている。

 トリィワクス自体は関所代わりの砦を通過しており、愛咲=ヴァルキュリアと彩葉=ラミアが直掩として控えている。いかに友好的であろうと、隙を見せられないという事なのだろう。

「荷物は完了かな」

 ひと仕事を終えた晟生はアマツミカボシの額に手をやり汗を拭う仕草をした。もちろん汗などかいていないが、それは気分の問題である。ミシェに声を掛けトリィワクスに向かおうと考えたとき、低く重い唸るような音を聞いた。

 それは警報だ。

 何箇所からも発せられるため、コダマするように騒々しい。ミシェ=ケットシーが銃兵帽子を深く被り耳を押さえてしまったほどだ。

 足下では県境警備隊の兵が慌ただしげに右往左往し、臨戦態勢を整えようとしている。状況の分からぬ晟生であったが、トリィワクス所属のトラックを持ち上げ小脇に抱えケットシーの尻を蹴飛ばし戻るべき場所に向かう。

「蹴るなんて酷いニャ!」

「分かったから早く艦に向かうんだ。ほら、ゲートが閉じだしている」

「本当ニャ! 置いてきぼりにされるニャ!」

「だったら急げ!」

 崖の間にある格子ゲートがゆっくりと動き進路を阻もうとしていた。ケットシーは俊敏な動きで駆け抜け、アマツミカボシは重厚な動きで走り抜ける。トラックを運転する乗組員は盛大に揺さぶられ、大変な目に遭っているだろうが置き去りよりはマシだろう。

 砦はその役割を果たしだし、何か盛大に攻撃を開始しだした。その勢いは凄まじくまた騒々しい。

「よかったニャ。でも、何が起きたのかニャ?」

「領土紛争の戦いかもしれないけど……敵の姿はなさそうだね」

「あれ、あれを見るニャ!」

「ちょっと待って、トラックを降ろしてから……で、どこを見ろと?」

 振り向いた晟生は気付いた。

 銃撃や砲撃をかいくぐり飛ぶように駆ける一体の生物兵器。面のように白い顔を前傾姿勢で突き出し、白く長い髪を背後になびかせる姿。爆発によって掘り返される足場の悪さなどものともせず、高速でこちらに向かって来るそれは――。

「もしかして白面!?」

「ニャハっ!! ケットシーなら負けないニャ! やっつけてやるニャ!」

「余計な事したら駄目だよ。それよりトリィワクスと合流しないと。万一突破されて艦に被害が出たりしたら大変だってば」

「うっ、そうかもしれないけど。でも賞金首ニャよ」

「いいから戻ろう」

 サバトラ柄のケットシーの首根っこを掴み、晟生=アマツミカボシはトリィワクスに向け歩きだす。背後では爆発音がひっきりなしに続き途切れる事がない。

 なぜ白面が現れたのかは不明だ。

 その理由が分からない。生物兵器だけに意味なく人を襲うために現れたのか、それとも明確な目的があるのか……。

 思い出されるのは、あの夜あの時遭遇した白面が発した言葉だ。

 何の根拠もなかったが、目的は自分にあるような気がする晟生であった。アマツミカボシという圧倒的な力を有していても妙に不安な気分となってしまう。

「放してニャ。早く放してニャ!」

「だからトリィワクスに戻らないと駄目だってば」

「そうじゃないニャ! 奴が来たニャ!」

「えっ!?」

 驚き振り向くと、白面が砦のゲートを突破するところであった。格子状になったそこは、車両等の侵入を防ぐ目的のため人間サイズであれば普通に通過する事が可能だ。

 白面は一直線に向かって来るが、その線のような細い目は晟生を見ているようにも思えた。

「賞金頂きニャッ!」

 マントをひるがえしたミシェ=ケットシーはエストックを振りかざし白面へと襲いかかる。ネコだけあって動きは俊敏。疾風の勢いで迫ると突きを放ち、白面の身体を貫いた。

 そう思えたほど白面の回避は紙一重の見切りであった。

 軽く跳躍。エストックの刀身に跳び乗ると、さらに跳ぶ。驚くミシェ=ケットシーの鼻面に強烈な一撃を喰らわすと、悶絶するネコ頭を踏みつけ白面は突き進む。

「あちきを踏み台にしたニャァ!?」

 そして晟生=アマツミカボシは空中にある白面と視線を交わした。その目には、明らかな知性と理性が存在する。永遠にも思える交差は一瞬で、実際には数秒にも満たなかっただろう。

 白面は地面へと着地。動きを止めつつ、悠然と周囲を見回している。

 トリィワクスからは愛咲=ヴァルキュリアが応援に駆けつけ、砦からは県境警備隊の武装車両が向かって来る。それら全てを無視したまま白面はゆっくりと視線を逸らし、地を蹴って走りだした。

 戦う意思は全くないらしく、みるみると遠ざかっていく。

「何なんだ、あいつは……」

 そう呟くことしか出来ない晟生であった。

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