第33話 其は何者なりや
足を忍ばせ人の気配のない通路を進む三人。
その姿は周囲の雰囲気も合って、肝試しをする女の子たちのようである。
通路は静かすぎるほどに静かで何の音すらなかった。ひょっとすると
しかし廊下の天井に設置された非常用灯は回転しながら赤い光を放ち、誤作動でない事を教えてくれる。もちろんトリィワクス全体での誤作動という可能性もあるかもしれないが。
「次の角を曲がって直ぐです」
「各部屋に武器を置いとくべきなんじゃないかな」
「事故が危険です。それに銃弾に湿気はよくありませんので、ちゃんとした場所で保管しませんと駄目ですから」
「なるほど、そうなんだ」
囁くように言いながら晟生とは違って愛咲は警戒を欠かさない。もちろんそれは
晟生は……どうしようもなく緊張感がなかった。もちろん本人は警戒しながら行動しているつもりだ。しかし、初心者の本気と熟練者の本気が違うように、行動の端々に警戒の甘さが滲み出ているのだ。
それが平和すぎる時代で育った者と、荒れ果てた時代で育った者との差なのかもしれない。
「これで武器が手に入れば安全だね」
囁くように晟生が言った。
「相手にもよります。この時間帯で襲ってくるとなれば……」
「生物兵器かな? ミシェから聞いたけど、夜になると活発になるって」
「ご存じでしたか。ええそうです、ですけど艦に侵入されるなんて初めてですよ」
「応急処置しかしてない場所が原因かな」
生物兵器が実際にはどんな存在なのか晟生は知らない。脳裏に浮かぶのは、サバイバルホラー系ゲームで登場するゾンビなどぐらいのものだ。何にせよ兵器化された生物なので、想像とは大きくかけ離れてはいないのかもしれない。
「あっ……!」
初乃が声をあげ身を強ばらせた。
廊下の向こうに、白くぼんやりとした姿が現れたのだ。
手足の長いすらりとした体躯はかなりの長身。白い腰まで届く髪に、面のように起伏に乏しい滑らかな顔。身体のあちこちに何かの残骸――恐らくは拘束具――が取り付けられている。その口元がありえない程大きく開かれ、幾つも並ぶ鋭い牙が見えた。
間違いなく生物兵器だ。
しかも次の瞬間、それが白髪を靡かせ驚く早さで迫って来るではないか。
「来る!」
即座に愛咲が前に動き白い生物兵器を迎え撃つ。迫る敵の振り回された腕の一撃を椅子製の棍棒で止め――そのまま奪われた。
棍棒を掴んだ生物兵器は、それを握り潰し粉々にする。同時に放たれた足蹴りを貰い、愛咲はくの字形になって吹っ飛ばされ通路の壁に激突。小さな苦悶の声をあげ倒れ込んでしまう。神魔装兵同士の戦いでなければ見た事のないような一撃であった。
「このおっ! よくも愛咲姉をっ!」
初乃が身を
あの棍棒を粉々にした握力だ。
しばらく手足を動かし抗った初乃は直ぐに力を失ってしまう。
「初乃!? やめろっ放せっ!!」
晟生は渾身の力で突撃し生物兵器に組み付いた。
その体の表面はヌメッとしており、奥に肉の詰まった堅さを感じた。まるでゴムの塊のような質感だ。この相手を倒すには神魔装兵か、素体コアでなければ難しい。直感として、それが分かる。
生物兵器は意識を失った初乃を手放すと、その手で晟生の髪を掴んだ。
「ぐっ……」
だが、それ以上の暴力はない。
確かに髪は掴まれているが、顔を無理矢理上に向けさせられただけだ。目の前に迫る生物兵器の顔は――不思議な事に戸惑っているようだ。
表情に変化はないが、顔を突き合わせているだけに何となくそれが分かった。
生物兵器の口が開かれ、漏れ出す息に生臭さを感じた。喉の奥から擦れるような軋むような音が響く。口が何度も動き音が漏れ、それは言葉を忘れ喋り方を忘れた者が必死に喋ろうとしているかのようだ。
「――――」
ようやく掠れた音が、短い言葉として放たれた。
それを耳にした晟生が目を見開き――その直後、鋭い叫びが響いた。
「うにゃあああああっ!」
生物兵器の頭で火花が散る。続いて二撃、三撃。
駆けつけたミシェが拳銃を撃ったのだ。まだ放たれる銃弾に生物兵器は晟生を手放し跳び退いた。それは、まるで晟生に銃弾が命中する事を恐れたかのような動きに思える。
「晟生くんから離れなさい!」
さらに
切っ先が通路の床で擦れ火花をあげるほどで、狭い通路の中で倒れ込むように勢いを込めた斬撃を放つ。それは生物兵器の肩口を捉え、鈍く重い衝撃音を響かせる。まるで金属同士が激突したような音だ。
生物兵器は流石に身体を蹌踉めかせたものの、それだけだ。むしろ攻撃を放った彩葉の方が顔をしかめており、どうやら反動で腕が痺れているらしい。
「なんてやつニャッ!」
「もうすぐ応援が来るはずでから」
その言葉のとおり、廊下の向こうからは何人もの声と激しい音が近づいてくる。生物兵器は後方に跳び退き、さらに跳び退くと背を向け走り去っていく。
「よっしゃぁ! あちきに恐れを成して逃げていったニャ。このまま、やっつけてやるニャ!」
「駄目。まずは愛咲と初乃を」
「そうだったニャ。大丈夫かニャ、目を覚まして元気になって欲しいニャー!」
「二人ともしっかり……うん、大丈夫そう」
「良かったニャア」
大層心配げに騒いでいたミシェであったが、愛咲と初乃が無事と分かると泣きそうな顔で安堵した。それは心の底からと分かるような、深く深く息を吐いてみせる。
「ミシェ……ありがと、心配してくれてさ。感謝してるよ」
「べ、別に心配なんてしてないニャ。つまり……お礼の高級煮干しが欲しかっただけニャ」
初乃の声にミシェは、わざとらしく腕組みして目を逸らしてみせた。
愛咲の方は彩葉の手を借り、なんとか床に座り込んだ。息をするだけで身体が痛むらしく、時折苦しそうに顔をしかめたりしている。
「すみません。全く手も足も出ませんでした」
「うん、あれは仕方ないかと。多分だけど、賞金首の『白面』だと思う」
彩葉はしみじみと頷いた。
「遭遇して生きてるだけで、凄い幸運な相手だよ」
「あれが艦崩しとまで呼ばれる、あの白面ですか」
「これでも斬れなかったから間違いない……かな? ほら刃が潰れてる」
大鉈の刃は一部がめくれ上がるように曲がっていた。それを成した白面の装甲強度も凄いものだが、同時に彩葉の放った一撃も凄まじいだろう。
その時、ようやく武装したトリィワクスの面々が到着する。女性たちは血相を変え、身体を張って守るぐらいに晟生を取り囲む。
戦闘には艦長であるはずの
「救護班を呼んだよ。それと一応だが敵の反応は艦から無くなったよ。あの応急措置だった場所を破壊して入り込んで、ご丁寧にそこからまた出て行ったらしい」
後は艦内の安全点検を念入りに行えば、ひとまずは脅威は去った事になるだろう。
そして相手が賞金首の生物兵器白面と聞いて和華代は額に手をやった。
「ったく……次から次へと。いや、追い払えただけマシかね」
「彩葉の一撃で逃げてったニャ!」
「ほう、そうかい。大殊勲なら特別ボーナスが出るよう手配しとくよ」
「あちしも! あちしも攻撃したニャ! それに酔いつぶれてた彩葉を起こしたのもあちしニャ! 大活躍にサポートしてるのニャー!」
「分かった分かった、あんたにも出るようにしとくよ」
「っしゃぁ!」
ぐっと拳を握るミシェとは対象的に彩葉は遠慮気味だ。
「でも彩葉さんの攻撃は利いてないです。向こうが逃げてくれたわけですので」
「遠慮しなくたっていい、胸を張りな。あんたのお陰で、うちの馬鹿孫どもが助かったのさ」
和華代が視線を転じると、愛咲と初乃は首をすくめた。
「くらぁっ! あんたら、どうして部屋で大人しくしたなかったんだい! 死んじまったらどうする気だ!」
「すみません。以後、気を付けます」
「婆っちゃ、ごめんなさい。もうしません」
「初乃だけならともかく、どうして愛咲まで軽率な行動をとったのかね……しかも晟生の坊やまで連れて出るとは、全く何を考えているんだい!」
いったんは収まったものの話している途中で怒りが再燃しだしたらしい。和華代は優しい声を出したかと思えば、また怒鳴りだす。周りの乗組員がそっと離れていくのは、とばっちりを恐れたというよりも祖母と孫の事に立ち入らぬようにとの気遣いだろう。
「二人を叱らないで貰えますか。無理言って一緒に行動したのは自分なので」
晟生はようやく口を開き二人のために釈明した。今の今までずっと呆然としていたのだ。実を言えば今でも気はそぞろだ。それほどまでに動揺している。それほど白面の言葉は――。
「あん? そうなのかい」
「違います晟生さんは悪くありません。私が武器庫に行くと言ったので、一人で行かせられないって晟生さんを心配させてしまっただけです」
「ぼくも晟生を止めなかったから。だから――」
「分かった、分かった! 三人ともまとめて謹慎だよ。部屋で頭を冷やしてな!」
和華代は一喝に頷きながら晟生は思い出していた。
あの時、生物兵器は確かに言ったのだ。
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