第32話 文学少女は武器をとる
その時間になると、まず入り口に『男湯』といった暖簾――誰がどう調達したかは不明――をかける。それから中に誰も入浴してないか、通りかかった乗組員などに確認してもらう。いれば出てくるまで待ち、そして入浴となる。
ここまでするのは、もちろん無用なトラブルを避けるためだ。
女性たちの意見では、気にせず入ればいいとの事だが、やはり晟生としてはそうもいかない。だから、手間暇かけねばならないのだ。
「ああ生き返る……」
晟生は広い湯船で手足を伸ばした。ついでに長い髪も無造作に湯につけている。大勢が入れる湯船にたった一人。なんとなく泳ぎたくなる気分を抑え、まったりと寛ぐ。
女の子にしか見えない容姿と体つきで湯船の縁に腕を載せ、深々と息を吐く。
もう少し彩葉と一緒に居たかった。安心出来るというか包容力を感じ……これが、母になってくれるかも知れないといった感覚なのだろう。
別に部屋に連れ帰って、何かしたかったわけではない。どうせ何もできなかったであろうし、
「意外に自由がないんだよね……」
部屋には愛咲や初乃が遊びに来るし、トリィワクスの中ではどこへ行っても目立って注目の的。一人になれる場所といったら風呂かトイレか、そして素体コアを着用して出撃した時ぐらいだ。
別に見張られているわけではないが、なんとなく落ち着かないのであった。
皆が気を遣ってくれている事は分かっている。だが、それが分かってしまうからこそ落ち着かない気分になるのも事実だ。
元の時代で彼女の一人も出来なかったが、こうして注目されるようになるとそれはそれで辛い。
「人生って、ままなりませんね……」
天井を仰ぎながらゆっくりと耳の直ぐ下まで沈んでいく。今の晟生の様子を何も知らぬ者が見れば、きっと少女が大胆に手足を広げ湯につかっているように見えたに違いない。
湯を上がり脱衣所で長い髪を素早く乾かすと、ゆったりしたフード付き上着と半ズボンに着替える。それから湯上がりほかほか気分で部屋に戻った。
何をしようか考えているとノックの音が響く。
「どうぞ」
元気良い音は相手を確認するまでもない。
部屋を管理するAIがロックを外すと同時に入って来たのは、もちろん初乃であった。今は着替えて紺色をしたジャージのようなラフな格好をしている。何やら勿体ぶった様子で重そうな袋を後ろに隠していた。
そして愛咲の姿もあった。こちらはトリィワクスの制服を着用し、何やら申し訳なさそうな顔をしている。察するに、本当はもう少し後に来る予定が待ちきれなくなった初乃が突撃してきたに違いない。
「じゃーん、晟生ってば暇でしょ。ぼくのコレクションの選りすぐりを持って来てあげたよ」
初乃はお構いなしに毛足の短い絨毯調の床に座り込むと、袋の中から本を取り出し並べだす。表紙カバーは失われ色褪せ汚れが目立つ。あちこちに痛みがあり、見るからに古そうな状態だ。
「こないだのギンザで買った遺物の古本だけどさ、ほら見て見て。何と二十冊も揃えたんだよ。凄いでしょ」
「へえ、どんなタイトル?」
「そちら葛飾カメリアパーク前警察署」
「……はい?」
思わず聞き返してしまうタイトルである。
「だから、そちら葛飾カメリアパーク前警察署だよ。もしかして知ってる?」
「知ってるも何も、全巻読んだぐらいだぞ」
「本当!? さっすが昔の人だね。でもさ、ネタばらしは駄目だからね」
「ネタばらしも何も、ネタがありすぎてばらしようがない」
少なくとも晟生には無理だ。間違いない。
「もうっ! だから先が分かるような事を言わないでよ! ぼくさ、苦労したけどこんなにも揃えたんだよ。で、残りも全部集めるつもりなんだから。楽しみを奪わないで」
「が、がんばれ……」
その努力が果てしないものだとは言いようがなかった。
差し出された単行本をめくれば、中は案外と読める保存状態だ。そこにある絵柄に内容は、確かに自分が読んで目にしたものであった。奇妙な懐かしさに胸が熱くなってしまう。遠い異国で知り合いにあったような気分だ。
「あのっ」
「ん?」
ちょいちょいと
「これも遺物の書籍ですが、文字がメインのものです。きっと戦闘に対する心構えなど役に立つかと」
「タイトルは?」
「帝国の守護者、というものです」
「……なんだって?」
「もしかして、ご存じでした? それでしたら、私もネタばらし無しでお願いします。やっと九巻まで集めましたが、残りも頑張って集めるつもりですから」
「そ、そう……」
何とも言いようがなかった。どれだけ面白く楽しみにしようと無理なものは無理なのだ。一体何人がその悲しみを堪えたことだろうか。
「昔って本が沢山あった? どんなのがあったの?」
「んー、そうだね」
初乃の求めに応じ他愛ない会話をしつつ、二人が興味を持ちそうな本について語っていく。一番驚かれるのは図書館や本屋という存在で、そこに選ぶのに困るほどの本が存在するという事であった。
「そんな時代が本がいっぱいあったんだ。何か凄いや……今の時代で残ってるAIなんて戦闘系が殆どしょ。だから、本は希少なんだよね」
「AI? どうしてそれが本に関係を?」
「だってAIが製造するじゃないのさ」
「もしかして文章の構成から何からAIがするとか……」
「そうだよ」
初乃によればAIは情報収集を行い、得られたデータをベースにストーリーを構築するらしい。ただし、今は状況が状況のため収集データが少なく構成の幅が小さい事が難点との事だ。
「カルチャーショック? いやジェネレーションショック? まさかこんな時代が来ようとは思いもしなかったよ」
逆に人間が本を書いていたと聞けば愛咲と初乃が驚いているぐらいだ。
「なるほどですね。自分でも書けるという事を少しも考えてませんでした」
「ぼくもそうだけど……でもいいいや、読む方が楽しいから。それよりさ、マンガとかどんなのがあったの? 知ってるの教えてよ」
せがまれた晟生は頷いた。
幾つかの有名処を話してみせると、尊敬と賞賛の視線が向けられる。まるでも物知りな賢人にでもなった気分だ。ただし内容はラノベとマンガなのだが。
さらに詳しく頼まれ、お話を語っていく。
「――というわけで、天下一舞踏会で魔王二世に勝利した主人公は彼女と雲に乗って去って行ったのでした。でも最終回ではなくて、もうちょっとだけ続くんだよ」
「なんだかロマンチックなストーリーですね」
「いや、そうかな……」
何か伝え方を間違ってしまった気がする。その訂正をしようとするのだが――突如として室内に鋭い音が三度鳴り響く。
「なんだ……?」
戸惑う晟生であったが、残り二人の反応はまるで違う。素早く立ち上がるのだが、その表情は厳しく引き締まり目つきも険しさがある。
「ここから武器庫までは近いですね。ここに居るよりは、一人がそこに行ってきましょう」
不思議に思う晟生をそっちのけで二人はテキパキと動きだした。
「そうだね。となると、何か使えるものを探さないと。晟生、悪いけど部屋のものを少し使うからね。このスツールとかどうかな?」
「良いのではないですか」
「じゃあ、使うね」
言って初乃はスツールを破壊。あっさり一撃でバラバラにすると、その足を手に取り軽く振り手応えを確認している。頷くと四本の足を愛咲と分け合った。
「そんなことして、どうしたわけ?」
「晟生さん、先程の警報は艦内に侵入者が発生した事を知らせる警報です」
「侵入者、侵入者ね……侵入者!?」
「はい。敵の種類と規模にもよりますが、恐らく艦内で戦闘になると思われます」
「えっ!?」
「ですから、まずは私が武器庫に行って必要な武器を持ってきます。晟生さんは、ここで待機して下さい。その間は初乃が御守りしますので」
力強く言った愛咲は可愛らしい顔立ちに鋭さがあり、それは戦いに臨む神魔装兵のヴァルキュリアを連想させた。
しかし彼女は生身である。
「ちょっと待った。一緒に行こう」
「なにさそれ。ぼくじゃ不満ってわけ?」
「いやいやそうでなくって。つまり、こんな時に一人で行動するのは危険じゃないか。だから三人でまとまって行動した方が良いと思うんだ」
こんな時に一人だけ動く事は死亡フラグで、部屋に籠城する事もまた同様だ。
「しかし、晟生さんを危険に晒すわけには……」
「敵が来た状態なら絶対に安全な場所なんてないよ。それこそ素体コアを装着する以外にはね。だからできるだけ三人で動いた方が安心だし安全じゃないかな」
渋る愛咲と初乃は顔を見合わせたが、直ぐに首を縦に振る。
説得する時間が惜しいと思ったかもしれない。極力音をたてぬよう言い置くと、棍棒を手に晟生を前後で挟んだ。
そして慎重に部屋を出る。
侵入者と遭遇するかもしれぬトリィワクスの通路へと。
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