第30話 痛くなければ覚えない

 素体コアを装着した晟生せおは心を落ち着けた。

 これから訓練とはいえ出撃するわけだが、実を言えば自信が全くない。艦長の和華代に言わせれば、アマツミカボシを顕現させ戦闘までこなしたのだから一人前だそうだ。

 手を開け閉めすれば、それより長い素体コアの腕の先で同じように厳つい機械の手が動く。それは自分の体の延長線上にあるようで何ら違和感がない。強化外骨格に覆われた身体は、スタイリッシュな甲冑を身につけたような姿だ。

「X-2、アマツミカボシ起動」

 声に応じ素体コアの中に静かな駆動音が響き出だす。網膜に起動プロセスが表示され状況の報告がなされる。見物に来た乗組員たちに対する脅威度判定がなされ、安全と表示がされた。

 とはいえど、脅威でないかと言えばそうでもない。何かと騒がれると気恥ずかしいのだから。

 注意喚起の短い音と共に視界の中にパネルが開き初乃の上半身が現れた。にこにこ笑顔の向こうに見える困り顔の女性が本来の通信担当だ。どうやら、ちゃっかり代わって貰ったらしい。

「どうかな準備出来ちゃった?」

「問題ないと思うよ」

「了解だよ。それじゃあさ、ハンガーのロックを解除……あれ、どうやるんだっけ?」

 向こうで何やらレクチャーしてもらった初乃が操作を行うと、同時に視界が僅かに揺れ素体コアが固定状態から浮遊状態に移行した。前はこの解除も外部ハッチ開閉すら許可なしで行われていたそうで、どうやらこの素体コアがトリィワクスにハッキングを行っていたらしい。

 通常ではありえない事らしく、それだけでもこの素体コアの特異性が分かろうものだ。

「外部の危険度は問題ないよ。愛咲姉は先に出てるからさ、晟生も出撃しちゃって」

「了解」

「あんまり緊張しないでね」

 初乃にウインクしてもらい晟生は苦笑した。すっかり緊張はなくなり適度にリラックスできている。そうした意味で、初乃は通信担当に向いているのかもしれない。

 素体コアは滑らかに移動しハッチ開閉部へと向かう。

「では、出ます」

「行ってらっしゃい」

 初乃がにこりとしてみせる。

 ふと、奇妙なものだと思う。アパートで独り暮らしをしていた者が、こうして優しく送り出して貰える。しかも、これから模擬戦を行いに出るのだ。

「どうしたのさ?」

「いや、何でもない……行ってきます」

 最後は少し照れながら言って、晟生は素体コアは一気に加速させた。途中付近にいたミシェが驚いてスッ転ぶ様子がちらりと見えた。きっと後でにゃあにゃあうるさいに違いない。


◆◆◆


 外は僅かに夕暮れの雰囲気を漂わせていた。晴れ渡る空に浮かぶ薄い雲に少しばかり赤みが射し、丈の短い草がまばらに生える大地はどこか寂しげだ。まさしく落日の世界であった。

「ん……?」

 晟生は地形の不自然さに気付いた。

 まるで巨大なスコップで線を引いたように地面にえぐれがある。それを辿り遠方にある山脈まで視線に転じると絶句した。

 山体は多少崩れているものの、巨大な貫通孔があったのだ。つまり、ここから向こうまで一直線に何かが突き進み、途中にある全てを消滅させたとしか思えない。

「これは……」

「大昔の戦闘の痕ですよ。なんでも神魔装兵同士が戦ったのだとか」

 愛咲の乗る青い素体コアがふわりと横に並んだ。

「本当にこれを神魔装兵がやったというわけ?」

「聞いた話ではですけど。ですがどうでしょうか、これほどの攻撃ができる神魔装兵は見た事がありませんので。それより、もうすぐ日暮れです。そろそろ模擬戦を始めましょう」

「確かにそうだね」

「相転移から顕現までのやり方は分かりますか?」

「大丈夫だよ」

 今は模擬戦が最優先。晟生は頭を振って目の前の信じがたい光景を追いやる。

 愛咲から距離を取ると、しっかりと意識を集中しだす。素体コアの周囲に無数の何かが集まりだす気配が感じられた。どんどんと集まりだせば体内に力が満ちていく。

「アマツミカボシ。明けの明星、光り輝く者。まつろわぬ抗いし者よ姿を現せ」

 いろいろな姿が思い浮かんでは消えていき、頭の中が真っ白となる。その白こそが全て、意識が白で溢れる。どうイメージすべきか分からないが、アマツミカボシの姿が頭の中で確定する。

 転移点を突破した瞬間、切り替わる――己の目で夕映えを眺め、肌には吹き付ける風を感じる。身体の中に燃えるような力を感じ、晟生は自分がアマツミカボシと化した事を認識した。

 艦橋の記録映像で見せて貰ったアマツミカボシの姿を思い出す。それは真っ白な肌に赤いラインが文様のように描かれ、白い兜の下で黄金色の目が輝き精悍な身体に白布を腰に巻いた姿だった。

 晟生=アマツミカボシは気取って腕を組んでみせ、目の前で浮かぶ愛咲を眺めやる。

「お見事です。ですが、顕現に時間をかけすぎです」

 愛咲は言うなり、少し距離を取ると一瞬でヴァルキュリアを顕現。青い鎧の女が現れ地面へと軽やかに着地すると、編み込まれた金の髪が尻尾のように背後で跳ねた。相変わらず神秘的に美しく凜々しい姿である。

 そして愛咲=ヴァルキュリアは虚空から槍を取り出し手にした。

「それでは模擬戦を始めましょうか」

「武器対素手ってのは、ちょっと酷くないかな」

「では晟生さんも武器を出してみましょう。やり方は顕現する時と同じですよ。武器となるものを強くイメージすれば具現化します。初めてなので、それはゆっくりとで構いません」

「なるほど。やってみよう」

 もう一度集中する。

 このアマツミカボシに相応しい武器を想像、細部に至るまでを細かくイメージしていく。ふいに手の中にずっしりと重みを感じた。どうやら成功したらしい。

 現れたのは両鎬造りのつるぎ。西洋のけんでなく、日本の伝統的な形状のものだ。

 頭がやや張り下半が僅かに締まりつつ踏張る格調高く優美な姿形。しっかりとした肉付きのある存在感。明るく冴えた鉄色は青白ささえ感じる精良なもので、そこに乳白色の直刃がある。

 美しく柔らかな中に鋭利さを兼ね備える神剣であった。

「一度で具現化してしまうなんて……それに細かい部分まではっきりしています。凄いですよ」

「なんだろう、何故か頭に浮かんだ」

「きっとそれが、アマツミカボシの武器なのかもしれません。さて……それでは準備完了ですね」

「まだ心の準備が……」

「大丈夫そうですね」

 言うなり、愛咲=ヴァルキュリアが驚異的な斬りを放つ。

 振り下ろされる槍の切っ先は夕日を受け赤く煌めき、まるで炎のようだ。風切り音を響かせる勢いは恐ろしいが、艦内での稽古とは違い今は思うがまま身体が動く。晟生=アマツミカボシは素早い身のこなしで槍先をかわし、即座に逆襲の剣を繰り出す。だが、ヴァルキュリアは槍の反対側でもって弾き返してみせる。

 剣と槍とで斬り結ぶ。

 具現化された神々の武器が激突すれば、火花の代わりに青白い雷光が周囲に散った。二体の神は、まるで覇権を争うが如く戦いを続け神話の世界を体現させている。

「手加減がない!」

 晟生は必死だった。

 見て考えて避けては間に合わず、殆ど反射神経の塊となって無我夢中に動く。全ては止められず躱せず、鋭い槍先がアマツミカボシの身体を何度か掠めていた。自分が受けた傷ではないとはいえ、、それがフィードバックされ晟生の身体に痛みを与えている。

「本当に少し待ってくれ。やり過ぎだ!?」

「晟生さんってば凄いですよ。大丈夫です、もっといけますから」

「だああああっ! 似たもの姉妹め!」

 何度も受け止め逸らし弾き返す。徐々に上手くなったかと思えば、それは罠。知らずにパターン化されたヴァルキュリアの攻撃は、突如として変化し足蹴りを放ってくる。意表を突かれたアマツミカボシは反応が遅れ、一撃をまともに貰ってしまう。さらに、そのまま流れるような動きで槍が振るわれる。

 鋭い槍先がアマツミカボシの右足を深々と斬り裂いた。

「ぐぁっ!」

 晟生は焼けるような痛みに悶えてしまった。

 隙を逃さず槍が突き込まれると、アマツミカボシは腹を貫かれた――が、それは石突きと呼ばれる刃のない側であった。一応は手加減のつもりなのだろうが、あまり意味はない。

 アマツミカボシは吹っ飛び、地面を激しく削りながら転倒。僅かに生えた草を台無しとした。これで辺りの植生回復はさらに遅れる事は間違いない。

「くそっ、姉妹そろって手加減がない」

「初乃と一緒にしないでください」

 起き上がろうとする晟生=アマツミカボシの喉元に、鋭い槍の切っ先が突きつけられた。しかしそれは、直ぐに引っ込められる。代わりにヴァルキュリアの籠手を付けた手が差し出された。

「今の戦いの反省は分かりますか?」

「実戦経験が足りないかな」

「簡単に言えばそうですけど、もっと冷静に相手の動きと周囲を見なければ駄目です。途中の斬り合いですが、同じリズムに誘導していた事に気付きましたか?」

「……やられてから気付いた」

「あとは足下の地形や、周辺状態も確認しなくては駄目です。それからダメージを受けても怯まないように。それは、あくまでも神魔装兵の痛みですから」

「それは無茶だ。本当に痛いんだ」

 文句を言えばヴァルキュリアが困った様に首を傾げる。それは、まさしく愛咲の動きだ。

「それぐらいの気持ちで、という事ですよ。痛みで動きを止めてしまったら、後は一方的にやられてしまいますから」

「言わんとする事は分かるけど、なかなかの難題だ。本当に斬られたみたいに痛いし。まあ、斬られた経験はないけど」

 その言葉にヴァルキュリアは胸の下で腕を組んで悩んだ。

「うーん、晟生さんとアマツミカボシのシンクロ率が高すぎなのでしょうか。ですから痛みが余計に強く感じるのかも」

「そうなのか? 何か対策があるなら教えて欲しいが」

「我慢する事です」

 全く意味のない言葉に、晟生=アマツミカボシは項垂れた。

「結局は根性論か……」

「世の中はそういうものですよ。さあ、トリィワクスに戻りましょうか。もうすぐ日暮れです」

「了解した」

 アマツミカボシを素体コアに戻すと、晟生はマニピュレーターの手で額の汗を拭った。戦闘の緊張による冷や汗が凄く流れている。

「才能ないのかね」

「大丈夫。そんな事ないって、ぼくは思うよ」

 ぼやきが通信にのったのか、目前に初乃が映し出された。

「愛咲姉はちょっとじゃないぐらい強いんだよ。まだ初心者の晟生がそれとあれだけ戦えるんだもん。充分凄いんだから、もっと自信持ってよ」

 そう言って初乃が励ましてくれる。やはり通信担当に向いているのかもしれない。話を聞いた晟生は気が楽になったのだから。

 気分良く格納庫に戻った晟生であったが、にゃあにゃあ文句を言うミシェに手を焼くのであった。

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