第28話 トリプルSランク

 トリィワクスに戻る道行きは物々しいものであった。全員が緊張感を漂わせぴりぴりしながら、いつでも発砲できるよう銃の安全装置を外したまま臨戦態勢。

 その原因はトリプルSという事なのだが、とても尋ねられる雰囲気でないため、晟生には理由がさっぱり分からない状態だ。しかもトリィワクス艦内にバスが到着すると、即座に部屋へと連れて行かれてしまう。

 またしても、あの取調室であった。

 もうすっかり慣れた様子で椅子に座ってしまう晟生である。

「あ、どうも」

「まったく、次から次へと」

 しばらくしてやって来た艦長の和華代だが、晟生の顔を見るなり後頭部を掻いてみせる。雑な仕草で椅子に腰掛けるが、まるで野生の豹のように晟生は感じた。

「今度はトリプルSかい。まったく何と言うべきか、ああ本当に何と言うべきかだね」

「それなんですけど、そのトリプルSってのは何です?」

「なんだい知らないのかい。誰かに聞けば良かっただろうに」

「聞く暇もないぐらいで、みんなピリピリしてましたから」

「まっ、そりゃそうだ。じゃあ説明しようか、トリプルSってのは遺伝子のランクを示す言葉さ」

 和華代は額に手をやり白髪を無造作にかき上げた。

「遺伝子の評価は汚染度合い、損傷度合い、劣化度合いの三項目があるのさ。Dランクから始まってAランクになり、その上にSランクが存在する」

「ははぁ、なんだかよくありそうなランク分けですね。その三つ全てがSなんでトリプルSと。確かに高評価ですけど、そんな騒ぐほどの事です?」

「やれやれ、これだから二百年前の人間は……」

「人を骨董品みたいな言い方しないで欲しいですけど」

「そんなもんだろが。いいかい、過去の戦争の影響で世界中の者が遺伝子を汚染され損傷してしまい、さらには劣化しちまってんのさ。だからこそ出生率が下がり男が産まれ難く、頻度が進めば身体が変異していくって事なのさね。トリプルSの価値がどんだけか分かるかい?」

「とっても貴重って事ですか」

「そうさね。それこそ、あんたを巡って戦争が起きるぐらいには」

「いや、さすがに戦争ってのはないでしょ」

 大袈裟すぎると晟生は両手を挙げてみせたが、和華代は一笑に付してみせた。

「とんでもないよ。自分の子孫に男が産まれやすくなって、さらに変異も発生し難くなる。変異差別者の多い金持ちにとっちゃ垂涎の的ってもんだよ」

「はあ……」

 それでも、ぴんとこない晟生に和華代が説明を続ける。

「何年か前の事だよ。汚染度合いでSランクの男が競売にかけられた事があった」

「競売、ですか……」

「嫌そうな顔をしなさんな。で、その顛末だがね。オークション会場に神魔装兵の群れが突っ込んで警備や客を皆殺しにしたあげく、男を攫って行方知れず。それから男がどうなったか誰も知らないね」

「…………」

 とんでもない話に晟生は黙り込んだ。

 攫われた男はどうなったのか想像するが、脳裏に浮かぶのは薄い本で展開されるテンプレ。つまり、首輪で鎖に繋がれた全裸の奴隷姿なわけだ。そんな陵辱系ストーリーが我が身に起きるかもしれない

 晟生は背筋を震るわせた。

「いや、まさか……はははっ」

 晟生は乾いた笑いをあげた。だが、直ぐさま泣きそうな顔で頼み込む。

「何とかなりません?」

「残念だけどね、情報屋の穂舟って言ったかい? そいつがあちこちに情報を売り捌いたらお終いだね。ああ、逃がしてやったのか。なら、現在進行形で拡散中だろうさ」

 最悪だ。あんな奴は生かしておくべきではなかった。しかし、もはや想像の中で穂舟に銃弾をたたき込む想像をする事しか今の晟生には出来ない。

 和華代は湯気立つ茶をすすった。

 寿司屋にありそうな重厚な湯飲みで、中身は緑茶だ。もちろん晟生の前にも同じものが置かれているが、そちらは全く手をつけていない。別に猫舌だからではない、飲む気力もないからだ。

「それならトリィワクスで護衛をお願い出来ませんかね」

「あんたが十万円持った資産家ってのは分かっちゃいるけどね」

「あー、それですけど実は――」

 晟生はモドコ銀行で確認できた貯金額について述べた。

 さすがに和華代は艦長としてトリィワクスを指揮し、ヒサモリ運送会社を維持運営しているだけの事はあった。ただ、手で目を覆って動かなくなっただけだ。

 ややあって口を開く。

「あんたを艦から放り出したくなってきたよ。いや、今のは冗談だがね。分かった、このトリィワクスで保護して護る事にしよう」

 和華代は思案しながら口を開いているらしく、自身に言い聞かせるように言葉を続ける。

「アマツミカボシの素体コア、あれがうちの所属となったんでね。まずは、その乗り手として働いて貰おうかい。自衛にも丁度いいだろ、この世界で神魔装兵に匹敵する力は数少ないからね」

「なるほど。あとは護衛費用を払います」

 今や晟生は相当な資産家。もちろん全額だって払って構わない気分だ。しかし意外な事に、和華代は首を横に振ってみせた。

「金は要らないよ。それよかね、あんたの遺伝子をうちに所属する子らに提供して貰いたいね」

「遺伝子の提供。はぁ……えっ、つまりそれって」

「もちろん機械を使って無理矢理搾り取るなんてしないよ。ちゃんと直接提供で構やしないよ」

 余裕を取り戻し、にやにやとしだす和華代に晟生は眉を寄せ困惑した。

「非常に言いにくいのですが。あまりお年を召した方というのは、どうも……」

「ばっか!! 勘違いすんじゃないよ。あたしゃ死んだ亭主に操を立ててんだからね。あんたがどんだけ言い寄ろうが、お断りだよ」

 和華代の目が不機嫌そうに細められた。しかも身を守るように両手で身体を抱え身を退いているではないか。まるで、今にも晟生に襲われるのではないかと心配している乙女のように。

 控えめ表現でお年を召したレディにそんな事をされると、凄く萎える。

「それはないです」

「なら安心だよ。とりあえずだがね、手始めに孫の愛咲か初乃にでも遺伝子提供をしとくんな。あの子らも、そろそろ年頃なんでね」

「あいえええっ!」

 とんでもない発言に叫ぶ事しかできやしない。

「なんだい、あの二人が嫌いなのかい?」

「嫌じゃないですけどそういう事はもっとこう互いをじっくり知り合ってから双方の合意の元に自然と進むべき物事であって一方的に指示されてとか良くないわけでして。そもそもいきなりで嫌われてしまったらそれは悲しいのでまずは手紙など交換するとかしてから手を繋ぐわけでえっちいのはいけないと思います」

 早口で言いながら長い髪を弄る晟生。そんな姿に和華代は呆れた様子だ。

「なんだい、情けない。死んだ亭主なんて、会って速攻で押し倒してきたぐらいだよ。こりゃとんだ期待外れだ、もしかしてあんた女を知らないのかい」

「…………」

 かかる恥辱に晟生は反論さえできず、黙り込むしかなかった。

「まあ男に選択権があるってのは重々承知さね。だけどまあ真面目な話――言い方は悪いが、この艦の娘どもを虜にしちまいな。そうすりゃ命懸けであんたを守ってくれるってもんさ」

「……そいうのは狡いような」

「狡くてけっこう。生き延びる為、そんぐらいしないでどうすんだい」

 言って和華代は壁際に行って通信端末で連絡をつける。さして間を置かず愛咲と初乃が部屋にやって来たのは、どうやら近くの廊下で待機していたからだろう。遺伝子提供については触れられないまま、二人に晟生の待遇について説明を受けている。

 晟生はそんな様子を見やった。

 元の時代であれば、愛咲も初乃も歌って踊って大勢のファンに囲まれ総選挙に出たに違いないぐらい魅力的だ。若干年齢が若すぎる感じはあるものの、どちらも晟生の好みとしてはど真ん中である。

 もっと仲良くなりたいと思っているし、男女の関係になれたら最高とも思っていたぐらいだ。ただ、悲しいことに恋愛経験のなさからどうすればよいか分からない。ただ、ウジウジと悩んでしまう。

「――というわけさね。これからは世話だけでなく護衛もするんだよ。いいね」

 晟生が思い悩む間に和華代の説明が終わった。

「はい! もちろんです。しっかり晟生さんを護ってみせます」

「ぼくに任せてよ。絶対の絶対に護ってみせるからさ」

 ほぼ同時に言った二人は視線をぶつけ合う。

「私が晟生さんのお世話と護衛をしますから。初乃は補助でお願いしますね」

「ぼくが世話して護衛で側にいるの。愛咲姉こそ補助でいいよ」

「晟生さんは私を信頼していると言ってくれましたので、もちろん私がします」

「あっそう。でもさ晟生は、ぼくを護るために敵と戦ってくれたんだよね」

 なんだか雲行きが怪しい。

 助けを求め和華代を見やるが、完全にこの状況を楽しんでいるようだ。にやにやと笑うばかりで、全くあてにならない。

 果たしてこれからどうなるのだろうかと、晟生は頭を抱えた。

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