第25話 慣れた見慣れなさ
「拳銃は小型で扱いやすそうですけど、反動で手首を痛める事があります。使用する場合はしっかり脇を締めて固定しながら使用して下さい」
つまり、そんな胸を強調させるなという事だ。
辺りは雑居ビルが建ち並び、せいぜいが寂れた地方都市ぐらいの様子だ。しかし行き交う人々は――女性ばかりだが――活気があって賑やかしい。
何人もとすれ違うが、まったく男を見かけない。
どうやら本当に男という存在は希少で、社会は女性中心ということだろう。もし晟生が男だとバレたら大変にな事になるだろうが、女性ばかりの中にあって、晟生は完全に違和感がなく溶け込んでいた。誰一人として、ここに男がいるとは思っておらず気付いてもいない。
晟生の容姿スタイルが女性にしか見えない事もあるが、誰も男がミニスカート姿をしているとは思わないからだ。そうした意味で、この服装を選んだことは正解だったにちがいない。ややヤケクソ気味に思うのであった。
後ろでは手に入れたマンガを嬉しそうに抱く
皆が晟生を気にかけ、晟生を中心に動いてくれる。自分の居るべき場所はここに違いないと最高の気分であった。
「ん?」
そのとき、何気なく横を見た晟生は思わず立ち止まってしまった。
後ろを歩く彩葉に衝突され突き飛ばされかけたものの、即座に彼女に掴まれ抱き寄せられてしまう。しかし背に密着する柔らかさにすら気付かないほど晟生は呆然としている。
石造り風の外壁に、円柱系柱をデザインに取り込んだコンクリート製建物。そこにある看板に記されているのは――。
「モドコ銀行じゃないか」
それは、かつてメインに利用していた銀行と同じ名称だ。
モットーは顧客第一主義で利息も他に比べ高く、確実に資産を守るという事を謳い文句として各種セキュリティは万全。千年先だろうと預かると看板を掲げ、千年貯金といった事までやっていた。
見れば子供を模したロゴマーク、可愛くないオリジナルキャラに至るまでが完全に一致している。まるで遠い異国で同郷の者に出会った気分だ。
その視線に愛咲がぽんっと手を叩く。
「あっ、そうでしたそうですよ。ここを最初に試せば良かったのです。ここに口座があったとすれば、生体認証ですぐに晟生さんの素性が分かったはずですよ。気付きませんでした」
「そうだよ、これなら晟生の素性が分かるね。やったね」
「うん、良かった」
晟生が記憶喪失だと信じ切っている三人の少女たちは声をあげている。そろそろ罪悪感が半端なく、真実を伝えるべきだと思う。だが、それは今この時この瞬間ではない。
そして晟生は不安であった。
今が二百年後の未来と言われても、どこか信じられない思いでいた。心の片隅では、ここが本当は異世界ではないかと思っていたりする。自分の生きた世界が荒廃し滅茶苦茶になっているとは、あまり信じたくはなかったのだ。
だが、ここで認証を行えば白黒はっきりしてしまう。
いつかは確定する事が今目の前に現れたのだ。
行くしかない。
意を決した晟生は、期待と不安を胸に銀行内に足を進めた。
「なんだこれ……」
そこは思っていた場所と随分と違っていた。
行内は明るく爽やかで親しみの持てる場所……などではない。質実剛健とか堅牢強固といった言葉こそが似合いそうな様子であった。たとえるのであれば、それは要塞や砦。
窓口カウンターは店内を二分する鉄格子の向こう側。そこに銃座が設置され、来客が待機するロビーに向け銃口が睨みを利かせている。もちろん各所には武装警備員たちが配備され、入行者を油断なく睨みつけ一挙手一投足に注意を払っていた。少しでも妙な真似をすれば、即座に攻撃されること間違いない。
「こちらで武器類をお預けになって、番号札を取ってお待ち下さい」
意外に丁寧な言葉で武装警備員が言った。ただし態度は断固としたもので拒否は許さないといった態度だ。もちろんそれに従い銃器を預け――彩葉は自らの大鉈を預けるが、お気に入りとなったナイフだけは胸の間に収め、こっそり隠し持っている。
ロビーの長椅子に座り呼ばれるまで、辺りを興味深く見回す。
「なんと言うか、なんと言うか……妙な感じだ」
「妙でしょうか?」
「うん、まあ思ってた銀行とは随分違うって事かな」
「確かにここは警備が厳重ですけど、どこも似たような感じですよ。それより、もしかして記憶が戻られたという事ですか?」
「ああ……それは……後で説明するよ」
晟生が何とも言えない顔をすると、愛咲は不思議そうにしつつ頷いてくれた。
天井に紙鎖のレリーフが飾られ、折り紙の花やらが飾られている。壁には保険や定期の勧めや融資関係のポスターが貼られていた。確かにそれは、よくある銀行の飾り付けだ。
しかし、堅牢な鉄格子と武装警備員――彩葉の大鉈を重そうに運んでいる――客に向けられた銃口が存在するわけで。なまじ元の雰囲気が残っているだけに、それらが強烈な違和感を放っているというわけだ。
「もしかして郵便局もあったりするのかな」
「保険会社の事ですよね。もちろんありますよ」
「……そう」
どうやら郵便局は郵便事業から撤退したらしい。
かつてに思いを馳せ、ぼんやりとしていると番号を呼ばれた。手を挙げ返事をすると、指示された窓口カウンターに移動する。もちろん愛咲たち三人も一緒のため、武装警備員が少しばかり気にして様子を窺っているぐらいだ。
ただし行員は友好的笑顔を浮かべ、はきはきとした口調で話しかけてくれた。
「いらっしゃいませ。ご用件をお伺い致します」
「何と言ったらいいのか……とりあえず、ここに口座があるかを確認したいのですが」
「預金口座の有無でございましょうか?」
「はい、生憎と身分証も何もかもなくしてしまって」
「ご安心下さい。当銀行ではお客様を第一に考えておりますので、万一の際でも生体認証にて、ご契約者様ご本人かどうか確認が可能で御座います。すぐにご準備致しますので、少々お待ち下さい」
立て板に水の勢いで述べた行員は手元で操作を行った。
カウンターテーブルの一部が開き、ヘッドギアのようなものがせり出して来た。形状は多少違うが、かつて脳波認証の登録を行った時と似たものであった。
「そちらに額を押し当てて頂けますか……はい、それではご契約者様ご本人の確認を脳波測定にて実施いたします。大きく深呼吸をして気持ちを落ち着け装着して下さい……はいご本人確認ができました。
「…………」
これでここが確実に自分の生きていた世界の未来だと確定してしまった。そのショックは意外に大きい。何故かは分からぬが、驚きと悲しみと孤独と寂しさが込み上げてくる。
だが、そんな気持ちは行員があげた声によって打ち消されてしまった。
「ええっ!? そんなっ! しょ、少々お待ち下さい!」
担当行員はバタバタと慌ただしく走り上司らしい人物の元に走っていった。そして鉄格子状の仕切りの向こうでこちらを指さし、何事かを慌てながら訴えると上司も二度見の状態。
愛咲たちのみならず周囲の行員や客、武装警備員までもが呆気にとられるが、なぜそうなるのか分かっている晟生は落ち着いたものだ。
二百年前に登録した人間がやって来たのだから、それは確かに驚くだろう。
「あー、三人とも悪いけれど頼みがある。これから行員が突拍子もない事を言うはずだ。でも理由は後で説明するから、とりあえず大人しくするように頼む」
「そうですか。分かりました、そのようにします」
「えっと、うん。そのようにする」
「ういうい、ぼくも了解だよ。任せなさーい」
最後の若干一名は不安を感じるが、とりあえず信じるしかない。
鉄格子状の横手にあった厳つい扉が開かれ、担当行員とその上司がすっ転ぶ勢いでやって来た。他の客や武装警備員が驚きを持って見つめる前で恭しく頭を下げる。
「空知様でございますね。どうぞVIPルームへお越し下さい」
「あれ、何か思ってたのと違うような」
呟く晟生よりも愛咲たちは戸惑っていた。
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