第24話 コガネムシは金持ち

 到着時、バスから降りた地点にほど近い広場。

 そこでは青空市が開催され、大勢の人で賑わっていた。これはイベントといったものではないらしく、自然と人が集まり市が開かれているのだという。街の入り口で行列していた人々も、売るなり買うなりこれが目的という事らしい。

 そこでは実に様々な物が様々に取引されている。

 米や麦といった食糧、加工されたた食品、調理した食物。機械類のジャンク品やパーツ、修理請け負い買い取り。家具、アクセサリー、武器と種々雑多に並び、本当に哺乳瓶から墓石まで何でも揃いそうだ。

 それらが並んだ市は雑然としながら活気と熱気に満ち、等間隔に並ぶ物売りたちと品定めで行き交う人々の姿で混雑していた。呼び込む声あれば値切りの激しい掛け合いもあって騒々しい。

「晟生さんも何か買いますか? よければ手伝いますけど」

「そうだな武器が欲しいかな」

「武器ですか、確かにそれは良い考えですね。自衛の為に武器は必要ですし、武器があることで避けられる争いもあるかと」

「うん……まあ、そうだろね」

 晟生はそこまでの理由がなかったため、少々面食らいながら頷いた。本音を言えば、愛咲たちだけが武器を持ち自分が持っていないので欲しかったという子供じみた理由なのだ。

 銃器を販売している場所を探し人混みの中を歩くのだが、勢い込んだ愛咲は止まらない。どうやら晟生の望みを叶えるため一生懸命なようだ。

「どのようなタイプを考えていますか」

「タイプと言うと……」

「大きくは銃器類と刀剣類になります。しかし、刀剣類は意外に重量がありますから取り扱いが難しく接近戦となるので危険も高いでしょう。その点を考えますと、晟生さんには銃器類が絶対にお勧めですね。取り扱いを考えますと――」

「待った。そこで売っている」

「あっ、すみません。私ったら……」

 危うく通り過ぎかかった場所を示し晟生が言えば、愛咲は我に返って申し訳なさそうになった。そんな様子を初乃と彩葉が面白そうに笑っている。きっと珍しいのだろう。

 その店では敷布一枚広げた上に武器類が所狭しと並べられていた。

 拳銃や小銃に機関銃類、店主の側には重機関銃と狙撃用ライフルなども置かれている。幾つかの小物はどうやら、それら銃器の各種アタッチメントらしい。

 その他にも幾つか置かれ、初乃は乱雑に積まれた本などの山を探り、彩葉はしゃがみ込んで刃物類を眺めている。同じようにしたかった晟生でだが、生憎とミニスカートだ。これでしゃがみ込むことが、どうしてできようか。

 どうして自分はミニスカートなど履いてしまったのかと、何度目かになる疑問を思うばかりだ。

「さあ、どれにしますか?」

「どれと言われても、正直に言って分からないのだが」

「ではでは、私にお任せを」

 晟生の事で世話を焼けるのが嬉しいといった様子で愛咲は軽く手を合わせた。目を輝かせる様子は可愛い小物を前に喜ぶ少女のようだ。しかし、実際に並ぶ品は銃器類だが。

「お勧めは奇をてらわず拳銃類ですね。取り扱いも楽ですし護身程度には充分かと。例えばこれはどうでしょうか」

 愛咲は店主に断って中央置かれた拳銃を手に取った。外観を確認し機構の具合を確認していくが、その目は鋭く真剣だ。

「状態は健全で作動具合もスムーズです。少々高いですが、これはお勧めですね」

「じゃあそれにする」

「えっ、もう少し他も考えてみたりは……」

「なになに。愛咲のお勧めなら、それで充分さ。だって信頼しているから」

 自分のために考えてくれる事が嬉しく晟生は即断した。軽くウィンクまでしてみせれば愛咲は赤面して言葉を失った。

 そこに初乃叫びが響く。

「あっ、こんな所にあるなんて!」

 カタログ類の中から古びた本を発見し歓声をあげている。

「こんな場所でこのタイミングで見つけるなんて凄い、やった!」

「それは何だ?」

「大昔のねマンガっていう本なんだよ」

「いやマンガという物ぐらいは知っているが」

「これってずっと探してた最終巻だよ。くうっ、こんなタイミングで見つかるなんて。万歳だよ。武器が欲しいって言った晟生のおかげで見つかったね。ありがと!」

 晟生の手を取った初乃はぶんぶんと振りまくる。

 よほど嬉しいらしい。

「でもどうしよ、穂舟にも幾つか頼んでいるし。お金が……でもこれを逃すと……」

 我に返った初乃は口をへの字にすると、うんうんと唸り葛藤している。

「やれやれ古本如きで大騒ぎだな」

「んっ、だってそれ発掘品ですから。彩葉さんも昔は苦労して回収してましたよ」

「発掘?」

「うん、遺跡の中は命懸けですよ」

 しゃがみ込んでいた彩葉は見ていたナイフを名残惜しげに置くと、すっくと立ち上がった。銀髪おっぱいとの呼称そのとおりの姿は、晟生よりも頭一つは高い。褐色をした肌の赤い唇が妙に映えている。

「たとえば大昔のショッピングモールという場所。そんな遺跡には昔のものがいっぱいあるのです。でも、だいたい生物兵器の巣があるわけでして、とても危険」

「何と言うか……カルチャーショックだ」

「そう?」

 ショッピングモールが遺跡と言われ凄く不思議な感覚になる。遺跡と言えば石造りの迷宮で罠がたくさんあって、鞭を持った男が走り回るようなイメージなのだ。もちろんここが晟生の知る時代とは違うにしても、やっぱり遺跡と聞けばそんな感じに思うのだ。

 同意を求め視線を向ければ愛咲は顔を赤くしたまま何やら上の空。そして初乃は頭を抱えて悩み中であった。どっちもどっちの姉妹である。

「買うべきか買わざるべきか、それが問題なんだよ」

 何やら至高の命題めいた事を言い出す初乃に呆れ、その尻を靴先でつついてしまう。

「ん? なぁに」

「とりあえず買ったらどうかな?」

「そ、そうかな」

「逃した魚は大きいと言う。ここで買わなかったら、この先もずっと後悔するに違いない。だから買った方が良いに違いないと思う」

「でもね現実問題としてさ、お金がないと困るじゃないのさ」

「世知辛い事を言うが……その気持ちは分からないでもない。よし、それなら貸そうじゃないか。後で足りなくなって困ったら幾らでも貸そう」

 とりあえず財布には十数万円――ここでの価値は百億円――があるのだから気分は金満な晟生であった。それに触発され、初乃は力強く目を輝かせ頷いている。

「よし決めたよ、ぼく買うよ」

 勢い込んだ初乃は嬉しそうに宣言した。

 販売する主人も嬉しそうで、なかなか買い手が見つからずにいた不良在庫が捌けたように揉み手なんぞをしている。きっと、その印象は間違いないだろう。

「お姉さん、これ幾ら?」

「今回は特別にオマケして五円でいいけど」

 素っ気ない言葉に、晟生は何だかガックリした気分だ。金銭感覚が違うと分かっていても、駄菓子以下の値段なのだ。肩すかしをくらったような気分になるではないか。

「えっ、五円なの。もうちょっと安くならない」

「ならない。嫌なら他で探して」

「うー……」

 しょうも無いやり取りだ。

「まあ、五円と言えば五十万円か。しかたがない……すいません」

 晟生は会話に割り込んだ。

 にっこり微笑むと、店員の女性は何故か顔を赤らめる。しかし晟生が男だと気付いたわけではない。晟生の容姿と姿から好意を抱いた様子だ。嬉しいような嬉しくないような気分である。

 先程見て買うと決めた拳銃を示し交渉を開始する。

「それと一緒に買うので安くしてやってあげます?」

「えー、そう言われてもね」

「ガンホルダーと、後は手前のナイフも追加しますから」

「うーん……」

 店主はなかなかに渋い顔をする。遺跡に潜り命懸けで回収してきたものだから、安売りはしたくない気持ちは分からぬでもなかった。しかし、口を出した以上は晟生も引くに引けない。

「えーと、他に何か面白いものがあったり?」

「面白いって言うと、後は遺跡で見つけた男物服とか」

「ほう、それはどんな」

「このブツは凄く貴重だから……」

 周りを気にする店主の様子は勿体ぶるような仕草だ。とんでもなく貴重なためこの場に出したくないものの、しかしそれを自慢したい気分とで揺れているらしい。

 そして最終的に自慢が上回った。

「男物の下着セットだよ」

「……トランクスですか、そうですか」

「あんた詳しいね。ほら見てみな、この前に穴とボタンがあるだろ。古代の男はここから生殖器を出して排尿行動をしていたんだよ。凄いだろ想像するだけで興奮するだろ」

「…………」

 何とも言いようがなく晟生が黙り込むと、横から初乃が袖を引いた。

「あそこから出すの?」

「いや、出すよりは直接下げて……なんでもない」

 そこで晟生は、このトランクスの重要さに気付いた。

 なぜならば今は替えの下着がない。そのため寝る前に自分で手洗いして干して、何も穿かず寝ているのだ。しかも今の下着が傷んでしまえば何も穿かないか最悪は女物を――晟生の目がクワッと見開かれる。

「それ下さい!」

「これは貴重で売り物じゃないけど、四百円か五百円は……」

「五百円で買った!」

 言い切った晟生が財布から五百円硬貨を取り出せば、店主は圧倒された様子で目を見開いた。どうやら、諦めさせるため無茶な値段を言ったつもりだったらしい。しかし、晟生の感覚からすれば五百円は五百円だ。

「えっと。それならナイフとガンホルダーはオマケして、本は三円でいいよ」

 そういう事になった。

 初乃と店主は五百円という大金の後だけに、複雑な顔で一円玉三枚と古本を交換している。

 そして晟生は手に入れたナイフを彩葉に差し出す。

「どうぞ」

「えっと、彩葉さんにくれるの?」

「女性に贈るには相応しくないけどね、どうぞ受け取って下さい」

「うん、えっと……ありがと、大事にする」

 紅く大きな瞳が嬉しげに細められ、口元も柔らかな曲線を描く。微笑むという表現を的確に体現したような表情だ。最高に綺麗で、最高に可愛い。

 晟生は照れながら傍らに目を向けた。そこでは、まだ愛咲がぽややんとしたままでいる事に気付く。

「さて……とりゃっ」

「きゃっ! えっ、あれ?」

 軽いチョップを加え正気に戻すと、晟生はトランクスを仕舞い込んだ。そして拳銃とガンホルダーを腰元に付けるのだが、それでようやく何か身につけている気分となる。今までミニスカートで何も履いてない感覚が強かったのだ。

「よし、それでは次に行こうか」

 意気揚々と歩きだす。

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