第22話 見た目華麗な依頼者

 小路地を奥へと向かい何度か曲がる。

 少しばかり広まった空間に廃材を寄せ集めた小屋が建っていた。屋根は半透明の波板で、重りに石が載せられた粗末なものだ。それでも周りにある建物や、そもそも住む場所すらない者に比べれば立派なものだろう。

「さあ中で商談をしよか」

 穂舟ほふねは何重にも施された鍵を解除した。

 案内された中は意外にも整って小綺麗で、天井や壁の素材も外観とは異なり頑丈そうなものだ。もしかすると外観は目立たぬための偽装として、あえて粗末にしているのかもしれない。

 壁にはモニターが設置され、街のあちこちの映像を表示している。

「で? いつもの発掘品の依頼と違うんだ?」

 錆の浮いた折りたたみ椅子を勧められる。

「うん、それもあるけどさ。でも、まずは晟生せおの素性を調べて欲しいの」

「そっちの銀髪おっぱいがラミア乗りの彩葉いろはだろ。って事で、ミニスカが晟生だね」

 彩葉に対する呼称はなかなか的確。心の中で晟生は穂舟という情報屋を賞賛した。なおミニスカと言われた事で、足をしっかり閉じて揃えて整えてもいる。現状で少しでも油断すれば、もろに下着が見えてしまうのだから。

「素性って言われてもねぇ。よっぽど特徴でもないと――」

「ありますよ。晟生さんは男の人ですから」

「男!? これが!」

 穂舟は目を剥いた。

「ちょっ、あり得んでしょが……触って確認させて貰っていい?」

「どこを触るつもりか知りませんけど、お触り厳禁です」

「くっ、残念。いやでも、本当に男なのかい?」

 愛咲に一蹴され悔しがる穂舟は、まじまじと晟生を見つめ怪しむ。

 それも当然だろう。どう見ても女の子にしか見えぬ顔立ちに華奢な体格、何よりミニスカート。しかも、それが素晴らしく似合っているのだ。

「どう見ても男には見えないんだけど。やっぱ、女じゃね?」

「嘘は言いませんよ。大丈夫です、本当に男の人である事は確認……えっと、その……しっかり確認しましたので」

 何かを思い出したのか愛咲は頬を染め言いよどむ。そして初乃ういのは自慢するように顔をあげ、手をにぎにぎした。

「ぼくなんて握っ――ぐふっ!」

 初乃黙るべし慈悲はない。容赦ない一撃を叩き込んだ晟生には、それをする権利がある。間違いなくある。

「そうかい、そこまで言うなら男なんだね。確かに嘘を吐くような内容でもないだろうし。なるほどなるほど……くうっ、本物の男! それが同じ空間で呼吸して座って目の前にいる! 凄い! 興奮する!」

 騒ぎ出した穂舟の様子に、晟生は面食らった。

 まるで憧れのイケメン俳優に遭遇し、黄色い歓声をあげるファンの姿だ。それも少しストーカーが入った感じの姿である。そっと身を退けば、早くも立ち直った初乃が身を乗りだした。

「えっとさ、穂舟はこんなだけどさ。情報屋としては一流なんだよ。ぼくが集めてるマンガとか、愛咲姉の集めてる古典文学とかあ。怪しいルートで手に入れてくれるんだから」

「お言葉じゃん。初乃が欲しがってた古典マンガが何冊か手に入ったけど、いらないわけ?」

「あっ、ごめん。新しいの入荷したんだね。やった!」

「苦労して手に入れた品を、適正価格で売ってやってんのに。悲しいよ」

 ぶちぶち文句を言いつつ、穂舟の目は晟生に向けられたままだ。特にミニスカートの足の間には舐めるような熱い視線が向けられていた。きっと、かつて暮らした時代で女性たちも同じ気分だったのだろうか。

 晟生はきまりの悪く、しっかり足を閉じておいた。

「そりゃそうと素性を調べたいった事だね」

「はい、詳しい事は省きますけど晟生さんは記憶喪失なんです。ですから、どこの誰なのかを調べてあげたいわけでして。どうでしょうか?」

「なるほど、記憶喪失の男。訳ありって事だね」

 穂舟は腕組みをすると晟生を眺め回した。それは先程までとは異なり鋭いものだ。

「愛咲に渡した発掘品文学にありそうな展開じゃないの。ガールミーツボーイだっけ? 記憶を失った男を世話するうちに恋が芽生え、紆余曲折ありながらハッピーエンドってね」

「そ、そんな下心なんてありません」

「ほんとにー?」

 嫌らしく言いながら、穂舟は持って来た機器を操作する。素早い動作は熟練したもので、情報屋として一流という事はどうやら事実らしい。

「うーん、ざっと調べたけど。行方不明届けが出てる男の中で該当はないね」

 顔を上げた穂舟はあっさり言った。

「だけどまあ、内密にしておきたいって事で捜索願を出してない場合もある。そうなると、次の方法は遺伝子バンクに照会をかける事だね」

「遺伝子バンク?」

「そっ、男ってのは貴重だからね」

 穂舟は机の上に出した棒状の物質を噛みながら食べた。もちろん他の者は誰も手を出さない。

「出生時にバンク登録されて、血統証明が出来るようになってんのさ。もちろん近親交配リスクの確認とかでも使うね。よーするに、そこに遺伝情報を送信しさえすれば、どこの所属でどこに囲われているかまで数時間で判明するよ」

「晟生、良かったね! これで家に帰れるよ」

 初乃は手放しで喜んでいる。だが、話を聞いた晟生は眉をよせた。まるで男がペットか何かのような扱いに思えたのだ。何と言うべきか嫌な感じを受けている。

 とはいえ、男が希少であれば仕方ない事なのだろう。

「じゃあそれで。調べて貰いますか」

 晟生はあっさりと頷いた。

 データは登録されておらず、どれだけ調べようと見つからないだろう。答えはわかりきっているが、それを言うわけにはいかない。

「じゃあ遺伝子採取だね。とりあえず出すもの出して貰おうか」

 その一言に晟生が凍り付くと、穂舟はへらへら笑う。

「冗談冗談。そっちでもいいけど、この用紙に血の一滴でいいから。安心しなよ、もちろん舐めたりしないから。本当はしたいけど」

「凄く不安だ……」

 差し出された紙を受け取り、左右を見回す。血を用意するには傷をつけねばならず、何か針や刃物でもないかと思ったのだ。

「よかったら、これでどうぞなのです」

 そんな晟生の前に、ぬっと金属塊が差し出された。彩葉の大鉈だ。水平に構えられたそれは、少しも揺らがない。相当な膂力でなければ出来ない芸当だろう。

 血を用紙に付け穂舟に渡し、そちらは完了した。

「晟生くん、彩葉さんに手を貸して」

 大鉈が引っ込むと、そんな言葉と共に手が取られ、彩葉の太ももに誘導される。

 ショートパンツから伸びた褐色の太ももは、滑らかで張りがあって柔らかな肌触り。ドキドキする晟生の手は緊張で強ばってしまうほどだ。

 そして間で挟まれる初乃もまた、晟生に抱きつき緊張で強ばっていたりする。

「絆創膏。ちゃんと手当しないと駄目」

「い、いよ自分でやれるから」

「大丈夫、彩葉さんはこういうの得意なんです」

 そして手当をして貰う晟生だが、さすが銀髪おっぱいと彩葉に目を奪われていた。おかげで、出遅れた愛咲がしょんぼり絆創膏をしまう様子に気付かない。

 穂舟はちらちらと晟生を見て言った。下心満載のねっとりした視線だ。

「さぁて結果が出るまで二時間ぐらいだね。なんだったら、ここに居て貰ってもいいけど。二人でスキンシップするとか親交を深めるとか」

「えっと、後で来ます。街を見て回りたいので」

「そりゃ残念。報酬は戻ってからでいいから」

 話がまとまったとみれば、気の早い初乃などは腰を浮かし立ち上がっている。しかし晟生が軽い咳払いをすれば慌てて座り直していた。

「ちょっといいかな。今のとは別件で頼みたい事があって」

「はいよ。あたしのスリーサイズと暇な時間とか?」

「いやそうじゃなくて……」

「冗談冗談。で、何か調べ物なわけ。格安サービスで調べたげるよ」

「頼みたい事が二つ。まず一つは、トリィワクスが運搬を依頼された素体コアの素性について。二つ目は……何か凄い研究をしてる人がいないか調べて欲しい」

「オッケー、素体コアの情報をあるだけ寄越しな。で、もう一方は抽象的すぎじゃん。もっと分かるように説明してくんない?」

「あー、つまり……」

 問われてどう説明するかを迷う。はっきりタイムトラベルと言うわけにもいかず、時空研究所といった表現も限定しすぎて上手くない。

「たとえば時間とか次元とか空間とか、一瞬でワープするような。そんな研究」

「よく分かんないね。まあいいや、とりあえずそんな雰囲気で何か凄そうな研究してる奴でもいいわけ?」

「まあ、そんな方向でお願いします」

「了解したよ。それなら二時間もあれば簡単だね。支払いは後でまとめて頼むよ」

 そこで穂舟は自分のボサボサの髪に気付いたらしい。今更ながらそれを撫で付け身繕いなどをしていた。

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