第21話 情報屋はどこにいる
「ねえねえ、
歩きだす前に
トリィワクスの自動調理機は故障中のため朝の食事はほんの僅か。晟生が料理をしようにも、それに使える食材は殆どない。自動調理機用のブロック形食糧の元なるものは大量にあるが、お腹を空かせた初乃が一口囓ってやめたほどの味だ。
「その方が良さそうかな。あっと、皆の意見はどうかな?」
「もちろんですよ。晟生さんが第一ですから」
「第一とか言われても……その、困る」
遠慮がちな晟生の様子に
「うん、問題ないかと。皆と一緒にご飯を食べるのは、彩葉さんも嬉しいな」
「じゃあ決定! ぼく、そこの屋台で食べる物買ってくるからさ。任せてね!」
初乃は言い置くと、ぱっと駆けて――慌てて戻り愛咲にお金を貰いに戻って――行った。なんとも元気に張り切っている。
屋台の店主と勢い込んで交渉を行い、まとめ買いによる値引きをお願いしている。どうやら上手くいったらしく、振り返っては頭の上で大きな丸をつくってみせた。
「見てるだけで飽きないぐらい元気だね」
「そうなんです。でも、ちゃんと周りの人を気にして配慮が出来る子なんですよ」
愛咲は嬉しそうだ。注意したり叱ったりしているが、やはり初乃が可愛くて仕方ないようだ。自慢の妹という事らしい。
「確かにそれはそうだね。トリィワクスに来てからこっち、考えてみると初乃のおかげでいろいろ助けられてばかりだよ」
「でも、時々暴走してやり過ぎるのが欠点なんですけどね……」
「それも愛嬌ってものかな。暖かく見守っておこう」
「お
「いつか困るのであれば、見てる前で困って貰った方がいいのでは? それであればフォローはできるし、本人もしっかり学習してくれるから」
何気なく言った晟生であったが、愛咲は意表を突かれた様子だ。それに気付き、偉そうな事を言ってしまったと反省する。
「あー、そう思っただけで。方針は人それぞれかな、うん」
「その通りですね、知らない場所で困られるよりは見てる前で困って貰った方がいいかもしれません……そうしてみます。ありがとうございます」
「いやまあ偉そうな事を言って、ごめん」
素直な眼差しで礼を言われた晟生は恥ずかしくなった。元はと言えば、どこかで読んだ誰かの受け売り。それを自分の知識みたいに言う事は恥ずかしく思うのだ。
頬を掻き視線を逸らすと、ついでに話題も逸らそうとする。
「そういえば、愛咲と初乃は顔立ちは似てるけど姉妹にしては髪とか瞳の色とか違うよね。あっと、ごめんね失言だったかも」
家庭の事情やら何やらあるかもしれないわけで、言いながら気付いた晟生はひやっとした。しかし愛咲は普通に笑う。
「いいえ構いませんよ、だって父親が違いますから」
「あれ? 男は希少なのに父親が違うわけ?」
「ええ。母は装兵乗りという事で、上流階級の護衛をよくしてました。それで男性と会う機会が多かったそうでして。それに、とっても魅力的な人でしたから」
「なるほど。魅力的ってのは、愛咲を見てればよく分かるよ」
晟生は気取った様子でウインクしてみせた。
しかし愛咲からすれば、女の子より綺麗な顔立ちをした男からの褒め言葉だ。しかも男が希少な世界でそんな事を言えば効果は絶大。瞬時に愛咲は紅潮してしまい、あげくに彩葉までもが軽く頬を染めている。
初乃が両手に全員分の飲み物を持ち、慎重な足取りで戻って来た。
「お待たせ。あれ、何かあった?」
「な、なんでもありませんよ。それより、ありがとう」
「ういうい、それでね。愛咲姉には納豆バナナサンドだよ」
「えっ!? なんですかそれ」
渡された物体を手に、愛咲は固まってしまう。
「彩葉には味噌バターヘチマサンドね」
「えっと……なんでしょうか、ありがとうと言うべきなのでしょうか」
「でもって晟生にはワサビチョコミカンサンドね」
パンの間に緑に茶に黄色があった。到底美味しそうには見えなかった。何度見ても美味しそうには見えない。たぶんきっと、その予想は間違っていないだろうと晟生には思えた。
事実その通りで、初乃が痛い目に遭って後悔する前に、周りが痛い目に遭って後悔する食事であった。
◆◆◆
ギンザの街は混沌としている。
過去の大戦によって周辺市街地が軒並み壊滅、または消滅。唯一被害を免れたここへと生存者が雪崩れ込み、好き勝手に増改築を行ったあげく完成したものが今の市街地であった。
特に裏通りは闇市を元とするため、混沌として複雑怪奇な区画となって現在も変化を続けている。そのため正確な地図など存在せず、たとえ住民であったとしても目的地に辿り着く事は困難な状況となっていた。
「――というわけでさ。ぼくが道に迷ったのは、ぼくが悪いわけじゃないって事だよね。うん」
「へええ、それは知らなかったよ」
長々と説明をした後に頷く初乃に対し、晟生は冷ややかな目をした。なにせ、この裏道を先頭に立って自信満々で誘導しておきながら言うべき言葉ではないと思ったからだ。
表通りを離れた裏道ともなれば、そこに華やかさは少しも無く、辺りはドブの臭いが漂い肉類が腐ったような酸っぱさと、大量の汗を放置したような刺すような臭いが混じっていた。息をする事さえも苦しいぐらいだ。
早くこの場を離れたいと思っても仕方がないだろう。
「ここは素直に認めるべきじゃないかな。自分のせいで迷ったという事を」
「そうかもしれないけどさ。でもさ、迷ったというよりは……つまり目的地を見失ってるだけだよ」
「なるほど、そうだったのか。びっくりだよ。で? どう進めばいいのかな」
晟生は頷いてから、言い訳を続ける初乃の顔をしげしげと見つめた。失敗した時に温かく見守ってフォローしてやろうといった気は欠片も無かった。
「えーっと。愛咲姉、どうしよ」
困った初乃は頼りになる姉へと助けを求める。
さすがにこちらは見捨てる事なく、困った様子で深々と息を吐いただけだ。
「戻るしかありませんね。通ってきた道は……なんとなく方向は分かりますから」
「そうだけどさ。この辺りの筈なんだよね」
「進む決断より引く決断の方が大事と覚えておきましょう」
「分かった、そうする」
ようやく初乃も納得したが、単に諦めただけかもしれない。
なんにせよ晟生は足下を気にしながら安堵した。ミニスカートが落ち着かないのだ。股がスースーな上に、足にも空気を感じる。だからだろうか、時々確認せねば自分が何も履いてないような気になってしまう。
しかも、辺りは不安を感じさせる場所だ。
ボロ布にくるまった人間が道端に寝そべり、またはだらしなく座り込む。そこから粘つくような視線が浴びせられる。男だから狙われているというわけではない。女性ばかりであれば嗜好も女性同士という事になるらしい。
愛咲と初乃が肩に担ぐ銃器と、彩葉が機嫌良く振り回す大鉈の存在がなければ、きっと早い段階で身ぐるみ剥がれ襲われていたかもしれない。
か弱い乙女気分の晟生は――突然かけられた声に背筋をビクリとさせる。
「おやおや、お帰りぃ? あたしに用事があったと違う?」
横の小路地から女が姿を現した。
明らかにサイズの大きすぎるシャツは様々なシミで汚れ、髪はボサボサで手入れもされていない。目はギョロリとして油断がならず、口の端を片方だけ吊り上げた引きつった笑いは怪しげだ。拳銃を無造作に手にしながら、ひょこひょこと近づいてくる。
彩葉は大鉈を軽く構え、いつでも斬りかかれる体勢となった。
「おお恐い。それでトリィワクスの久杜姉妹が何用で?」
「
「そりゃ大勢でゾロゾロと来られるとね……」
この穂舟と呼ばれた女が情報屋らしい。いかにも詮索が――それも他人の知られたくない部分を探る事が――好きそうなタイプに見える。同時に、逞しく生き抜いてきた抜け目の無さを感じた。
「ここだと、ちょっとね」
「オーケー訳ありね、そんじゃ店で話をしようか」
手で合図した穂舟は背を向け、現れた小路地へと入っていく。初乃が追いかけるように小走りで進み、愛咲は晟生を護るようにして歩きだす。そして彩葉は少し周りを見回し、大鉈の柄で壁に一撃を加え目印をつけると後を追った。
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