第20話 見知らぬ知った街

 晟生の護衛は愛咲と初乃だけでなく、彩葉も加わる事になった。そうなると戦闘班の居残りはミシェという事だ。街に遊びに行きたがっていたはずなので、きっとぼやいているに違いない。

「彩葉は普通の戦闘でも凄く頼りになるんだよ」

 初乃は彩葉に飛びつき、そんな事を言っている。自分の事のように得意そうで、どうやら仲良しらしい。何かとじゃれついている。

 晟生は彩葉に目をやった。

 彼女が持つ武器は元から先まで幅がほぼ一定の片刃の剣になるが、むしろ大鉈と表現した方が良いような形。見るからに頼もしいが非常に重そうだ。彩葉はそれを軽々と取り扱っている。確かに頼りになりそうだ。

 それはそれとして、銀色の長い髪に褐色を帯びた肌と紅い瞳。動きに合わせ黒いシャツの下で大きな胸が動き、ほっそりとしなやかな腹部から腰付きはしっかり。そしてショートパンツの下に見える太ももは魅力的なまでの肉感。つい目がいってしまう色気が存在する。

 目の保養という面からして彩葉が一緒で嬉しかった。

「晟生君が可愛いと、彩葉さんは感心してますよ」

 にこやかに彩葉が言った。晟生が彼女を見ていたように、彼女もまた晟生を見ていたのだ。どうやらミニスカート姿が気に入ったらしく、しきりに関心してお尻だの太ももだのを触ってくる。

 くすぐったいような恥ずかしいよう感じだ。

「初乃、ミシェは本当に居残りを承諾したの? あれだけ楽しみにしてたのに」

 愛咲が訝しそうに確認しているが、初乃は機嫌良く笑っているだけだ。

「大丈夫だよ。特に話してないけどさ、高級煮干しのお土産買ってくれば許してくれると思うよ」

「ああ、もうっ! またそんな事して、いいですかちゃんと話をして納得した上で居残りをお願いしないと駄目です」

「うんまあ、そうだけど。ミシェだからいいじゃないのさ」

「もう出発ですから仕方ありません。戻ってから私も一緒に謝りに行きます」

 二人の様子に晟生は、弟とのやり取りを思い出す。

 タイミング悪く邪魔で腹の立つ事も多かったが、なんだかんだと最後は自分が折れていた。もうずっと会えていなかったが、こんな状況になってしまい二度と会えない。そう思うと無性に寂しさを感じてしまう。

「うん? どうしたのでしょうか、と少し心配です」

 物憂げにする晟生の前に彩葉がそっと近づく。背の高い彼女は身を屈め覗き込むように見つめてくるが、そうなると立派な胸の谷間が目の前に飛び込んでくる。

 男という存在は単純で、もうそれで晟生は寂しさを忘れた。

「別に大した事じゃないよ。これから行く街がどんなとこか心配になっただけ」

「うん、男の人だって分かると面倒な事が沢山あると思う」

「……なんだか、行くのが不安になってきたぞ」

「でも大丈夫。彩葉さんがしっかり守りますから」

 彩葉は晟生を優しく抱きしめた。その柔らかさとその香りは至福の感触……なのだが、その力はとても強い。息が出来ず、本当の意味で昇天しそうなぐらいだ。

 圧殺されそうな晟生の様子に気付き初乃が声を張りあげる。

「ちょっと彩葉ってば何してるのさ」

「うん。晟生君が可愛いから抱き締めてるの」

「何だか苦しんでる感じなんだけどさ、放してあげてよ」

「そう? じゃあ初乃にする」

「やだちょっと待って。彩葉のそれは、ぐええええっ!」

 ターゲットを変えた彩葉はひょいと手を伸ばす。それに捕まり抱きしめられた初乃は、およそ女の子があげるべきではない悲鳴をあげ悶えた。

 解放された晟生は空気のありがたさを感じつつ、お出かけ前から疲れきってしまった。しかし少なくとも物憂げな気分はなくなっている。


◆◆◆


 市街地の周りは丈の高いフェンスに囲まれ、中に入るには検問所を通らねばならないようだ。銃を構えた兵士が待機する入り口前には多数の者が待機しており、荷馬車もあれば徒歩らしきフード姿の旅人もいた。

 けれど晟生たちが乗るバスは列の横をあっさり通り過ぎてしまう。

 さらに検問でも書類一枚を差し出すだけで通行が許可されてしまう。良く言えば簡単、悪く言えば雑な手続きだ。随分と扱いが違い、窓から外を見やれば羨ましそうな不満そうな視線が向けられていた。

「随分と簡単に通れるもんだ」

「ぼくらは都市に利益をもたらす存在で、あとは偉い人にも荷物運ぶから都市側も邪険にはできない……って、前に婆っちゃが言ってた」

 隣の席は熾烈なジャンケンで勝利を収めた初乃で、負けた愛咲は前の席でションボリしている。

「つまりは運送会社の待遇を良くしなければ物流が滞る。そんでもって、上流階級にも個人的に伝手があるから門番役の職員だと強い事も言えないってところかな」

「なるほどー、そうなんだ。」

 初乃は何も考えてない様子で感心している。あまりにも素直すぎで、もう少し物事を疑り深く考えるべきではないかと心配になるぐらいだ。

「ん?」

 ぼんやりと車外を見ていた晟生であったが、あるものに気付き目を見張った。通り過ぎたそれを見ようと、振り返る様は隣の初乃が驚いたぐらいだ。

「どしたの? あっ、もしかして知り合いを見つけたとか」

「そうじゃない、そうじゃなくて……ところで、この街は何て名前なわけ?」

「へ?」

「いいから教えてくれないか」

 晟生の真剣さに戸惑いつつ初乃が応える。

「ここはね、ギンザだよ」

「……やっぱり銀座」

 通り過ぎた道路案内標識の青地に白文字で書かれていた名前は見間違いではなかったらしい。

 二百年先まで残っていた事は嬉しいが、一方で周囲の土地が荒野へと激変してしまっている。かつて栄華を誇った東京はその片鱗しか残らなかったらしい。

「何か驚いてるみたいだけどさ、もしかして何か思い出したの?」

 心配する初乃の声が晟生の思考を遮り我に返った。

「えっ? ああ、別にそうじゃなくって。何となく覚えのある名前だったんで」

「そっか残念だよね。でも大丈夫、さっきも言ったけどさ。ギンザの街には情報屋が居るから」

「そう、その情報屋だけど本当に大丈夫かな。ほら裏社会の人間とかって事は?」

「何度か会ってる馴染みだから問題ないよ。ちょっと変な人で嫌みっぽいとか、油断すると暴利をふっかけて騙そうとするけど基本悪い人じゃないから」

「それ普通に悪い人のような?」

「大丈夫だって、ぼくに任せてよ。必ず晟生の事を調べたげるからさ」

 役に立てる事が嬉しいといった素直な好意の感情。

 見当違いとはいえ、こうして自分を心配してくれる少女が存在する事は心地よい。かつての生活ではありえなかった事だ。

 嬉しくはあるが、記憶喪失と騙している事を知られるとどうなるだろうか? やはり嫌われてしまうのだろうか。早めに説明しておくべきだろうが、なかなかタイミングが難しい。

 悩む晟生に初乃が心配そうな顔をした。

「どうしたの、もしかして車に酔っちゃった? 大丈夫、もう直ぐ着くからね」

 覗き込んでくる少女の顔が近い。しかもそれを聞いてか、前の座席で愛咲が冷たい飲み物を用意しようと慌てていたりする。

 こんなに可愛い女の子たちが側に居てくれて、自分を気に掛け必要としてくれている。

――なんとか、ここを自分の居場所にしたいな。

 そう思ってしまう晟生であった。

「どうしたのさ?」

「何でもないよ。ただ、トリィワクスで皆に会えて良かったなと思っただけで」

「そう、良かった。えへへっ」

 嬉しそうに初乃が笑っていると、バスは速度を落とし路肩に寄った。

 そして道路脇に停車。

 周りにはビルが建ち並び、商店が軒を連ねる。アスファルト道路を車が走り、歩道には大勢の人が行き交い雑然とした風景を描き出す。

 なんとなくだが、かつて訪れた銀座の面影があるような気がする。

「…………」

 ただし似て非なるものではあるが。

 ビルは老朽化し半分崩れたものすらある。商店にしても銃砲店が普通に混じり、大きな看板には武器取り扱いを表示していた。さらには露天市が並びジャンク品の機器から食料品に至るまでを売っている。

 行き交う車両には、二足歩行や四足歩行の乗り物が混じる。そして行き交うのは女性ばかり。

 似ているだけに違和感が拭えなかった。

 バスを降りたトリィワクス乗組員たちは、きゃあきゃあ喜びの声をあげ街の中へと散っていく。その際に手を振られ応えていると、何事かと周囲の耳目を集めていた。

「もしもだけど、ここで男とバレたら誘拐されたりするわけかな」

「ええっとですね、あまり良くない事になるかと……」

「具体的には?」

「きっと路地裏コースだよ」

 横から初乃が口を出した。

「そこで晟生を襲って遺伝子採取した後は娼館に売り飛ばしちゃうんだよ。こないだ読んだマンガだとそうなってたからさ、間違いないよ」

「またマンガですか。いいですか私の小説を貸しますから、それを読みましょう」

「ええ、やだよ。文字が一杯あると疲れちゃうもん」

「面白いですから、読みだせば止まらないぐらい」

「だったら愛咲姉こそ、ぼくのマンガを読みなよ」

 何やら言い合っている姉妹の横で彩葉が微笑む。

「うん、大丈夫。ちゃんと守るから……ね?」

 彩葉は腰に手をやると、大鉈のような大剣の柄に触れてみせた。

「ええまあ。それ、重くないです?」

「ん? ちょっと重いかな」

「ちょっとですか、そうですか」

「うん、これぐらい重くないと装甲を打ち抜けないから」

 重厚な造りの大鉈は、どう見ても斬るというよりは断つための武器。ひたすら威力と耐久性を追求すれば辿り着くに違いない形状だ。これが必要となる敵が存在するという事らしい。

 晟生は恐いなとしみじみ思って、街を再度眺めやった。

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