第19話 女の子より女の子な男の子

 荒野を航行する強襲揚陸艦トリィワクスの進みは遅々としたものだ。

 その主な原因は複雑な航路にある。

 過去の大戦で荒れ果てた地形は起伏が激しく整備された道など存在しない。大河があれば渡河可能地点まで迂回が必要。もちろん地元勢力の縄張りを避け、または交渉を行い通行。時には偵察を行い安全確認を行う必要もある。

 夜間の移動は極めて危険で停船せねばならない。

 そうした時間と手間をかけ到着した街を前に晟生は見入っていた。

「…………」

 目の前に人工的建造物が密集し、高いビルや道路など文明都市が広がっている。

 まだ距離があるため詳細は見えないものの、看板や広告塔など派手な光の明滅などが確認できた。猥雑な印象ではあるが、都会的な営みがそこにはあった。

 最初に目にした荒野の印象が強かったため、この世界全てが同じく荒野といった先入観があったが、どうやら違ったらしい。もっとも、この強襲揚陸艦トリィワクスでの生活や積み荷、そもそも艦自体の存在を考えればこうした文明的な場所があるのは当然の帰結であったが。

「凄いでしょ。この辺りで一番大きい都市なんだよ。ここならきっと晟生の事が分かるかもだよね。ぼくが調べて、晟生の家族を探してあげるから」

 初乃は腕組みをして宣言した。ボーイッシュな雰囲気の黒髪少女は、何やら自信満々といった様子だ。きっと、その自信の根拠は少しもないのだろうが。

 晟生が記憶喪失だと信じ切っているのだ。

 もちろん二百年前の人間であるという事は説明してない。到底信じがたい話であるし、そもそも自分自身でも信じきれてないのだ。ちょっとだけ騙している事の罪悪感が込み上げてきた。

「ええと……まあ、何か分かると良いけどね」

 口ごもった晟生は男物の制服を着用している。

 和華代の死んだ旦那のお古で、肩章などのついた旧時代の将校服だ。形見の品を貰って申し訳ないが、他に着られるものがないため、ありがたく頂いている。

「大丈夫大丈夫、ここには情報屋とかさ。その手に詳しい人もいるから。僕にどーんと任せちゃってよ。必ず分かるはずだから」

「情報屋、そんなのが居るんだ」

「信用出来る……か、どうかは分かんないけどさ。いろいろ探して手に入れて貰ったりしてるから。ちょっとだけ付き合いはあるから安心してよ」

 初乃の様子からすると情報屋とは便利屋のようなものかもしれない。

 なんにせよ調べてみたい事がある。

 それはどうしてこんな事になったかだ。二百年という時の変遷、自分の身体、どうして荒野にいたのか。分からない事だらけで気持ちが悪い。

 手がかりは同じ二百年近くを過ごしたアマツミカボシ。

 それを辿って貰えば、何か分かるかもしれない。

「だったら一度行ってみようか」

「うい、ぼくに任せといて!」

「お願いするよ。それにしても随分と艦があるもんだ」

 トリィワクスは街に接近し管制塔の指示に従い、ゆっくりと誘導路を進んでいた。向かうのは陸港の係留場で、周囲には何隻もの艦が並んでいた。

 巨大な砲を幾つも備えた艦、派手な飾りや広告を取り付けた艦、虚仮威しの髑髏を艦首に付けた艦。立派な艦があれば、錆の浮き出た艦や、つぎはぎだらけの艦まである。

 それらの中でトリィワクスは、小破しているとはいえ上等な部類に違いない。

「打ち合わせの最終確認を行います。そこの二人、真面目になさい」

 沖津副長の鋭い声が響く。

 陸上に並ぶ艦といった不思議な光景を眺めていた晟生は、首をすくめると初乃と一緒に振り向いた。

 それほど広くない艦橋には、艦長席に着いた和華代を中心として各部署の責任者などが集合している。これから上陸するにあたっての注意事項など通達がなされるのだ。晟生はお客様待遇のため、特別参加である。

「さて、ここの商工会議所は面倒な相手だからね。あたしと副長とで取引に行くよ。悪いけど艦の修理は整備班に一任しておく。他の班は各班長の裁量に任せるが、街に行くなら不公平が出ないよう交代とすること。艦に残った者は常時武装の上で警戒態勢とする。何か質問は?」

「はいっはいっ」

 初乃が跳びはねながら手を挙げた。指名されるまでもなく喋りだす。

「この街って非戦闘区域でしょ。だったら、ぼくも街に行ってもいいんだよね?」

「構わん。ただし、必ず他の者と行動しとくれよ」

「いよっし! それじゃあ、晟生を案内してあげるんだから」

 皆が苦笑する中で初乃は両手を握り勢い込んだ。完全に周りの視線というものを忘れている様子で、それだけ楽しみにしているのだろう。

 とりあえず晟生は横にいた愛咲と一緒に頭を下げてみせる。もちろんそれは、他部署の責任者たちへの謝罪だ。なんと言うべきか申し訳ない気分なのである。

 しかし、初乃はそんな事は気づきもせず解散と同時に走り出した。

「それじゃあ行こうよ!」

 手を引かれる晟生は艦橋を出る前に、愛咲と一緒にもう一度頭を下げるしかなかった。とにかく元気でぐいぐいと引っ張られてしまう。

 そのまま走るような勢いで向かうのは――衣装部屋だ。

 ハンガーに吊された服が幾つも並んでいる。どうしてトリィワクスにあるのかわからぬが、正当派メイド服やゴスロリ風メイド服、赤いドレスに白いレースのドレス、事務服だの学生服など様々なものが吊されている。

「ここに何の用が?」

「晟生の服だよ」

「えっ、なんで? このままで構わないけど」

 晟生は自分の服をつまんでみせた。旧時代の将校服とはいえ、別に問題はないとは思うのだ。

「それだと男の人という事で目立ってしまいます」

「目立っても別に大丈夫じゃないかな」

「とんでもないですよ」

 しかし愛咲は力強く宣言した。

「下手をすると誘拐される可能性だってあります。絶対にばれないよう、女の子らしい姿になりましょう! 大丈夫です絶対に似合いますから」

「そうだよー、もっと可愛い格好しようよ。間違いなく似合うからさ」

「いろいろと着せてみたい……着て貰いたい服がありましたから」

「ねえ、愛咲姉っ。これなんてどうかな?」

「良いですね、もちろんこちらも」

 姉妹は最高の笑みを浮かべながら衣装を持ってくる。どう見ても布生地の足りない上下セット、派手な刺繍のされた民族衣装。それを着せるべく、有無を言わせず晟生の服を脱がしだす。

「ちょっと二人とも止めよう、止めませんか。それは脱がさないで!?」

 悲痛な叫びは当然ながら無視された。


◆◆◆


「なんだか股がすーすーする」

 妥協に妥協を重ね、ようやく辿り着いた晟生の服装。それは白のシャツに黒い頑丈そうなベストを重ね、下はミニスカートというものだ。

 取っ替え引っ替え服を着せ替えられ、ぐったりしてうんざりしている時は、この苦行が終わるならなんでもいいと思った。しかし、今になってみると何故自分はミニスカートで妥協してしまったのか不思議でならない晟生であった。

「晟生さん、もっと歩幅を小さくしませんと駄目ですよ」

「分かった注意する。で、本当にこれで大丈夫なのかな?」

「大丈夫です。とても似合いますから! ほら、皆だって感心してますよ」

 愛咲は格納庫に集まった女性たちに手を差し向けた。しかしながら晟生が見る限り、それは感心というよりは驚いているだけのようにしか見えなかった。

 なお、久しぶりのお出かけでめかし込んだ女性たちは、自分たち以上に可愛い晟生の姿に女のプライドを打ち砕かれているのだが。知らぬのは晟生ばかりである。

「ところで……どうして、みんな武器を持ってるわけ?」

 全員がお出かけ用バッグと一緒に、銃器類や剣などを携えている。愛咲にしてもアサルトライフルを肩にかけ、何とも言えぬ奇妙な印象を受けてしまう。

「えっ? それは街に行くのですから武器は必要ですから」

「何だか急に出かけるのが不安になってきたぞ」

「大丈夫ですよ、晟生さんは私が護ってみせますから」

 愛咲は自信を持って、形の良い胸に手を当て宣言してみせた。

「ですから、私から離れないようお願いします。どこか行きたい場合は勝手に一人で行かず、ちゃんと声を掛けて下さいね。もちろん迷子にならないのが一番ですけど、もし迷子になってしまったら知らない人に付いていかないで下さい。その場を動かないのが一番ですが、もし危険を感じた場合は迷わず――」

 晟生は愛咲の頭をちょんと突いて言葉を遮った。

「何だか迷子前提になってるけど。そこまで子供扱いしないで欲しいな」

「あっ、すいません。いつも初乃に言い聞かせてましたもので」

「なるほど、それは分からないでもない」

 そこに話題の主である初乃が小走りで駆けてきた。黒光りするサブマシンガンを手にしているが、予備弾倉を忘れたとかで取りに行って来たところだ。

「おーまたせー。今から出発だけど、ぼくが晟生の面倒みたげるからね。街に行ったら勝手にどっか行かないで側にいるんだよ。あとね、迷子になったら動かないで――どうしたのさ? 二人して笑っちゃって」

 一番世話のかかる本人が大真面目に言う姿に晟生と愛咲は堪えきれずに笑ってしまう。その理由が分からぬ初乃はきょとんとするばかりであった。

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