第18話 料理チートは基本
「うそーん、やっぱしエラー表示のまんまだよ。叩けば直るとかさ?」
「それやって本格的に壊れると、完全に止まりますよ」
「うっ、止めとく。みんなに恨まれちゃうもんね、大事にしなきゃだよ」
愛咲と初乃は厨房の奥で、金属のボックスを前に項垂れた。髪と瞳の色は異なれど、やはり姉妹で顔立ちだけでなく仕草もよく似たものだ。
金属ボックス。
それは現在故障中の自動調理機である。
レシピデータに従って様々な料理を素早く製造してくれるものなのだが、そこに投入される素材は何かの粉末を圧縮形状のブロック形固形物であって、食材には全く見えなかった。どうやってサラダになるのか全くの謎である。
戦闘による衝撃と振動によって各種機械に不調が生じていたが、この自動調理機も例に漏れなかったというわけだ。
おかげでトリィワクスでは僅かな非常食を食べ急場をしのぐ状況にある。
「明日からのご飯、どうしよ」
「朝ご飯は難しいですけど、お昼には街に到着しますから。そこで何か食べる事が出来ますよ。メンテは最優先で頼むそうですから、夕食には直っているかと」
「ぼくは今食べたいの。お腹空いたの」
「我が儘を言わないの。お水でも飲んで我慢しましょうよ」
「ええーっ!」
初乃は駄々っ子のように喚いた。愛咲に甘えて騒いでいるだけにも見える。
それを眺めつつ晟生は首を捻る。
なぜならば目の前には電磁調理器らしいコンロがあるではないか。横にある冷凍庫には食材だってあるのだ。
「そんなに食べたいなら、適当につくればいいじゃないか」
晟生の言葉に愛咲は首を横に振った。
「無理ですよ、そんな料理スキルありませんから」
「なんだ情けない。別に女性だから料理とは言わないけど、生きてくために料理ぐらいはできなきゃ困るじゃないか」
「生きていくためと言われましても……料理のような特殊スキルは難しいのではないかと」
「特殊スキルとは大袈裟な。たかが料理ごときで」
「でも料理ですよ」
どうにも話が噛み合わず晟生は訝しんだ。
「まさか料理が出来ないって事? それでどうやって食事を用意してるわけ……」
「これあるじゃないのさ」
晟生の問いに初乃が故障中の機械を指さした。
「なるほど。だったらこれは? 包丁や鍋が揃ってるけど」
「一応は料理が出来る子がいるけどさ……」
「だったら、その子がつくればいいと思うけど」
「だから特殊スキルでしょ。簡単に頼めるもんでもないよ」
「うーん」
そこまで料理という行為が凄い扱いとは、あまりにも常識が違いすぎた。
自動で料理してくれる機器が当たり前のように存在すれば、人が料理という行為そのものが衰退するかもしれない。まして、このように荒野のようで荒れた世界で食材が限られているとすれば尚のことだ。
「便利すぎるのも考え物って事かな。ところで、ここらの食材は使っていいのかな」
「もしかして晟生は料理ができるの!?」
目を輝かせた初乃に見つめられ、晟生は深々と頷いた。
「手の込んだものは無理でも、簡単なものなら」
「凄いよ。男の人の手料理とか、それ凄い貴重な贅沢だよ。いいなぁ、ぼくいつか食べてみたい。楽しみにしてるよ」
「楽しみか……」
晟生は呟いた。
実のところ一時は料理人なるつもりで努力した事もある。それは学生時代で、小さな店でアルバイトをしていたのだが、店の主人が病に倒れた時は、なんやかやと厨房を一手に引き受けていたぐらいだ。実は店主の一人娘に好意を持っていたため、いつか自分が店を継ぐ気で必死に頑張っていたというわけである。
ただし、その娘は頑張る晟生など目もくれず、できちゃった婚で大学を中退して駆け落ち。その後に店主が死んで全ては終わった。
そんな過去があるため料理の腕はそこそこだ。
「なるほど、楽しみにするのはいいが――別に、ここで料理をしてしまって構わないのだろう?」
背中で語る晟生はちらりと振り向き、どや顔で言った。
「――うん、遠慮はいらないよ。がつんと料理をしちゃって、晟生」
「そうか、ならば期待に応えるとしよう」
嫌なフラグっぽい会話はそこまでに、晟生は腕まくりしながら調理場に立った。
実を言えばトリィワクスの食事には不満があったのだ。自動調理機による料理は確かに美味かった。美味いがしかし、味が完璧なまでに均一で面白みに欠けるのだ。しかも、慣れると味のベースが同じと分かってしまい、それは素材を見て納得した。
「ふむふむ、冷蔵庫の中は……これとこれがあるのか。調味料も揃ってるし、これはいける」
材料の確認をした晟生は、頭の中でメニューを組み立て料理を開始。
横から青い瞳で眺める愛咲は興味ありそうだが、料理を見てよいものかと遠慮がちだ。金色をした長い髪を指先で弄りながら、そっと尋ねてくる。
「えっと見ていてもいいですか?」
「もちろんどうぞ」
鍋に湯を沸かし、スパゲティの麺を投入する。フライパンに油をやや多めに入れ、まずは輪切りの唐辛子。手早くミンチを炒め味噌と塩胡椒で味を濃いめに整えていく。最後に適当に刻んだ野菜を入れ、そのまま強火で放置。
茹で上がった麺の処理をしていると、愛咲が心配そうな顔をする。
「あのっ、そのままですか。焦げたりしません?」
「大丈夫火加減は調整しているから。それに少し強めに焼いた方が美味しいんだよ」
「なるほど、そうですか」
愛咲は横で邪魔にならぬよう気を遣いつつ料理を眺めている。見て覚えようとしている様子で、ときどき質問をしてくる。わくわくした様子で何度も頷き、軽く興奮した様子でもあった。
「さて、ここで麺を投入だ」
じゅわっと蒸気が押し寄せた。そこには美味そうな香りが含まれている。
「少し油を入れ中華風出汁を入れて混ぜ、麺を焼いて水分を飛ばすと……完成だ」
「もう完成ですか。凄い」
愛咲は皿を並べ、盛り付けの準備をしてくれる。
一方で初乃の方は、いそいそテーブルに走っていきフォークを握り臨戦態勢だ。そんな様子に苦笑しつつ晟生はパスタの皿をその前に置いてやった。
「「「いっただきます」」」
それぞれ手を合わせ同じ台詞を言う。そして姉妹は食べだすが、一口して目を見張りモグモグと勢いを増している。どうやら、お気に召したらしい。
晟生は水の入ったコップを片手に微笑む。自分の料理を誰かに喜んで貰えるなど、ずっと無かった経験だ。同じく少量目にしたスパゲティーを食べる事にした。
それは、まるで奇跡のように美味かった。
麺のゆで加減に、塩加減。味付けもミンチの具合も何もかもが最高の状態だ。所詮は素人料理のため毎回同じ味を出せない事が残念なぐらいである。
「おやっ、何だか良い匂いがするじゃないかね」
食堂のドアが開くと和華代が入って来た。
謹慎中の晟生が食堂に居る事に苦笑するが、それ以上は何も言わない。やはり対外的なアピールでの処罰だったという事だろう。もちろん、くんくんと匂いを嗅ぎ食事に気を取られている事もあるのだろうが。
「調理機は不調だって聞いていたがね。ほう、今まで見たことがないメニューじゃないか。新しいレシピでも買ってあったのかね?」
「違うよ、これ晟生がつくってくれたの」
「なんとまぁ! そいつは凄い。料理まで出来ちまうとはね。どれ、あたしにも少しくれないかね」
その言葉に姉妹とも揃って皿を抱え死守すると、脇目もふらず黙々と食べ出した。絶対に渡すまいという強い意志がそこにはある。
孫に裏切られた和華代は物悲しげな顔だ。
「良かったら艦長の分もつくりましょうかね?」
「いいのかい」
「お安いご用で。少しだけ時間を貰いますけど」
晟生は急いで食べると、いそいそとキッチンに向かった。積極的に動き、そうやって自分の居場所を作ろうという気持ちがある。もちろん、誰かの役に立てるという喜びもあるが。
だが、そんな満足も少しの間だけであった。
「ここニャ! ここから良い匂いがするニャ!」
「うん、何か良い匂いがする……うん、確かにする」
「間違いないニャ! あちきの嗅覚はここに何か美味しいものがあると告げているニャ!」
「そんな焦ると転ぶと思うわけですが」
「放せー、放すのニャー!」
「ご飯は逃げない、と彩葉さんは思うわけですが」
「逃げなくっても無くなるのニャー! ご飯ご飯ご飯!」
飢えたミシェとそれを抑える彩葉がやって来た。
騒ぎを聞きつけ、匂いを嗅ぎつけた乗組員たちも集まってくる。その数は十数人。しかも、まだ増えつつある。どうやら誰もが空腹だったらしい。
スパゲティーを完成させた晟生は周囲からの食い入るような視線の中を皿を持って移動し、和華代の前に差し出した。周囲では生唾を呑む雰囲気があり、緊張というより身の危険すら感じる。
しかし和華代は流石に艦長である。平然としながら食事をはじめた。
「いやはや、これは美味いじゃないか。しかも、男の手料理なんて金出しても食べられやしないからね。こりゃ、ありがたいね」
殊更大袈裟に言って食事をする和華代へと、飢えた乗組員たちの視線が集まる。しかし平然と無視されるため、それはそのまま晟生へと向けられた。しかも、にじり寄ってくる。
その圧力は屈する以外に選択肢がない。
「ええっと、皆さんも食べたいと?」
揃って同時に頷きが返って来る。
かくして晟生はミンチを炒め続け腱鞘炎になりかけたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます