第2章
第17話 監視員は女の子
アマツミカボシとして戦い敵を撃退した晟生。
トリィワクスの危機を救い、愛咲たち装兵乗りも護って大活躍である。もっとも、だからといって素体コアを勝手に持ち出し使用した事が許されるわけではなかった。
艦に戻った後は和華代から感謝され叱責され、そして沖津に連行され自室で謹慎となった。
与えられた部屋は十畳ほどの広さで、白い柔らかい風合いの壁紙に灰色の絨毯。机と椅子があって鏡があり、大きめサイズのベッドがある。そして小さめの書架とクローゼットが――中は殆ど空だが――備え付けられていた。
これが晟生に与えられた士官用の部屋であった。ハイクラスなホテル並みの設備で、かつて暮らしていたアパートなどより遙かに快適である。
そこで謹慎なのだが……。
「ぼく、お腹が空いちゃったよ」
「仕方ありませんよ、自動調理機の調子が悪いですから。明日、街に着いてメンテが入るまでは少量しか製造できないでしょうね」
嘆く初乃を愛咲が慰めている。
もちろん、ここは晟生の部屋だが二人とも床に座り込み対戦型カードゲームに興じていた。一メートル四方のフィールド盤にカードを置けば、そこに立体映像で出現したキャラが派手なエフェクトと共に攻撃をしている。その光景はずっと見て飽きないぐらいだ。
「なんで
部屋の主である晟生は、押しかけてきた姉妹を見やった。
「私が晟生さんの世話を任されているからです」
「ぼくお手伝い」
「なるほど、そうだったのか。納得したよ」
晟生は困った様に息を吐いた。
まだここが自分の部屋だという認識は薄く、どちらかと言えば間借りしている――たとえばホテルなどの――部屋の感覚でしかない。それでも自分の部屋という空間に女の子が、しかも寛いで存在するという事は新鮮な驚きがあった。
二人とも制服ではなくラフな格好だ。
愛咲はキャミソールとハーフパンツに襟元の大きく開いた白シャツを重ね着し、初乃は白シャツにホットパンツといった姿だ。眩しいぐらい健康的な太ももなど、どうにも目に毒な姿である。
もっとも、第三者が仮に見たとしても女の子が三人居るとしか思えないだろう。なにせ晟生も見た目が見た目なので。
「でもさぁ。謹慎なんて、婆っちゃも酷いよね。晟生が頑張って皆を助けてくれたってのにさ」
ぼやきながら初乃はカードバトルの手を止めない。立体映像のキャラが激しく剣を振り回し、何かの必殺技を使っている。
「気持ちは分かりますけど、お
「でもさ晟生が護ってくれなきゃ、ぼくら全滅してたかもじゃないのさ」
「それはそうかもしれませんけど」
「ぼく納得がいかない!」
憤る初乃に愛咲は困った様子だ。どうやら愛咲自身も内心では納得してないらしく、言うべき言葉が見つからないでいるらしい。そんな様子に晟生は苦笑した。
「いや、これは仕方がないと思うけど。だって艦長には、艦長の立場ってものがある。部下を率いる以上は、きちんとした線引きで目に見える形での処罰は必要でしょ」
「でも助けてくれのに罰を与えるわけじゃないの。それは間違ってるって、ぼくは思うんだよ」
「間違ってないさ。逆に言えば、これで罰を与えなければどうなると思う? 功績をあげれば命令を無視して許されるって事じゃないか。そうなったら誰も艦長の指示を聞かず好き勝手やって、組織として致命的じゃないか」
一を許せば二を許さざるを得なくなり、二を許せば三を……それを繰り返せば、なし崩し的にルールは崩壊してしまう。情を挟みたくなる気持ちは分かるが、厳格な線引きはどうしたって必要なのだ。
「怒ってくれる気持ちは嬉しいけど、そういう事だよ」
「うーん……」
「あと言うなら、艦長も感謝しているから処罰しましたって
「ほへー、なるほど。凄いね晟生って、そこまで考えているんだ」
感心する初乃、もちろん愛咲も同様だ。
少し面映ゆくなった晟生は頭を掻き、その長い髪が指先に絡む感触でやるべき事を思い出す。
「そうだ。この部屋にはないけど、ハサミかナイフはないかな。あれば貸して欲しいんだけど」
「ありますよ。すぐに用意出来ますが、何に使います?」
「もちろん、この邪魔くさい髪を切る」
床に胡座をかいた晟生は自分の髪を鷲掴みにすると、前に持って来て不満そうに振ってみせた。
「少し俯いただけで視界を邪魔するし、食事の時は口元に入ってくるだろ。風呂で濡れると身体に張り付くし、何かと邪魔なんだ。バッサリと切りたいんだ」
しかし、それはあっさりと拒否された。
「駄目です。それを切るなんて、もったいないですよ」
「でも実際に邪魔なんだけど」
「まとめましょう。はい、私がやってあげますから」
鏡の前に連れて行かれると、愛咲は背後に回り丁寧な指使いで晟生の髪を優しく梳きだす。それから、何やらテキパキとまとめている。髪自体に感覚はないはずだが、そうやって構われていると妙に心地よい。つまり相手の関心が完全に自分に向けられていると思えるからだろう。
「後ろを残し、まとめてみました。簡単ですけど、これでどうでしょう」
「ああ、まあ良い感じかも」
「必要であれば、髪の手入れも私がしますから。お任せ下さい」
「それなら頼めるかな」
本当は切ってしまいたいが、そう言うしかなった。なぜなら、鏡越しに見る愛咲は嬉しそうな顔をしており、これを断る事など出来ようはずもないから。
「愛咲姉ってばさ、バトルの途中だったのに。ぼくの勝ちでいいよね」
「そうでした途中でした。ごめんなさい」
「よっし、ういういの勝ち!」
「ういうい?」
聞き慣れぬ言葉に晟生が訝しがると、愛咲は軽く口元を押さえながら笑った。
「少し前まで、自分の事をういういと言っていたのです。子供っぽいからと
「なるほど、ういういね……」
それはそれで可愛いような気もする晟生は、軽く口の中でういういと呟く。
「もうバラさないでよね。そんでさ、次のバトルはどうするの?」
床に座り込む初乃の前では、小さな軍勢が勝利の勝ちどきをあげている。
晟生はそのリアルな立体映像を見つめた。
「ところで、そのカードバトルなんだが……」
「あっ、晟生もやってみる? ぼくが勝ったら食堂で何か食べ物を探してよ、晟生が勝ったら食堂で何か食べ物探してあげるからさ」
「……同じ事に思えるのは気のせいかな」
「あははっ、まあいいじゃないのさ」
「まあ条件はともかく、ちょっとやってみようかな」
実は先程からカードゲームに興味があったのだ。
晟生が子供の頃はカードゲームが流行していた。それなりにカードも集めたものの、バトルをする相手が居ないと気づき、悲しみと共に諦めていたりもする。
だから立体映像もだが、誰かとバトルが出来るという事にワクワクしているぐらいだ。
愛咲と場所を変わって貰いカードを借り受け、スロットにカードを伏せた。場には晟生と初乃のを模した総大将が出現し待機している。
「まずは、そうだな。戦士を攻撃表示にしてターンエンド」
立体映像の中でフルプレートの戦士が出現し、総大将を守るように武器を構えてみせた。なかなかに格好良く頼もしい姿だ。
「ぼくの番だね。行くよ、魔道士の『知恵者の慧眼』を発動。相手デッキの伏せカードを全て開示、特殊効果で味方カードの速度上昇。再行動で盗賊の『裏社会の賄賂』発動。相手防御力低下と同時に再々行動。商人の『富者のお大尽』発動で、前衛の攻撃力大幅上昇。戦士を攻撃表示で指定してターンエンド」
そして戦闘が開始され――なぜか味方であるはずの戦士が、晟生を模した総大将を攻撃。ばったりと倒れ断末魔の痙攣まで再現され力尽きゲームオーバーだ。
晟生は憮然となった。
「なんだこれ」
「うん、『裏社会の賄賂』と『富者のお大尽』の同時発動による特殊効果で裏切りが発生したんだよ。というわけで晟生を撃破。ういうい完勝!」
「……素人相手に容赦ないな」
晟生はカードの世界の厳しさを知り、二度とやるまいと心に決めた。
「そんじゃあ食堂に行こうよ」
勢いよく立ち上がった初乃は、晟生の腕をぎゅっと掴んで引っ張った。懐いているという表現は失礼かもしれぬが、まさにそんな感じだ。長年の友人や知人のように気心の知れた仕草だ。それが初乃の性格で彼女の長所なのだろう。
晟生はやれやれと困り顔をする。
「一応はこの部屋で謹慎って事なんだがな。沖津副長あたりに見つかると煩そうだけど」
「それでは、私と初乃が監視して行動しているという事でいかがでしょう」
「なるほど。監視されているなら仕方がないな」
「はい、しっかりと監視していますので」
本音と建前を使い分ける術を学んだ愛咲は、可愛らしくおどけてみせ晟生に手を差し伸べた。
「それでは拘束します」
「ぼくも!」
二人の少女に手を掴まれ、晟生は食堂へと連行されていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます