第16話 星神アマツミカボシ
ラミアがグリフィンに抑えられ、ヴァルキュリアとケットシーは素体コアに戻る寸前にまで追い詰められ防戦一方。さらにトリィワクスには敵装兵のスケルトンが一体迫りつつあった。
敵艦からの砲撃が途絶えた事だけが幸いながら、これ以上は獲物を傷を付けぬようにといった思惑なのだろう。
「こうなれば、スケルトンに体当たりで一矢報いましょう!」
沖津があげた声に艦長である和華代は首を横に振った。
「その程度で倒せる相手じゃないだろう……無事な連中を退艦させてやるしかないか。あたしらが時間稼ぎでもすれば、何人かは助けてやれるかもしれん」
「やはり、そうなりますか。少し前まで順調だったものが、これでお終いですか」
「すまんね、あたしの判断ミスだよ。装兵を全部出しておくべきだった」
「いえ、最初から全装兵を展開していたところで結果は大差ないでしょう。艦長の責任ではなく巡り合わせの運でしょう」
沖津の言葉に他の乗組員からも同意の声が響く。いずれも清々しい様子で覚悟を固めていた。それに申し訳なさげな笑いを浮かべつつ、和華代は他の乗組員に退艦を告げるべく通信機に手を伸ばす――しかし、驚きの声がそれを止めた。
「これっ! 異常事態発生です!」
「あん!? これ以上何があるってんだい」
和華代は苦笑しながら再度通信機に手をやっている。
「格納庫ハッチが起動してます」
「こんな時に故障ってのかい。やだねえ」
「艦内にカルマ反応。素体コアが起動している模様です!」
「素体コア? なんだってそんな……まさか、あいつどこ行った。あの男はどこだい?」
その声に艦橋が
晟生が一度は神魔装兵を操った事は全員が知っている。新たな戦力の参戦によって、もしかすると何とかなるのではないかとの期待が艦橋内に漂う。
しかし、モニターを見やる和華代の顔は渋い。
「装兵が一体増えたところでどうにかなるもんじゃないよ。むしろ、下手な抵抗すれば余計な被害を招いただけかもしれん」
「艦外に移動、前方に出ます!」
純白をした素体コアは陽光を浴び、はっと息を呑むほど美しい。
皆が見つめる前で、その周囲の景色が歪みだす。空間を引き裂くような煌めきが何度も奔り未知の素粒子が発生、転移点を突破。素体コアは伝説の存在へと第三種相転移する。
受肉顕現した伝説の存在が力強く大地へと降り立つ。
艦橋の全員が息を呑んだ。
頭部を覆う白銀の兜の中で黄金色をした目が輝き、精悍な肉体には随所に赤いラインの文様が描かれている。身につけているものは無造作に結ばれた腰布のみ。腕組みをして立つ姿は凛々しくも勇ましい男体であった。
「さすがは古装兵だ。見てみな、あの凜々しい姿を。こいつは間違いなく強い。カルマの観測値は?」
「今出ます。凄い、カルマ六千を越えてます……あっ、外部からアクセス!? 識別コードが送られて来ました。形式名X-02星神アマツミカボシです」
「アマツミカボシ……」
モニターの中で角付きバイキングメットのスケルトンがカクカクと固い動き円月刀を振りかぶり、顕現したばかりのアマツミカボシへと襲いかかった。
黄金色の目がギロリと動いたかと思うと、その迫る刃を素手で受け止めた。
そして――反対の腕が払われると、ただの一撃でスケルトンが粉砕される。カルマ値の差はあれど神魔装兵を瞬殺だ。通常ではありえぬ凄まじい攻撃力だ。
あまりの事にトリィワクスの艦橋は静まり返ってしまう。
さらに――アマツミカボシは消えつつある円月刀を手首のスナップのみで投擲。無造作にさえ見える仕草であったが、飛翔したそれはグリフィンの首を深々と刺し貫いてしまう。
思わぬダメージを受けたグリフィンが倒れ、ようやくラミアが開放される身を起こせば、感謝と畏れを合わせた表情でアマツミカボシを見やっている。
「なんて攻撃力なんだい……」
「本当に味方と思って良いのでしょうか?」
「安心おし、ありゃ間違いなく味方さね」
和華代の言葉は何の根拠もなかったが、艦橋全員を鼓舞した。
そしてアマツミカボシは地を蹴って飛翔。前方で繰り広げられる神魔装兵同士の戦いへと乱入していく。
◆◆◆
愛咲は歯を食いしばっていた。
実際の肉体は傷ついてないものの、何度もヴァルキュリアの身体を斬られ刺され満身創痍である。しばらくは幻痛に悩まされる事は間違いない。ただし生き延びられたらだが。
トリィワクスの状況は把握している。
けれど目の前の敵装兵たちの対処だけで精一杯。明らかに戦い慣れした敵は、カルマ値の差を操縦者のスキルと連携で補い着実に追い詰めてくる。ミシェ=ケットシーと背中合わせで四方からの攻撃をしのぐしかない。
「ここは、あちしに任せ愛咲は艦に戻るんだニャ」
「それ言うのでしたら、ケットシーの方が足が速いです。私に任せてミシェが戻って下さい」
「残念ニャけどブーツが片方脱げてるニャ。だから走れないニャ」
「ネコなのにブーツないと走れないですか……」
「当然ニャ」
辛いからこそ軽口めいた事を言い放ち、絶望を押し殺し戦っている。
愛咲=ヴァルキュリアは槍を構え、多方からの攻撃をよく防いでいた。しかしそれも限界。神魔装兵と長時間一体化していると精神的に疲労し頭痛がしてくるのだ。これは装兵を操るほどに生じる現象で、原因は分からぬ。
やはり人の身で強大な神魔を操るという事に無理があるのだろう。
人によって負担の割合は異なり愛咲の場合は意外に負担が少ない方だ。それでも制限はある。徐々に疲労で動きが鈍ってしまい、その隙を狙った相手の体当たりを避けきれない。体に重い衝撃。突き飛ばされたヴァルキュリアは、ケットシーを巻き込んで転倒した。
「ごめんなさい!」
「早く起きるニャ!」
視界の片隅でスケルトンたちが武器を構え迫る様子が見えた。これでトドメを刺すつもりなのだろう。辺りに転がるセクメトの素体コアと同じ運命を辿るのだ。
皆を護れなかった。
懸念していた事がついに現実となってしまい、愛咲は絶望に襲われる。それでも何とか起き上がろうと四つん這いになると――。
「ニャニャッ! トリィワクスに……アマツミカボシ?」
「えっ!?」
愛咲はトリィワクスを見やり、そこに現れた白い存在に目を奪われた。
「まさか晟生?」
「凄い格好良いニャ! あれが男の体つきなのかニャ」
「はい、そうです。お風呂でもちゃんと見ましたから」
「それ後で詳しく聞かせるニャ!」
神魔装兵の顕現する姿は乗り手のイメージに影響される。女性であれば自然と女性体になってしまうのだ。もちろんミシェの顕現させたケットシーも雌だった。
「来る! 速い!」
スケルトンとグリフィンを瞬殺したアマツミカボシが飛翔し恐ろしい勢いで迫って来た。しかし不思議と恐怖や不安はない。むしろ安堵の気持ちが強いぐらいだ。
そしてそれは正しかった。
飛翔からの蹴りでスケルトンの一体が粉砕される。
驚いた残りの敵が間合いを開ければ、アマツミカボシは重々しく地面に降り立った。そして周囲を囲む敵など存在しないかのように、悠然とした動きで愛咲=ヴァルキュリアを抱き上げた。
ヴァルキュリアとしての感覚ではあるが、愛咲はその力強さに陶然となった。そっと下ろされ離れた時には寂しさと残念さを感じてしまう程であった。
一方でミシェ=ケットシーは足先で腹を持ち上げられ、そのまま空中へと放り投げられる。
「雑な扱いに悪意を感じるニャ」
ぼやきつつ、軽々と身を捻り着地するのは流石ネコだ。
一方でアマツミカボシは振り向くと、ゆったりとした動きでスケルトンに迫っていた。あまりにも平素な動きに戸惑った相手の反応が遅れている。無造作に伸ばされた手に一体の頭部が掴まれ握りつぶされてしまう。
とんでもない力に愛咲は驚愕した。
我に返った残りのスケルトンは、連携のとれた動きで武器を繰り出し、同時に鋭い攻撃を放った。
「危ない! ……えっ?」
その攻撃は外れてしまう。
正確には外されたと言うべきで、ヴァルキュリアの鋭い視線は最小限の動きでスケルトンの攻撃を避けるアマツミカボシの動きを捉えていた。
鋭い回し蹴りが放たれ一体が、その足を下ろす勢いで踏み込み放たれた拳によりもう一体が。瞬く間にスケルトンが倒されてしまった。
兵器としては最強と称される神魔装兵が赤子扱いであった。
「なんて凄い……」
圧倒的であった。それまでの苦戦がなんであったか疑問に思うほど、あっさりと敵は素体コアに戻って逃げ出していく。さらに――。
「なんニャ! この凄いカルマは!」
「まさかスキルを使うつもり……これが、こんな凄いカルマが……」
愛咲=ヴァルキュリアが畏れを抱き我知らず膝を突けば、その背に尻尾を膨らませたミシェ=ケットシーが縋り付く。両者を怯えさせるほどの力が、アマツミカボシを中心に発生していた。まるで大自然の猛威を目の当たりにしたかのように動けない。
アマツミカボシの向き合わされた両手の中に光が生じた。
次の瞬間、閃光が敵艦を薙ぎ払い一拍を置いて大地が裂け炎と煙が天を焦がす。そこに存在していた艦は消滅した。その存在を示す痕跡は何もない。
押し寄せる熱気と衝撃波を浴びつつ、愛咲は思い出す。
「世界をこんな荒野に変えたのは神魔装兵の戦いが原因……ありえない話だって思ってたけど……」
しかし目の前で放たれた攻撃は、それが真実と思わせる威力だった。ゆっくりと姿を消し素体コアに戻りゆくアマツミカボシを見つめ、愛咲は畏れと恐れを抱いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます