第14話 勝って兜の緒を

 愛咲=ヴァルキュリアの活躍にトリィワクス艦橋は沸いていた。素体コアの回収といった思わぬ臨時収入に期待し、乗組員女性たちは嬉しげに声を交わしてる。あの沖津ですら笑顔だ。

 晟生は窮屈なシートベルトを外すと、モニターに映るヴァルキュリアを眺めた。セクメトの素体コアを手に戻る姿は凜々しく美しい。あの愛咲に今の戦いを話題せば、きっとはにかんだ顔をするに違いない。

 そんな艦橋の中で和華代は白髪を揺らし頷いた。

「売るつもりだけど、鹵獲したセクメトに乗れる子がいないかの確認ぐらいしておくかね。誰も乗れなきゃ売るだけだがね、やはり戦力が増える方がありがたいね」

「長い目で見ると、その方が良いでしょう」

「仕事も増えるし安全も増す。希望者以外も素体コアに乗せて起動テストをしてみるかね」

「では確認リストの作成を行います」

 そんなやり取りが交わされる横で、晟生は異変に気付いた。ずっとモニターを、正確にはヴァルキュリアを見ていたため、空に現れた黒い影の存在に直ぐ気付く。

「艦長、あれはなんですか?」

「なんの事だい」

「空を飛んでる鳥みたいな――」

 しかし既に遅かった。

 和華代が仰ぎ見た時には、モニターの中で愛咲=ヴァルキュリアが何者かに襲われる瞬間であった。何かに気付き顔を上げたヴァルキュリアが突き飛ばされ転倒してしまう。

 そこに出現したのは、鷲の上半身に獅子の下半身の存在であった。

「グリフィンかい! ちっ、監視を怠ったのかい。全員戦闘継続! 気を抜くんじゃないよ!」

 浮かれていた艦橋に鋭い一喝が響き渡った。

「ミシェと彩葉を出撃させな。周辺レーダーを厳に、敵母艦が潜んでるはずだよ!」

 緩んでいた空気は即座に引き締まり、誰もが血相を変え行動を開始。

 艦長席で和華代は厳しい顔だ。親指の先を噛み、足先を苛立たしそうに上下させている。全方位モニターが放つ光を受け、皺の多い顔は陰影が濃く見えた。

 そして、トリィワクス艦橋内に切羽詰まった声が響いた。

「発見しました! 左手前方にステルスモードの艦反応を幾つか確認!」

「すぐに愛咲を呼び戻しな。ずらかるよ」

「駄目です。敵艦、ステルスを解除し移動開始。素体コアの出撃を確認、機数六」

「こりゃ、やられちまったね。最初の三体を捨て駒にしたって事かい」

 和華代の声には焦りが含まれていた。

 知り合って僅かな間であったが、この女傑然とした老婆がそんな声を出すとは意外であった。艦橋の乗組員などは、もっと不安だったのだろう。全員が思わず動きを止め視線を集中させていた。

 直ぐに和華代はふてぶてしい態度になる。

 ただし、隣の補助席に座った晟生には彼女の手が強く握りしめられる様子が見えていた。

「ほら、ぼさっとすんじゃないよ。ミシェと彩葉の出撃はどうなったんだい? 艦砲の準備が出来しだい全弾を使うつもりで砲撃開始だ。のんびりしてる暇はありゃしないよ」

 その不敵な様子に艦橋は余裕を取り戻した。

「ミシェのケットシー。続けて彩葉のラミア出ました」

 トリィワクスから二体の素体コアが出撃。両者は即座に顕現、神話と伝承の姿を世界に現す。

 ミシェのケットシーは毛並みの良さそうなサバトラ柄のネコ。風切り羽根付き銃兵帽子に赤いマント、腰のベルトにはエストックを差す。ブーツを履いた足で走りだすが、驚くほど早い。

 彩葉のラミアは見事なプロポーションで、重量感ある胸を少ない布でカバーし肩紐で持ち上げる際どい姿。臍の下辺の際どい部分から蛇体へとなっていた。指先に小さな炎を灯らせ、腕の動きと共に投げつける。飛翔したそれが敵艦から放たれたミサイル群を迎撃し、空に爆発を生じさせた。

 迎撃の衝撃波だけで、艦が激しく揺れ動く。

「敵砲撃、ラミアにより阻止!」

「回避機動をとりつつ、反撃用意!」

 艦は大きく揺れ、晟生は必死に補助席に掴まるしかなかった。それでも愛咲がどうなったかを確認するため、正面モニターから目が離せないでいる。

 走るケットシーが大きく跳び上がり、ヴァルキュリアへ再度襲いかかろうとしたグリフィンに跳び蹴りを食らわせる。羽毛が舞い散り、鷲頭の獅子体は大きく跳ね飛ばされた。

 その間にヴァルキュリアは立ち上がると体勢を整え槍を構える。

「敵神魔装兵の展開を確認。グリフィン以外はスケルトンタイプ。平均カルマは二千五百、最高値はグリフィンの四千」

「罠をしかけたあげく、この布陣かい。簡単には見逃しちゃくれないだろうね」

「積み荷が狙いでしょうか?」

「どうだかね、このトリィワクスそのものかもしれない。何にせよ分が悪い事は認めないとね」

 援軍で到着したスケルトンたちは、それぞれ形状もサイズも微妙に異なる。乗り手のイメージが反映されているのだろうか。なんにせよ統制の取れた動きで隊列を組み、武器を手にヴァルキュリアとケットシーを取り囲む。

 ミシェ=ケットシーはエストックを華麗に振るい応戦するが、手数の差で押され気味。そして愛咲=ヴァルキュリアの動きは見ただけで分かるほど精細を欠いていた。

「まずいね、愛咲は精神疲労が溜まってきたようだね」

「敵艦、姿を現しました」

 なお悪い事に、丘の向こうから三隻の艦が出現。

 そこから砲煙が立ち上れば高速で飛来する砲弾が辛うじて視認できた。さらに、上空に向け次々と飛翔物が発射される。対艦ミサイルらしい。

 トリィワクスの防空網がフル稼働し、彩葉=ラミアの支援も加わる。

 その成果あって空中で次々と爆炎の華が咲いた。砲弾も回避行動によって直撃は免れる。それでも衝撃によって艦は大きく揺さぶられ、周りで悲鳴が響いた。

「第三波来ます!」

 再び防空網が稼働するものの、幾つかが止めきれない。

 対艦ミサイルが突き抜け、猛烈な勢いで飛来――直後、トリィワクスの艦体は一際大きく揺れた。それも横殴りの衝撃だ。シートベルトを外していた晟生は補助席から転げ落ちてしまう。

「第二区画に被弾。火災発生の模様、自動消火の他に消火を指示します」

「手に負えないなら無理せず隔壁を閉じろって言うんだよ」

「はい! 逃げ遅れがないかだけは確認させます」

「それでいい、次波に備えさせな!」

 怒声のような指示と被害報告が飛び交う。警報や異常を知らせるアラームが鳴り響き、警告灯が点灯していく。それらに対処しつつ反撃を行おうと全員が必死だ。

 そして晟生は――どうしようもなく居場所のなさというものを感じていた。

 皆がそれどころでない事は分かっている。分かっているけれど、それでも誰からも見向きされない状況は、存在を認めて貰えないようにも思えてしまう。

 自分だけ周りに馴染めず孤立した孤独な感覚は常に味わってきた。学校でも職場でも、そして自宅でも。ここに来てからは周囲から注目のされっぱなしで孤独も薄らいでいたが、やはり結局はそれを感じてしまった。

「敵、グリフィンが抜けて来ます! 彩葉=ラミアが応戦!」

 モニターの中でラミアが空に向け炎弾を投げつけている。それをグリフィンが回避し、飛びかかるように激突。押し倒されたラミアの胴を鷲の足が掴めば、鋭い爪が乳房に食い込みひしゃげさせる。苦悶するように蛇の尾がのたうつ。

 鷲の翼は何度も羽ばたき浮き上がり、両者は一体となって上昇だした。瞬く間に百数十メートルまで移動し……分離。グリフィンは飛翔できるが、ラミアは落ちるしかない。

「面舵一杯! 回避だよ!」

 ラミアはトリィワクス至近に墜落。その際に長い尾の一部が舷側へと叩き付けられ、艦はこれまでで一番大きく揺れた。固定されていない物は艦橋内を跳ね、乗組員はコンソールや椅子にしがみつく。

 その中で晟生は転がり、出入り口のドアに叩き付けられた。

 だが、戦闘状況に釘付けの皆は気付きもしない。否、気付いていたかもしれぬが気を回す余裕すらなかったのだろう。

「彩葉=ラミア、ダメージは大きいようです。ですが、まだ戦えるそうです」

「よし、艦を背にして戦うように伝えな。いや、艦体に載らせな」

「ミシェ=ケットシーと愛咲=ヴァルキュリア、追い詰められています! 敵艦、さらにミサイル攻撃!」

「迎撃はCIWSのみ! ラミアはグリフィンに専念! 艦は回避運動のまま支援砲撃! 」

「「了解っ!」」

 圧倒的に不利でも諦めている者はいなかった。ここで負ければ待つのは死あるのみ。降伏など許してくれるほど世の中は甘くない。殺るか殺られるかの状況なのだ。

 誰も晟生の姿がない事には気付いてさえいなかった。

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