第13話 戦乙女舞う
敵が来る。
戦闘の前、ヴァルキュリアの素体コアを着用しながら愛咲はずっと緊張していた。心を落ち着け集中しようとするが、どうにも落ち着かなかい。それは今回に限った事ではなかった。
ヴァルキュリアを使用するようになって、出撃の度に経験している事である。
どうしても慣れない。
トリィワクスという艦は愛咲にとって生まれ育った家で生きる全て。死んだ母からヴァルキュリアの素体コアを受け継ぎ、護ろうとした事は自然な流れであった。
だからこそ、つい失敗した時を想像してしまい不安になるのだ。
今度こそ駄目なのではないか、何か失敗してしまうのではないか。戦闘の度にそんな弱気が首をもたげてしまう。普段は出来るだけ明るく振る舞い、自分や周囲を誤魔化しているものの、一人っきりになると不安でならなかった。
「前に出た時は晟生さんに出会ったのよね」
ふと思い出し呟く。
街などで希に見かける男性は、か弱い存在に見える。ずっと昔に死んでしまった父親もそうだった。けれど晟生は全く違う。ご飯を食べる姿は圧巻だった。
そして、なんと言うべきか変わっている。近づいても必要以上に女性を怖がったりしないし、会話だってできる。噂に聞く男性とは随分と違って友好的だ。
しかし、ほっそりとした体つきに女性のような容姿。コンテナを探し、素体コアを着用した状態で会った時は普通に女性だとばかり思っていた。
ただしお風呂で見てしまって女性でない事はよく分かってしまったが。
男性のシンボルを思い出し赤面する愛咲は戦闘前の緊張を忘れ、そうした意味ではすっかりリラックスをしていると言えた。これは常には無い事である。それだけ、見慣れぬ晟生のものにショックを受けたという事でもあるが。
気を抜いていたがため、通信を知らせる甲高い音に跳び上がりそうになる。
「うひゃい」
正面に通信用パネルが開き、見慣れた友人の顔が現れた。網膜に直接投射された彼女は、今の返事を聞き訝しげな様子だ。
「愛咲、今の返事どしたん」
「何でもありません」
「あっそ、どうせ変な妄想してたんやろけど出撃大丈夫なん? 沖津が出ろって言ってるけど」
「妄想はしてません。それより出撃ですか? もちろん大丈夫ですよ。直ぐにでも出ますから!」
「何かテンション高そうな気がするけど。男が来たからって興奮せずに落ち着きなよ」
「そんな事ありません!」
図星を突かれ知らず早口で否定している。
「はいはい、そんじゃ出撃の命令出たから。頑張らずに頑張っといてね」
「了解しました」
通信を終わらせると、愛咲は意識を集中させる。
「システム起動、待機モードから戦闘モードへと移行」
細かく力強い振動を感じる。それは素体コアが本格的に起動しだした証拠である。視界の中に報告ウィンドウが表示され、そこに高速で文字の羅列が流れていく。状態チェックの表示だが早すぎて読めやしない。
「オールグリーン、問題なし。出られます」
「ハンガーロック解除。ハッチオープン。出るタイミングは任せるよ」
軽く揺れる振動を感じるのは、肩部を固定していたロックが解除されたからだ。それで素体コアは床から軽く浮き上がり自由な状態にある。
前に出て移動しだせば、素体コアを着装し待機するミシェと彩葉が手を振ってくれていた。それに頷いて応えながら開かれたハッチへと移動。そこから荒野の景色が見える。
航行する艦に合わせ景色は流れるように過ぎ去っていく。ここから先は戦いの場。心の中に残っていた不安は置いていかねばならない。
「愛咲、ヴァルキュリア出ます」
滑るように飛び出すと艦を離れ高度を少し上げる。そこから急ターンをすると、加速して艦を追い越し前方へと飛び出した。皆を背後に護る意思を高めていく。
「ヴァルキュリア。輝く乙女は願いを叶え死を運ぶ。戦の乙女よ慈悲と無慈悲を持ちて偏在せよ」
強く強く、皆を守る力を請い願い続ける。
少女の想いを素体コアが汲み取り反応。無数の霊子を世界の狭間から引き出しだす。大破壊以前の資料――何かのゲームの攻略本も含まれる――から得たヴァルキュリアの情報に、自分なりのイメージを強く投影。守るための存在を創出させる。
ふっ、と意識の全てが青に染まった瞬間――切り替わった。
軽やかに降り立った足が大地を踏み、三つの目が荒野に広がる世界を眺める。照りつける太陽は眩しく、吹き付ける風は熱を含んでいた。
愛咲は戦乙女ヴァルキュリアと化した。
心とが身体が歓喜し、手に力を込め拳を握る。人という矮小な枠から解き放たれた事に、心も体も喜んでいるのだ。その込み上げる膨大な力に呑み込まれまいと心を落ち着ける。
この力は仲間を護る為にこそ使うものなのだ。
前方では敵素体コアたちが顕現を開始しだし、伝承にある神魔の存在へと変じている。
「調子良さそうだね。んで、援軍は必要なん?」
心の中に響くように届く通信に、愛咲=ヴァルキュリアは艦橋を見やり顔を横に振った。そして荒野を踏みしめ、敵めがけ走り出す。同時にトリィワクスの砲撃が追い越していき相手の周囲に炸裂。注意が逸れた隙に虚空から槍を取り出し構えておく。
水晶の杖を持つ獅子頭の女神セクメト、半月刀を構える赤い鱗の竜人リザードマン、汚れた包帯を巻くマミーと相手の情報がトリィワクスから送られてきた。
その中でトリィワクスの集中砲火を浴びていたマミーは、砲撃の中に混じっていた対神魔装兵用の弾を受けてしまう。大ダメージを受けたマミーに、リザードマンの注意が向けられチャンスだ。
愛咲=ヴァルキュリアは槍の先で斬り付けた。
勢いがのせられた穂先は、相手の半月刀もろとも鱗を断ち斬ってしまう。リザードマンの身体が弾けるように霧散し、現れた素体コアが逃げ去っていく。
――っ!
肌に殺気を感じ愛咲=ヴァルキュリアは間髪入れず跳び上がる。大きな胸を突き上げるように身体を反らし後方回転すれば、セクメトの振るった水晶の杖が真下を通過していく。
「それでは届きません!」
愛咲=ヴァルキュリアは空中で器用に身を捻ると、槍の先を下に向け着地。そこには、砲撃でダメージを受け転倒したマミーが存在した。体重を乗せながら思いきり突き込めば、ぐっと一瞬の抵抗があって地面にまで達した。
ダメージが限界に達したのだろう。
マミーの身体は包帯を舞い散らし消滅し、やはり現れた素体コアが浮遊しながら逃げていく。ちらりと見えた相手の顔は悔しそうだ。これで三対一から、瞬く間に一対一にまで持って行った手腕にセクメトは雌獅子に怯みを浮かべたように見えた。
身構えた愛咲=ヴァルキュリアへと通信が入る。
「愛咲、次の指示ね。セクメトのコアを捕獲して欲しいって」
「何ですかそれ。無茶言わないで下さい」
負けた相手の素体コアに攻撃を仕掛けない事は、神魔装兵同士の戦いにおける不文律だ。しかし捕獲する事はある。その為には相手の素体コアを破壊しない程度に、なお且つ相手の行動力を奪う程度にダメージを与えねばならない。
なかなかさじ加減が難しいのだ。
「ボーナス弾むってさ」
「そんな事を言われましても、無茶は無茶ですから」
「ちーなーみーに。あの晟生さんは艦橋に来て愛咲の活躍見てるよ。スキル使った凄いとこ見せてみたくない? チャンスじゃないの。いけるいける、やっちゃえ!」
「べ、別に良いとこを見せたいとか考えてません。通信終わり!」
だが、神魔装兵は乗り手の意志が反映されるだけに、犬の尾よりも気持ちが分かりやすい。愛咲=ヴァルキュリアは第三の目を強く輝かせ気合い充分である。
凄いところを見せたいわけではないが、気合いは万全だ。手にした槍を構え意識を集中させる。
「光り輝く乙女が力、今ここに我の力となりて顕れよ」
集中する意志が具現化しだし、愛咲=ヴァルキュリアの手にする槍へと力が流れ込む。そして第三の目が光り輝やけばスキルが発動。
絶大な力を秘めた刃から、その力を飛ばすように槍を振り回す。そこから放たれた光の刃は雌獅子頭の女神を次々と斬り裂いていく。
乗り手と神魔装兵の精神は完全に繋がり一体となっている。
それだけに、顕現した肉体が受けるダメージは当然乗り手の痛みとなって心に突き刺さるのだ。
光の刃で無数に切られたセクメト。
その精神的ダメージは如何ばかりか。セクメトの雌獅子をした顔が声なきまま吠え、崩れるように倒れると地面に地響きがあがり、跳ね飛んだ土砂が落下する間もなく全身が砕けるようにして消滅。
後には突っ伏した状態の素体コアが残されるが、全く動く気配はなかった。
「やりました」
「さすが愛咲、凄い酷いえげつない。あっ、忘れずに回収よろしく」
「忘れませんよ。まったく、失礼しちゃいますよ」
戦闘が終わり重圧が消えた事で愛咲は軽口を叩き、ご機嫌になった。そして、密かに安堵の息を吐きトリィワクスに戻った後の事を考える。
晟生が見ていたのなら、今の戦闘の感想を求めるのも良いかもしれない。ちょっとぐらい自慢して得意になって、そして褒めて貰えたら最高だろう。
愛咲=ヴァルキュリアはセクメトの素体コアを手にすると、
気を抜いていたため――反応が遅れた。
頭上を
「くうっ……」
愛咲=ヴァルキュリアは苦痛に呻き突っ伏した。
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