第12話 プチプチラグナロク

 激しい日射しに照らしだされた荒野は熱せられ、蜃気楼が立ち上っていた。

 その中にぼんやりと浮かぶ巨大な影が砂塵を巻き上げ移動していく。それは長方形に近い形状をした船体で、幾つもの砲が配され各種レーダーを備えた艦橋がある。

 紛う事なく戦うための船が荒野を航行していた。

 浮上する船底の下に生じた影の中で、低木は幹を捩らせ千切れた葉が砂類と共に空へと舞い上げられる。そこに生息する生物はとっくに安全圏まで逃げだしているか、またはじっと身を潜めるしかなかった。

「報告します。前方距離五千に素体コアの反応あり。数は三、接近中です」

 艦橋に響く沖津副長の声に、艦長席に座る和華代は白髪を揺らし頷いた。幾重にも皺が刻まれた顔で目は強く輝き、口元には好戦的な笑みが浮かんでいる。

「あいよ。愛咲に連絡してヴァルキュリアを出させな」

「他はどうします?」

「そうさね……ミシェと彩葉は素体コアで待機させな。あの子とヴァルキュリアなら、トリィワクスの援護があれば三体でも任せて大丈夫だろうさ」

「了解しました」

 沖津副長は頷くと、和華代の方針に従い細かな指示を出していく。

 そんな艦橋の中は華やかだ。そこ居る大半が十代から二十代の女性で、戦闘を控え緊迫する空気の中でも華やかさは少しも失われていない。

 接近する相手に対し共通周波数にて警告が発せられる。

「こちらトリィワクス。警告する、貴機は我が艦に接近しつつある。速やかに針路を変更せよ。繰り返す。こちらトリィワクス――だめですね。応答がありません」

 通信を行った女性は肩を竦め振り向いた。

 これから始まる戦闘を前に緊張した視線は彼女だけではない。その他の者も同様で、もちろん副長である沖津ですら不安の様子を隠せないでいる。しかし、それらの中心で艦長である和華代は好戦的な笑みを浮かべたままだ。

 部下を安心させるための態度という事もあるが、やはり戦闘を前に猛る性格なのだろう。

 前面上部にあるメインモニターは自艦を中心とした周辺地形を表示しており、接近する素体コアとその軌跡が重ねられる。小さなウィンドウが開き、敵映像が映し出された。

 青空を背景にした素体コアは、まだ姿形が辛うじて判別できる程度だ。

「ふん、たかだか三機でうちを襲撃とは舐めてんのかね」

「それは違うのではないかと思いますよ。普通であれば充分な戦力でしょう」

「事前のリサーチ不足か、他に何か考えがあるのかってとこかい。だったら高い授業料を払わせてやろうじゃないか……そりゃそうと、あの男はまだ来ないのかい?」

「連絡は入れてあります。もう少しで到着するかと思いますが、しかし部外者を戦闘中の艦橋に入れるのはどうかと思います」

 沖津は副長という立場もあって苦々しげな口調だ。まるで、タイミングを見計らっていたかのように艦橋後部にある扉が開けば睨むような視線を送っている。

 それまで話題の中心にあった晟生が顔を出す。その見目の麗しい顔や細めの身体つきは、全く男とは思えないものだ。

「えーと、お呼びと聞いて来ましたが……」

 険のある沖津の視線に軽く首をすくめ、気圧された様子でなかなか艦橋の中に足を踏み出せないでいる。だが、その表情は女性ばかりの場所に気後れしているようにも見えた。

 艦長の和華代はそちらに目も向けず言い放つ。

「さっさと入って、あたしの横の補助席に座んな」

「あ、はい」

 晟生は小走りで指示された席に座り、大急ぎでシートベルトを着用した。周囲の乗組員が俄然張り切りだしたのは、男である晟生に少しでも良い所をみせようとしての事だろう。ただただ態度を変えないでいるのは沖津ばかりぐらいのものだ。

「愛咲が出ます」

 報告の声もハキハキとして鋭い。もっとも、モニターを見やる晟生は少しも周囲の雰囲気に気付いていない。それよりも艦後部で解放されたハッチから飛び出すヴァルキュリアの素体コアに目を奪われている。金色の髪をなびかせ、高度を上げた愛咲は艦を追い越し前方へと向かっていく。

「ほら、よく見てるといい。これからヴァルキュリアが顕現するところだからね」

「戦乙女ヴァルキュリア……」

「そうだよ。全方位モニターに変更、顕現する姿をよく見せてやんな」

 和華代の言葉に応じ、艦橋内の壁や床に天井さえも消滅した。

 実際には周辺ビューモニターが景色を映し出しているのだが、まるで艦橋部が宙に浮いているようだ。とはいえ、薄らと格子状の線が描かれている。それは、やはり心理的不安を軽減するためなのだろう。

 座席の上で思わず足を浮かせる晟生の様子に、和華代は悪戯の成功した子供の様に笑っている。

「そら、始まるよ」

 そして――。

 素体コア周囲に空間が歪む。そこを核として帯電する青い煌めきが放射状に広がっていく。粒子状の何かが密度を増し、伸び上がりながらサイズを増していく。

 青い煌めきの塊は人型を取り、形の良い胸にくびれた腰元に、滑らかに股へと続くお尻。女性らしい体つきの姿をしたシルエットは明滅と共に姿を現した。紺碧を形にしたような鎧に、雲の白さを固めたようなスカート。編んで束ねた金髪は太陽の輝きだろうか。

 顕現したヴァルキュリアは軽く膝を曲げ地面に降り立った。背筋を伸ばし立ち上がれば、その背は艦橋と同等の位置になる。

 青く美しい戦乙女ヴァルキュリア。

 その顔つきは愛咲に似るが、彼女が浮かべる事のない怜悧な顔つきをしている。なにより額に存在する第三の目が印象を大きく変え、美と威と覇を放つ。

「ヴァルキュリア、カルマ五千で安定。顕現密度も高濃度です」

「おやおや、愛咲も張りきってんのかい。今日は新しいギャラリーがいるからね」

 ニヤリと笑う和華代が冷やかすように隣を見るが、晟生は軽く口を開けたままヴァルキュリアに見とれたままだ。

 艦橋に甲高い警報音が響く。

「報告、相手側も顕現を開始しました」

 前方でも三体の巨大な存在が出現しつつあった。

 クローズアップされたモニターで、ゆらゆらと映像が揺らめいたかと思えば、そこに威容を放つ存在が出現した。水晶の杖を持つ獅子頭の女神セクメト、半月刀を構える赤い鱗の竜人リザードマン、薄汚れた包帯を巻くマミー。いずれも、伝承の中に登場する存在だ。

「セクメトのカルマ三千五百、残りのカルマ二千前後ですね。顕現密度はいずれも平均的濃度」

「どうすっかね、愛咲に連絡して援軍が必要か確認しな」

「はい――」

 通信担当がその内容を伝えると、ヴァルキュリアがちらりと艦橋を向き可愛らしい仕草で顔を横に振った。向こうからは見えていないはずだが、晟生はその翡翠色をした瞳に見惚れていしまう。

 そして愛咲=ヴァルキュリアが荒野を踏みしめ軽やかに疾走しだした。

「艦長、攻撃の指示を」

「あいよ、通常弾で支援砲撃開始。一発のみ対装兵弾を混ぜてやんな」

 即座に放たれた砲弾がヴァルキュリアを追い越しマミーへと襲いかかる。

 足下周辺に着弾し盛大な爆発を引き起こした。けれど、マミーに直撃した砲弾は大したダメージを与えた様子はなさそうだ。それどころか、避けようとする素振りすらない。

 だが、そんな中に梵字の彫り込まれた砲弾が混じっているとは考えもしなかったようだ。それが命中すると、ごっそりと肉体を削られてしまった。

「戦い慣れてない相手のようだね」

「このような初歩的な手に引っかかるとは、敵ながら不甲斐ありません」

「支援砲撃は必要なかったかもしれんね。勿体ない事をしたよ」

 艦橋の中に和華代の笑い声が響いた。

 その間にも、愛咲=ヴァルキュリアは虚空から出現させた槍を手にリザードマンへと斬りかかる。強烈な一撃は、防ごうとした半月刀をへし折り鱗の生えた身体を一刀両断。弾けるように肉体が消滅すれば、素体コアが現れふらつき戦場から逃げだしていく。

 愛咲=ヴァルキュリアは跳び上がり、後方回転しながらセクメトの振るう杖を避けた。しかも着地と同時に倒れたままのマミーへと槍を突き立て地面へと縫い付ける。

 やはり先程と同じように包帯を巻いた肉体が弾け、現れた素体コアが逃げていった。

「さすがヴァルキュリアは圧倒的だね。可能ならセクメトだけでも捕らえて欲しいもんだが。あれなら高く売れそうじゃないかい」

「ではスキルを使用し一撃で倒すよう伝えましょう」

「ボーナス弾むって言ってやんな」

 その通信がされた後、確かに気合いが上がったように見えた。

 愛咲=ヴァルキュリアは大きく跳び退き距離をとると、槍を構え僅かに動きを止める。その全身が淡く発光したかと思うと、槍の先端に全ての光が集約され光の刃へと姿を変えた。大きく振りかぶった槍が斬り上げ切り下げ振るわれ、その度に光りの刃が乱舞する。

 獅子頭の女神セクメトを数えきれぬ刃が襲い全身を斬り裂いた。力尽き倒れていく途中から姿がかき消え、最後には現れた素体コアが横たわっていた。全く動く気配すらない。

「やれやれだね。これで思わぬ臨時収入だ。次の街でセクメトを売れば、当分は艦の運用に胃を痛くしないですむよ」

「適合者が確認できれば、うちの戦力にしても良いのでは?」

「それもいいかもしれないねぇ」

 交わされる会話を聞きながら、晟生はその美しい顔を惚けさせ、ゆっくりとした歩みで戻り来る愛咲の化身であるヴァルキュリアを見つめ続けていた。

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