第11話 カフェテリアで昼食を

 食堂は賑わっていた。

 女性しか居ないので当然ながら、笑い声やお喋りが響き騒々しい環境だ。しかし晟生せおが姿を現すなり、それが見る間に静まっていくではないか。

 気付けば静寂の中で、数十人からなる好奇に満ちた視線を一身に浴びる事になっていた。何人かは浴場で見かけた覚えがあり、何となく気まずい思いがある。

 出来るだけ臆病にならぬよう見やると、十代から二十代と思える物ばかりだ。

 そして、全員女性。

 もう男が居ないという事は確定事項だ。

「はい、もう皆さんは知っていると思いますが、今日から艦に加わった晟生さんです」

空知そらち晟生です。どうぞよろしく」

 すかさず挨拶をする晟生。少々堅苦しいものであったが、それは歓声と拍手によって迎えられた。

 想像以上に好意的な歓迎ムードである。

「それでは食事にしましょう。注文の仕方を説明しますね」

「うん、よろしく」

 晟生は樹脂製トレイを手に取った。

 状態からして社員食堂の雰囲気があるため、注文の仕方はなんとなく分かる。だが、一生懸命説明しようとする愛咲あさきの前でそんな事は言えない。そのため、何も知らないフリをしつつ教わる。

「このパネルで好きなメニューを押して選んで下さい。料金は自動で引き落とされます……あっ、晟生さんは設定がまだでしたね。いいです、今日のところは私が出しますので注文して下さい」

「ありがとう。でも今は沢山食べたい気分だけど……」

「構いませんよ。トリィワクスに来てくれたお祝いに、ご馳走しますので」

 軽く振り向き、にっこり笑う愛咲。そこには本当に心から歓迎する様子が見て取れる。

 晟生は何とも言えない嬉しさに包まれた。女の子が笑ってくれる、ただそれだけでも嬉しいものだが、さらに凄く可愛い女の子で好意的となれば嬉しさは三倍増しだ。

「それだったら、いずれご馳走するよ」

「お気になさらず。でも楽しみにしてます」

 写真付きのパネルには定食が並び、いろいろあって何を選ぶべきか迷ってしまう。なぜならばメニューは、お洒落なカフェとしか言いようがないものばかりであったのだ。

 サラダの種類が多く、甘そうなデザートが充実している。腹に溜まりそうな食事としてはピザやパスタ、ハンバーグやサンドイッチぐらいだ。丼でガツガツ食べたくなるものは見当たらない。

「ねえ、どうしたの」

 横で初乃ういのが背伸びした。

 樹脂製トレイをカウンターに置き、そこに体重をかけ身体を持ち上げている。ほんの少しだが黒髪のにっこり笑顔の頭が近づく。浮かせた足をぶらぶらとさせ、まるっきり子供のようだ。

「えっ、ああ悪い。少し迷って……ハンバーグセットにしておこうかな」

「ぼくも同じのにする!」

「そうか、それなら一緒に頼んでおくけど?」

「うんっ!」

 元気の良い返事は、この支払いが愛咲になるからかもしれない。

「ついでにチキンフライを付けて、ピザとポテトも付けてしまおう。初乃はどうする?」

「なにそれ。そんなに食べらんないよ」

 初乃は目を見開き、床に降りると後退あとずさってみせた。

 それは、まるで何か恐ろしいものを見たような仕草であった。晟生が密かに傷ついていると、回転する寿司屋のようなレーンに頼んだ料理がもう流れてきた。

 早さに驚きつつ、まず初乃の分を取って載せてやる。

 それから――驚愕の目で見られながら――自分が頼んだ分を受け取った。さすがに頼みすぎでトレイに載せるにも苦労して、危なっかしくはみ出してしまう。

 さっそく食べようとすするのだが……樹脂製トレイを手に立ち尽くしてしまうのは、どのテーブルもほぼ満席だからだ。

 女性たちはお喋りに夢中で席を立たない事もあるが、それとは別に晟生が来るのを待っているらしい。何人かは合図までして、自分の席に来いとアピールしているではないか。

「えーと……」

「はいはい愛咲姉のとこ行こうか」

「そうしよう」

 トレイを抱えた初乃がスタスタと歩きだし、晟生は残念そうな顔をする女性たちに申し訳なく思い、会釈をしながら進んだ。そそくさと愛咲の向かいに座る。

「ところで……それ食べてしまうのです?」

「もちろんだけど何か?」

「いえ、別に構わないのですが」

 愛咲は何か言いたげに口ごもった。彼女の前のトレイには、サンドイッチにスープとサラダがある程度だった。その他の席でも似たような量を食べているようだ。

 少し多かったかもしれないと反省する晟生であったが、空腹には勝てず手を合わせてしまう。

「いただきます」

「何ですかそれは?」

 愛咲は不思議そうに尋ねてきた。本当に知らない様子だ。

「えっ、食べる前に手を合わせて。つまり食材に対して感謝をする挨拶だけど」

「なるほど面白いですけど、良い考えですね、私もやっておきましょう。いただきます」

「だったら、ぼーくも。いただきます」

 ちゃっかり横に座った初乃も手を合わた。

 そして食事が始まり晟生はハンバーグを頬張った。ジューシーで美味しく、そこにご飯を頬張り堪能する。ポテトもチキンもピザも少しずつ食べてみると、どれも美味であった。

「うん、美味しい。よっぽど腕の良い人がいるもんだな」

「でしょっ。うちの自動調理機はさ、けっこう高級品なんだから」

「自動調理機……えっ? つまりこの料理は機械がやってると?」

「そうだよ」

「機械が料理をするのか。なるほど、そうか」

 晟生は呟くように言った。

 とはいえ、そんな事も気にならないぐらいに美味しい。空腹は最高の調味料といった事もあるが、それを差し引いても充分に美味しい食事である。だ。

 ひょいひょいとピザをつまんで食べてしまい。ハンバーグと共にご飯をかき込み、ポテトをつぎつぎと口に運び、チキンフライをもぐもぐ食べる。

 空腹を満たすべく一心不乱に食べる晟生の姿に、やがて周囲から驚きの声があがりだす。そして皆を代表して愛咲が口を開いた。

「本当にそれだけ食べてしまうのですか……凄い」

「そんなに驚かれても。これぐらい普通だと思うけどな」

 別にこの程度は大食いではなく、他の皆が小食なだけだ。自分でも少し食べ過ぎだと思う気持ちを自己欺瞞しつつ、晟生はついに全てを平らげた。

 初乃など目を丸くしている。

「全部完食しちゃった!? お腹大丈夫? 苦しくない?」

「腹八分目ってあたりかな」

「うそ……」

 晟生の言葉に女性たちは響めくが、幸いにもそれは感心する類であった。

「じゃあ、もしかして杏仁豆腐とか食べる?」

「頂くよ」

「ふぇー、凄い」

 初乃が小走りで行って運んで来た杏仁豆腐までも食べてしまうと、周りはもう驚きに包まれてしまう。愛咲など口元に手をやって息を呑み、初乃は呆気にとられ凝視してくるではないか。

「もしかして、まだ食べるとか?」

「いや、これぐらいにしておこうかな。あまり食べ過ぎてもいけないし」

「もう立派に食べ過ぎだと思うよ」

「普通なんだけどな」

 そんな話をしていると――突如として、食堂に警報音が響き渡った。

 鋭く耳に響く音は、聞くだけで心がざわつく。

 壁面に設置された赤色灯が回転し、景色を映していたモニターは緊急の赤文字を表示す。優しげに笑っていた皆の表情が引き締まると、厳しく凛としたものへと変わった。

「これは何が起きたわけ?」

「第一戦闘配備。つまり敵襲です」

 愛咲が教えてくれた時には、既に食堂内の女性たちは動きだしていた。食べかけの食事をそのままに、全員がそれぞれ目的を持って役割を認識した動きで行動を開始していた。あっという間に食堂から人の姿が消えてしまう。

「えっと、それじゃあ何すれば?」

「晟生さんは……とりあえず、ここで大人しくして下さい。私は出撃があるかと思いますので、後は初乃に任せます」

 言って愛咲も大急ぎで部屋を出てしまう。

 自分もあの素体コアを着装し、神魔装兵を駆って戦闘に参加すべきかと迷う晟生であったが、やはりあれは運搬中の品で他人の物だと思い直す。本来は触ってもいけないわけで、そうなると何も出来る事がなくなってしまう。

 食器類をせっせと片付けている初乃に声をかけた。手持ち無沙汰もあるが、子供一人に働かせる事に気が引けてしまうのだ。

「手伝うよ」

「いいの? ありがと」

 そして二人して全てを食洗機に放り込み、全てを終えると席に並ぶ。情報共有として戦況を表示するモニターを眺める。青味を帯びた素体コアを着用した愛咲が出撃するところであった。

『空知晟生さん、空知晟生さん。艦橋まで至急お越し下さい。繰り返します――』

 艦内放送が流れ、晟生は立ち上がった。。

「艦橋への呼び出し? だけど行き方が分からない」

「ぼくが案内するよ」

「ありがとう、それじゃあ艦橋まで頼めるかな」

「こっちだよ!」

 駆けだした初乃に続き走りだす。先行する少女は時々振り向き、ちゃんと後を付いて来ているか確認しているが、それはまるでネコのようだ。

 艦内の通路は激しく振動し走りづらい。

 すれ違う乗組員たちも切羽詰まって険しい顔だ。これから戦闘になるという事で当然ながら、ピリピリした雰囲気であった。

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