第10話 染まらぬ白の色
――疲れた。
通路を歩いている時から皆の注目の的。ここ格納庫ではミシェと
嬉しい事だが、それはそれで心労がある。
今は見目麗しい美少女風男になっているものの、元は全くモテない平凡な男だったのだ。これが元からモッテモテであれば、無慈悲に女の子をあしらったであろうが、それができない。つい八方美人で全員に公平であろうとしてしまう。
それは大変な心労を伴う事なのだが、そんな気持ちは少しも顔に出さないようにと、つい頑張ってしまう。なぜならば、張り切って案内をしてくれている
周りに気を遣い忖度し堪えて平気な素振りをする。結果として、さらに気疲れしてしまうといった何とも良ろしくない気疲れスパイラルの真っ最中であった。
「それでは次に行きましょうか」
愛咲に促され、ようやく女の子たちの輪から解放された時には頭痛がするほどであった。
「えーと、ちょっと休憩してもいいかな」
そんな言葉を口にすれば、はっ! と動揺する愛咲がいる。
「もしかしてお疲れですか。すいません、私ってば気付かなくて……」
「あっ、いやそうじゃなくて。疲れたというわけじゃない。つまり、沢山の人に会ったから心の整理と言うか。一度落ち着いて、しっかり覚えたいと思っただけだから」
「ああ、そうですか。分かります。そういうのって、ありますよね」
愛咲が頷いてくれた事で安堵する晟生であったが、やっぱり周囲に気を遣っているのであった。
それまでとはペースを変え、格納庫の中をゆるゆると散策するように歩いていく。元気な初乃が周囲走り回っては、すぐに晟生の元まで戻ってくる。まるで子犬か何かのようだ。
微笑した晟生であったが思わず呟く。
「おっと、これは……」
そこに純白の素体コアがあった。
最上級の白磁のように柔らかな白。
格納庫のオレンジ色がかった照明を帯びながら、その装甲は何ものにも染まらず白さを失わない。流線型に整えられたボディは一流の職人が仕上げたように滑らかで美しく、芸術品とさえ呼べそうである。とてもこれが二百年近くも時を経ているとは思えない。
乗り手がない状態でハンガーに固定された姿は、まるで甲冑のように見える。
「これ晟生が乗ってた素体コアだよね。凄い綺麗な子だよね。いいなぁ、ぼくも装兵乗りになりたいよ。そしたらトリィワクスと皆を守れるもん」
「初乃は危ない事したら駄目です」
「でもさ、素体コアを着装した状態が一番安全じゃないのさ」
「うっ……それはそうですけど。戦闘はやっぱり危なくて――」
愛咲と初乃が何かを話している。だが、晟生は食い入るように素体コアを見つめるばかりだ。その心は疑問でいっぱいとなっていた。
幾つもの謎。
どうして自分はこれに乗っていたのか。二百年という年月の経過を示すデータ。美少女風に変わってしまった姿。その答えをこの純白の素体コアが知っているかもしれない。
「これは、どういった素性なわけ?」
疑問解決の糸口を見つけるべく晟生は尋ねた。
「すいません、そういった事は私たちには伝わってなくって。依頼内容の詳細は沖津副長であればご存じです」
「沖津副長さんね……」
とても尋ねられるような相手ではない名前が出て晟生は顔をしかめた。何故ならば問答無用で拘束したあげく、トリィワクスから追い出すように主張した相手なのだから仕方がない。すっかり苦手意識が植え付けられていた。
「艦長さんだったら知ってるとか」
「お婆様は恐らく知らないかと。基本は部下にお任せで、何か問題が起きた時は関わって対応をしますので。だから依頼も沖津副長が一括で把握しているわけです」
「なるほど」
上司としてはある意味で理想だろう。基本方針を決めて細かい事は部下に任せ、問題が発生すれば解決に尽力してくれる。とはいえ、少々任せすぎかもしれないが。
残念そうにする晟生の様子に愛咲は急いで口を開いた。
「えっとですね。私が見ますところ、これは大戦当時に製造されたものではないかと」
「ああ、古装兵だって事は艦長に聞いたよ」
「ご存じでしたか……えっと、あと古装兵は、時代が新しい通常の装兵より強い力を秘めていまして。時には通常では考えられない不思議な事が起きたりするそうです。聞いた話では勝手に動いた事があったとか、なかったとか」
「そんな事が……」
もし本当に不思議な事が起きるのであれば、自分の身に起きた現象も純白の素体コアが原因なのだろうかと晟生は思った。もっとも、流石にそれはないだろうと直ぐに心の中で否定する。
しみじみと純白の素体コアを見やれば、愛咲と初乃にも何か思うところがあるらしく、同じく眺めている。しばしの間、三人の間に沈黙が訪れた。
だが、それを破ったのは初乃だ。
「あのさ、ぼく知りたいんだけどさ。晟生はどんな感じで、この子を乗りこなせたの? その時の事を参考に教えてよ」
「愛咲や彩葉に……あとミシェにでも聞いたりしてないのかな?」
「もちろん聞いてるよ。でもね、人によって感覚は違うみたいなの。だからさ、いろいろ話を聞きたいんだよ」
「なるほど……」
呟き腕組みをする晟生。
しかし、素体コアからどうやって神魔へと姿を変えたか、その方法は自分でも分かっていなかった。強く意識をしていたわけでもなく……自然と変じただけ。戦闘と死の恐怖に怯え、それが怒りに変わった瞬間に切り替わっただけだ。
「実はよく分からないんだ」
がっかりするかと思いきや、初乃は諦めやしない。
「じゃあさ、もう一度これに乗って試してみようよ。そしたら分かるよね」
「初乃、それは駄目ですよ。いいですか、これは輸送中の品でトリィワクス所有ではありません。勝手に使用した場合は問題となります」
「だけどさ、一度は晟生が使ってるでしょ。だったらいいじゃないのさ」
「それは許されない事です。やむにやまれぬ事情ではなく、興味本位で輸送品を無断使用すればトリィワクス全体の信頼に関わります」
「ちぇっ、残念」
初乃は露骨に肩を落とした。
確かに愛咲の言う通りで、本来であれば使用するなど許されない事だ。勝手に自分の物の気になっていた晟生は、自分の考えを改めた。
「それにしても……」
白い素体コアを前に晟生は呟く。
これはいったい、どんな姿に変じていたのだろうか。愛咲が乗るヴァルキュリアや、敵として現れたヒドラにゴルゴーン。それらと同じく何かの神や魔の姿をしていたはずだ。生憎と自分の姿は見られないため、それがどんなであったかは分かりやしない。
「どしたのさ」
「この素体コアは、どんな姿になったのかなと思って」
「ぼく見てたよ。白くてガオーンと力強い感じで何か模様があってキリッと格好良かったよ」
初乃の説明はさっぱり分からない。本人は一生懸命のつもりだが、気持ちばかりが先行してしまい上手く表現出来ていないといったパターンだ。
「私も見ていましたが、そうですね。どう表現したらいいでしょうか。力強く引き締まった身体で、何か兜のようなものをかぶって……上手く説明できませんね」
口を出した愛咲はしばし悩み、その胸の前でぽんっと手を叩いた。
「ヴァルキュリアの素体コアから戦闘記録を引っ張り出せば、映像が見られますよ。少しお時間を頂く事になりますけど、どうしましょう?」
「また今度にしておくよ。こう言ってはなんだけど……お腹が空いた」
晟生が腹を押さえてみせれば、タイミング良く空腹を訴える音が鳴り響く。
次々と起きる出来事を前にすっかり失念していたが、荒野で目覚めてからかなりの時間が過ぎていた。飲まず食わずの状態で、そろそろ胃袋の方が限界を訴えている。
「それはいけません、直ぐに食堂に行きましょう!」
「そうだよ、早く行かなきゃ! きっと混んじゃうからさ」
顔を見合わせた二人の少女は、さも一大事といった様子で声をあげた。まるで晟生が飢えて今にも死にそうなぐらいの様子である。
「大袈裟な、そこまで大変じゃないから。こら、引っ張るな」
晟生は半ば引きずられるようにして格納庫の中を運ばれていく。
賑やかしく移動する三人の背後で――白い素体コアに朧気な燐光が宿っていた。ちょうど頭部付近に当たる場所。よほど注意深い者が見なければ気付かない程度の弱々しい光が、まるで目を覚ましたばかりの寝ぼけ眼のように瞬く。
「うん?」
何気なく振り向く晟生。
だが、そこにある素体コアは照明の光を柔らかく反射させ、ただひたすらに白かった。
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