第9話 三回まわってニャンと鳴け

「トリィワクスの神魔装兵は全部で三体なんだよ。凄いでしょ」

 目の前にある素体コアを示し初乃ういのは声をあげた。しかし、そこには晟生せおの乗っていた素体コアは含まれていない。

「あれっ、あの乗ってたやつは?」

「晟生さんが乗ってい素体コアですか。あれは本来は運搬品ですから向こうに置いてあります。それでなのですが、私の部下を紹介しますね」

「部下?」

「はい、私これでも戦闘班の責任者ですから」

 えへんと咳払いをしながら、愛咲あさきは少し先にある腰高コンテナを指し示した。そこに二人腰掛けているが、片方が身軽に飛び降り寄ってくる。

 白に黄色の制服を着た少女は好奇心旺盛そうな、どこか悪戯っぽい雰囲気だが……どうしてだか、ネコ耳と尻尾を付けていた。

 仕草もまるでネコで、顔を突き出し覗き込むような様子だ。

「はー、この人が噂の男の人かニャ。そうは見えないぐらい綺麗な人だニャ」

 妙な語尾を耳にしても、晟生は何とか片眉をぴくつかせる程度にとどめた。職場の上司からの嫌みや理不尽な言葉を耐える過程で培われた自制心が役立ったのだ。

「あちしは戦闘班のミシェだニャー、よろしニャー」

「…………」

 晟生は可愛そうな人を見るように憐れみの目をした。

「そんな目で見るニャ。別に好きで言ってるわけじゃニャぁからよ」

「はいはい。そっからは、ぼくが説明したげるよ。ミシェが言うと、にゃあにゃあ煩いから」

「失礼なやつニャ!」

 しかし初乃は無視した。

「ミシェの神魔装兵は、ケットシーって言う二本足で歩くネコなんだよ。知ってる?」

「ああ知ってる。妖精ネコだな」

「そうそう、それ。神魔装兵ってのは操縦者のイメージとか気持ちが強く反映されるわけ。だからさ、ミシェは普段からネコっぽい気分になるため、こんな痛いネコ語を使ってるってわけ」

「痛いネコ語とは失礼ニャ!」

 ミシェは文句を言って騒げば、ネコ耳がピンッと反るように立った。鼻先で確認するように距離感が近く、ネコ耳を観察すると実によく出来ている。まるで本物のようだ。

 普段であればそんな事はしないのだが、ミシェの人徳――弄ってやりたくなるような――もあって、晟生は気安く手を伸ばした。指先で挟んでみれば細かな産毛がある。

 つんつんと引っ張ったあたりで、ミシェは逃げるように身を引いた。どうやら今の今まで驚きで硬直していたらしい。ぶわっと尻尾が膨らんでいる。

「な、なにするニャッ! あちしの自慢の耳に触るニャ」

「これは悪い、なんでネコ耳してるのかなと思って」

「なんでって……まさか変異差別者なのかニャ」

 ネコ耳がペタッと倒れた。その感情表現は、威嚇するようであり怯えるようでもあった。

 険悪になりかけた雰囲気に愛咲が手を出し割り込んだ。

「ミシェも落ち着いて下さい。晟生さんは記憶喪失で何も知らない状態なんです。変異体といった事も知らない状態なんですから」

「変異体……?」

「はい、説明しますと変異体というのはですね。身体に様々な特徴が出た人の事です。世の中では、こうした特徴を差別する人も多いのです。こう見えてミシェも苦労していますから」

「こう見えてとか、ひと言多いニャ」

 しかし抗議の声は無視された。

「晟生さんは気にされます?」

「凄く気になるかな」

 周りの視線が残念そうなものになる。しかし――。

「ネコ耳とか可愛いだろ、触ってもいい?」

「か、可愛い! し、仕方ない奴だニャ。どーしてもってなら、触らせてやらなくもないニャ」

 そっぽを向きつつ、ミシェはつつっと近寄ってくる。どうやら撫でろと言いたいらしい。そうした仕草も含め、やっぱりネコっぽい。

「はいはい、そこまでにしとこうね」

 だが、手を伸ばす前に初乃が間に入った。さらに愛咲も説明を続ける。

「あちらで笑ってるのが、ラミア使いの彩葉さんです」

「彩葉には、さん付けとか差別ニャよ」

「ラミアというのは、蛇の下半身を持った人型タイプなんですよ。それで遠距離攻撃をメインで受け持って貰って、とっても頼りになるんです」

 やっぱりミシェの抗議は無視された。

 晟生は少しばかり哀れんだが、やはり気にしない事にした。なぜならば、やって来た彩葉の姿が素晴らしく目を惹くからだ。

 紅く大きな瞳と長い銀髪が褐色の肌に栄える魅惑的な女性である。キャミソール風のシャツに腰元には白に黒が入った制服の上着を巻いている。そんな状態のため、大きく丸みのある胸にくびれた腰のラインまでが、はっきりと分かる。

「えっと、はい。彩葉さんです、よろしくお願いしますと挨拶です」

「やあ、それはどうも何というかその……」

 晟生は頭を下げるが、背の高い彼女の大きな胸に向かって挨拶をしているようなものだ。まじまじと見つめ生唾を呑んでしまうと、横にいた初乃が片眉を上げた。

「はいはい、顔合わせは終わり。次に行こうねー」

「そうですね。次に行きましょうか」

 晟生は愛咲に背を押され初乃に手を引かれ、その場から撤去されてしまう。なんとか後ろを振り仰げば、手を振る彩葉の姿が見えた。


◆◆◆


「男の人に耳が可愛いって言われたニャ。これはどうしたもんかニャ。俺の子を産んでくれ、ニャーんて言われたら、あちしどうするニャー。困ったニャー」

 遠ざかる晟生の後ろ姿を見送り、ミシェは口元に手をやりながら悶え笑いをした。耳が動き尻尾も揺れ、今にも踊りだしそうなぐらいだ。

 その横で彩葉は自分の銀髪を指で弄り、やはり晟生を眺めている。

「なんニャなんニャ、彩葉も晟生が気に入ったかニャ?」

「うん」

「あちしも気に入ったニャ。凄く綺麗な顔で髪も綺麗で、雑誌とかで見る男の人とは随分と違うニャ。ニャー、あれならご飯三杯はいけるニャ」

「ご飯とは?」

「なんでもないニャ」

 騒々しいミシェと、物静かな彩葉。

 両者はコンテナボックスの端に腰掛け、足をぶらぶらとさせながら話し込む。装兵は自己完結型兵器で、素体コアも基本的には手入れ不要。むしろハンガーなど周辺設備の方に整備が必要となぐらいだ。しかし、それも整備担当が行うため乗り手は戦闘時を除けば意外と暇なのだ。

「でも、簡単には手が出せないニャ。残念ニャ」

「それは、どうしてだろう?」

「はいはい。考えてみるニャ、どうして愛咲と初乃だけで案内してると思うニャ? 普通なら他の連中が一緒だと思うニャりよ?」

「それは……そうかも」

 彩葉が腕組みをすれば、その大きな胸が持ち上がる。横のミシェが敗北感に打ちひしがれるほどだ。もっとも、彩葉本人は気付かず首を捻り辺りを見回した。

 希少な男が来たのだから、色めき立った者が騒いだとして、おかしくはない。けれど、実際には特段に好奇心旺盛なタイプの者が後を追っている程度だ。それもこっそりと。

「なるほど……ではでは艦長の仕込みとか?」

「そうゆう事ニャね。自分の孫を側に付けて皆を牽制、あわよくば曾孫の顔を早く見たいってとこニャね。なかなかの策士ニャ」

「艦長は悪い人ではない……にゃ」

「真似するニャ!」

 ミシェは文句を言いつつ足をばたつかせた。語尾は自信のアイデンティティに関わるため、真似を許さない。言ったのが彩葉でなければ、もっと強く文句をつけたに違いない。

「それはそれとして、積み荷が落ちたってのは幸運だったニャね。あちこち探し回って苦労したニャけど、おかげで男が見つかったなら良かったニャ」

 甲板にあった積み荷が消え、トリィワクスは大騒ぎ。その中に素体コアが封入されたコンテナが含まれると知って、全員真っ青になったのが先日の事。神魔装兵も総出となって積み荷を捜索回収し、最後に愛咲が男ごと素体コアを回収してきたのだ。

「しかし、あちしはとんでもない凄い事に気付いてしまったニャ」

「彩葉さんは分かりませんが、どんなことでしょうか?」

 大袈裟に声を潜めたミシェに、彩葉は相変わらずのペースだ。

「なんで積み荷が落ちたかって事ニャ。今までそんな事ニャかったのに、何故それが起きたか。つまり、この艦にわざと積み荷を放り出した犯人がいるからニャ」

「それは何故でしょうか?」

 彩葉は紅い瞳でミシェを見つめた。そこには少しばかり鋭さが含まれている。

 それも無理ない。ミシェの言葉は、仲間の中に裏切り者がいると宣言しているに等しい。下手をすれば皆が疑心暗鬼になりかねない内容だ。あまり大っぴらに言えやしない言葉である。

 もっとも側に居るのは彩葉だけだが。

「だって考えてみるニャ。愛咲が見つけた時、そばには神魔装兵のヒドラがいたニャ。しかも、一度は逃げたのに増援を連れて戻ってきた。それって偶然かニャ? もしかしたら、犯人と連絡を取り合って荷を受け取りに来たのかもしれないニャ」

「そうかも……ね」

「ニャーんてね。もしそんな事があれば、あの艦長が気付かない筈ないニャ」

「驚かさないで、意地悪」

 彩葉が軽く小突くと、ミシェはコンテナから転げ落ち無様に転倒してしまう。

「ギニャ-!」

 悲鳴をあげるミシェの尻尾は狸の如く膨らんでいる。

 うるさく騒々しいが、周りで作業する整備担当は気にした様子もない。ミシェの大騒ぎはいつもの事なのだ。さらに、艦に加わった晟生の存在に気を取られ浮かれているという事もあったが。

「あれ? ごめんね」

「酷いニャ! お詫びに、高級煮干しを要求するニャ」

「うん、分かった。今度用意しておくね」

「よっしゃあ高級煮干しゲットだニャ。それにしてもニャー、晟生って男はどーして積み荷の素体コアに乗ってのかニャ? しかも戦闘までこなしたとか凄いニャ」

「そうね」

「でも、謎めいた男って素敵ニャ。やっぱし、ご飯三杯は軽いニャ!」

 大声をあげるミシェの言葉に彩葉は再び首を傾げた。

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