第8話 少女に引かれて艦内探訪

 トリィワクス艦内の通路は白系に塗られ清潔感があり、所々に色とりどりの金属製扉がある。それらはいかにも堅牢そうで、陸上を航行する艦ながら水密性のありそうなものだ。所々に隔壁が設置され、どうやらそれは防火扉らしい。

 天井には何本ものパイプが複雑に入り組み、幾何学的な模様を描きだしている。

 それでも無骨な印象を受けないのは、カラフルな色が使われている事や、あちこちにヌイグルミや模造花、リボンなどで飾り付けがされているからだろう。

 頭一つは小さな初乃ういのに手を引かれ、通路を歩く晟生せおは気もそぞろであった。

 和華代わかよは嘘を吐くタイプではないし、それをするメリットもない。言っている事は間違いなかろう。しかし分からない事ばかりだ。何が何だか分からない。

 何故、あんな素体コアに乗っていたのか。

 何故、二百年近くも時間が経過したのか。

 何故、こんな姿が変わってしまったのか。

 考えすぎて頭が痛くなってくるぐらいだ。

「ねえ、どうかしたの? もしかして、婆っちゃに何か酷いこと言われた?」

「別にそうじゃないけど」

「ならいいけどさ。困ったらぼくに言ってよね。ぼく、晟生の味方だから」

 トラブルメーカーにしか思えない初乃だが、本人は真剣な様子だ。白に情熱の赤を加えた制服姿の少女はショートな髪を揺らし、振り仰いでは力強く微笑んでみせた。

「そうだな……」

 晟生は呟いて悩む事を止めた。

――ああ、止めた。

 どんなに悩もうが悩むまいが、現状は何も変わりやしない。それであれば悩んで胃を痛くするよりは、気軽に考え生きた方が幸せではないか。悩む事が面倒くさくなったという事もあるが。

「大丈夫です?」

 その声に視線を向けると、愛咲あさきの青い瞳と目が合った。白と青の制服を着た彼女は自分の長い金髪を胸元で弄り心配そうな様子だ。

「少しばかりどうするか考え事をしていただけだから大丈夫。で、ここはどこ?」

「はい、居住区画です。晟生さんの部屋は別になりますけど」

「そういや士官用の部屋って話だったかな」

「まだ準備中ですが、夜までには完了するかと。それまでは艦内を案内しますから」

 愛咲と話していると、手を引きながら初乃が割り込んできた。自分が構って貰えなくて拗ねている仔猫のような顔をしている。どうにも自分が補助だという事を忘れている感じだ。

「ちなみにだけどさ、ぼくの部屋はもう少し先だよ。晟生がどうしても入りたいってならさ。そうだね、仕方ないから特別に入れてあげてもいいかな」

「次に行きましょうか」

「そうしよう」

「ちょっとぉ、ぼくが話をしてるのに」

 初乃と愛咲はじゃれ合ったりふざけ合ったりしている。

 自分の周りで女の子がそんな事をしている事は、晟生にとって新鮮な感覚だった。しかも二人の関心と注目は全て自分に向けられている。問題の棚上げかもしれないが、周りで笑う少女たちの姿に悩みを忘れる事とした。

 連れだって艦内を案内して貰い、設備や機能などを説明されていく。

 途中で出会う乗員はいずれも女性ばかりで、やはり男の姿は全く見かけない。どうやら、ここには本当に女性しかいないようだ。

 なお、晟生が男である事は知れ渡っているらしい。

 しかも、どうやら判明した際の状況も知れ渡っているようだ。はっきりとした態度では示されないが、言葉の端々や視線などにそうした事が察せられる。微妙な温かさを含んだ目を感じるのだ。

「晟生ってば、どうしたの?」

 初乃が見上げて来た。

 どうやら、晟生の引きつった笑いに目聡く気付いたらしい。諸悪の根源が何を言うのか、といった気持ちを抑える度量が晟生にはあった。

「いや何でも無い。凄い設備だと感心していただけさ」

「でしょー。このトリィワクスってばさ、古い艦だけど凄いんだよ。いろいろ改造してあるし整備も行き届いてるからね」

「階段は?」

「あっ、ごめん。今のとこだった」

 得意そうに胸を張りウィンクをしていた初乃は階段を通り過ぎそうになり、愛咲に指摘され慌てている。二人の関係と正確がよく分かるやり取りだ。

「階段は急ですから気を付けて下さい」

 陸上を航行する艦や神魔装兵など、かつては考えられない技術が存在しているが、意外な事に上下移動は普通に階段だ。透明チューブで浮遊、または転送装置といったものではなかった。メンテナンスやコストを考えれば、やはり階段に勝るものはないのだろう。

 跳ねるようにして下りていく初乃に続き、晟生と愛咲は急な階段を手すりに手を預け下る。次の階層にいっては、通路をぶらりと散策するように歩きだす。

「ここは何人ぐらいが暮らしているのかな」

「そうだねー、今だと五十人ぐらいかな。正確な人数は……」

「晟生さんを含め四十七人ですね」

「四十七人だってさ」

 右から左に転送しただけだが、初乃は得意そうだ。今やもう手を握るのではなく、晟生の腕を抱きかかえるような状態である。子供らしく体温が高いため、これがけっこう熱い。

「あっ、ここが格納庫に行く近道なんだよ。今開けるから待ってて」

 ご機嫌な初乃はハンドルのある扉に駆け寄った。重そうなそれを両手で回していけば、各所に設置された施錠金具がスライドしていった。

「んっ、しょっと……」

 解錠はされたが、初乃は顔をしかめ金属扉を押している。

「よっと、うーん。気密が高いと気圧の関係とかで開かない時があるんだよね。ここが近道なんだけどさ、こーいう時があるんだよね」

「抜け道みたいな進み方ばっかりするからですよ。手伝いますから、もう一度頑張りましょう」

「そうだね。晟生も手伝って、皆で頑張ろうよ」

「分かった」

 晟生も扉を押すのだが、愛咲の後ろから覆い被さるような状態だ。他意はなかったが、ドキドキする程に距離が近く、しかも風呂場で見た姿を思い出してしまう。

 そんな事を考えていたものだから、大きな音をたて金属扉が開いた時は少し残念であった。

「じゃーん、ここが格納庫だよ」

 初乃は腕を広げ示した。見れば愛咲もこっそり同じような素振りをしている。

 苦笑しながら格納庫に入り、中を見回す。

 格納庫の空間は広い。トリィワクス内部の大半を占めていそうなほどで、高さも幅も奥行きもある。見上げるような天井には幾つもの照明が煌めき、その下で戦闘系車両などが並んでいる。そうした兵器類の姿は壮観だ。

 そして素体コアも端の方に並んでいる。到着した時は即座に拘束されたため、殆ど見てない。

「なるほど、随分と広い。」

「階段がもっと急になりますから。気をつけて下さい」

「確かに急だ」

 きっと緊急用なのだろう。壁際の高い位置にある扉から下へは、恐いぐらいに急な階段だ。

 慎重に足を進めつつ眺めると、端の方に黒いネットの掛かった箱やコンテナといった物資の山が見えた。他にも幾つかの資材などが置かれ雑然としている。

 その視線に愛咲が気付いた。

「交易用の物資もここにあります。いつもは、もっと整頓されているのですが今回は少し……」

「だよね。甲板に置いてあったのとか、放り込んであるもんね」

「何故か荷が落ちまして。回収したそれを急遽ここに詰め込みましたので」

 言い訳めいた口調の声を聞きつつ階段を下りきり、格納庫内を歩いて行く。

 ハンガーデッキには青みを帯びたヴァルキュリアの素体コアの他に、二体の素体コアがある。それは黒みを帯びたものと、灰色を帯びたものであった。

 着装する人間がいない状態の素体コア。

 それは、まるで甲冑や鎧が展示されているようにも見えた。

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