第7話 異世界ハーレム

 そこは、持ち物検査を行った部屋だ。

 風呂での騒動を受け、再度の事情聴取という事で晟生せおはそこに連れて来られた。膝丈まである白いシャツだけは着させて貰えた。

「あんた、男だったのかい」

 テーブルを挟んで和華代わかよは言った。

 艦長には司法警察権の他に、様々な権限があるという。いわば艦の中における絶対権力者とも言える。テーブルを指先でコツコツ叩くのは、今まさに女風呂に侵入した男の処遇をどうするか思案しているのだろう。

 向かいに座る晟生は、取り調べを受ける容疑者の如く背を丸め項垂れていた。

 何故か女の子にしか見えない姿になっていたとか、女風呂には案内されて入っただけとか、何より初乃が悪いと言いたい事は沢山ある。しかも、愛咲にとんでもない事をしてしまった。自分が親ならば、娘の顔に体液をかけた変質者がいれば八つ裂きにしても怒りが収まらぬと思う。

 問答無用でトリィワクスを放り出されないだけ温情がある。もっとも、これからそうなるのかもしれないが。

「すいませんでした。なかなか言い出せなかったので……」

 身を縮め言い訳するのが精一杯だ。

 ちらりと見れば、同席する被害者である愛咲あさきは、ほけーとしたまま挙動不審。時折、晟生を見ては大急ぎで下を向く有り様だ。そして、ある意味では最大戦犯であるはずの初乃ういのときたら、自分の手を眺めにぎにぎとしては笑っている。

 和華代が大きく息を吸った。どうやら晟生の処遇が決まったらしい

 しかし、意外にも和華代はテーブルに手をつき頭を下げた。

「とんでもない。謝るのは、こちらの方だよ。すまなかった。そりゃ、こんなご時世だからね。男だなんて言い出せなかっただろうね、嫌な思いをさせて悪かった」

「えっ?」

「そりゃね、男とばれたら大騒ぎだからね。せっかく、そんな格好で誤魔化してたってのに台無しにして悪かったよ。あんたの安全は責任を持って守らせてもらう。だから安心しておくれ」

「は? それはどういう事で」

「別に意味も何もないよ、そのまんまだよ。あたしが言うのも何だけどね、このトリィワクスに居る娘は良い子ばっかりさね。無理矢理男を襲うとか――」

「ちょっと待って、待って貰えますか」

 晟生は声をあげた。

 この分からない状況に陥って学んだ事がある。

 それは、分からない事や疑問があったら早めに尋ねて確認すべきという事だ。当たり前と言えば当たり前だが、これまでは適当に妥協し安易にすませてきた。

「どういう事ですか。男だと大騒ぎとか襲われる?」

「うん? ああ、あんたは知らなかろうね。そりゃ仕方ない」

 艦長の和華代は何度か頷いた。それは晟生が物事を知らない事をさも当然といった態度で、何故か少し違和感を感じる。だが、今はそんな事はどうでもいい。

「今の時代はね。昔に比べ子供が産まれ難い上に、男ってのは産まれ難いのさ。百人や二百人に一人ぐらいしか男が産まれない割合かね。いや、もっと悪いかもしれない。しかも身体が弱いんで、直ぐに死んじまうのさ」

 言われて晟生は気付いた。それは――トリィワクスに来てから男性を一人も見かけていない。

 素体コアの収納作業を行っていたのも、整備や点検を行っていたのも女性ばかり。もちろん、通路ですれ違っていた乗組員も同様に女性だけだった。

「もしかして、この艦には……」

「あんた以外に男はいないよ。だから男用設備もないのだがね」

「…………」

「そんなわけで、今や艦内に男が居るって皆が大騒ぎさね。浮き足立っているよ」

 和華代が腕を組み思い悩むと、そわそわしていた初乃が両手を組んだ。

っちゃ、婆っちゃ」

「だから、初乃や。こういう場では艦長とお呼びと言ってるだろ」

「うん、分かったから。それよりお願いなんだけどさ」

「ったく、本当にこの子ときたら」

 反省の色が見えぬ初乃に和華代は苦笑いをしている。

「晟生を艦に置いたげてよ。ぼくがさ、ちゃんと世話するからさ。お願いだよ」

「…………」

 まるで子供が自分の見つけた仔犬を飼おうとするような態度に、晟生は憮然となった。もしかすると、世間一般における女性の男性の対する気持ちはこれなのかもしれない。

「そりゃ、あたしはこのまま艦に置くつもりだがね、後は本人の希望しだいさ」

 問うように視線を向けられ、晟生は急いで大きく頷いた。このトリィワクスから放り出されないのであれば、それに越した事はない。しかも相手の方が引いて謝罪しているのだから尚のことだ。

 確認した和華代は満足そうに頷いた。

「それじゃあ、そういう事で決まりさ。面倒をみるのは、拾って来た愛咲に任せるつもりだがね」

「えええっ! そんなこと言わないでよ。ぼくが面倒見るから」

 初乃は両手を組み、目を潤ませながら頼んでいる。

「駄目だよ。愛咲に任せる事は変えるつもりはないよ。手伝いをするってなら止めないけどね」

「はいはい、どーせそんなだよ。手伝いで我慢すればいいんでしょ」

「拗ねるんじゃないよ」

「拗ねてないもん」

「どう見たって拗ねてるだろが、ったくまあ……とににかくだ。愛咲、頼んだよ」

 指示された愛咲は力強く頷いた。

 顔を赤らめながら晟生を見つめ、きゅっと両手を握って決意を表明する様子は可愛さがあった。それだけに申し訳ない事をしたと思う。

「それではそうですね、まず艦内を案内しましょうか」

「うん、まあ頼めるかな」

 晟生は頷いた。

 とりあえず裸の遭遇とその後の事は、短く交わした視線の中で、互いに触れない暗黙の合意形成されている。

「もちろん、ぼくも晟生を案内するよ!」

 初乃は賑やかしくも騒がしいが、晟生からすると何とも言えない心地よさであった。

 なにせ、自分の為に一生懸命なのだ。かつてここまで女の子に注目された事があっただろうか。もちろん、ない。何やら、こそばゆいような気分であった。


「ちょいとお待ち。まだ少し言っておきたい事があるさね。愛咲と初乃、あんたらは外に出てな」

 案内を開始しようとすると、和華代は晟生を引き留めた。

 その言葉に愛咲は戸惑いながら頷く。そして、残ろうとする初乃の襟首を掴んで引きずっていく。意外に扱いが雑だ。姉と妹なんて、そんなものかもしれない。

「さて……少し話しておきたくってね」

 和華代は居ずまいを正した。そして鋭い目線で真正面から晟生を見つめる。

「あんたが動かした素体コアが入っていたコンテナなんだがね、データログを調べて分かった事がある。封入から開封までの期間は百七十万時間前。あれは二百年ぐらい密閉されてたって事さね」

「そんな昔の物だったわけですか……よくまあ動いたもんだ」

 もちろん中に入っていた素体コアも劣化した様子は少しがなく、とても二百年近くが経過していたようには思えなかった。

「神魔装兵の素体コアってのは自己修復機能があるからね。特に古い装兵を古装兵って言うがね、二百年前となれば古装兵の中でも最初期だろね。うちのヴァルキュリアよりも古いよ」

「なるほど」

「それはそれとして、データログには生物のバイタルも残されていたんだよ。それも同じだけの百七十万時間分がだ。つまり、誰かが素体コアと一緒にコンテナの中に居たって事さね」

「それ普通に死んでません?」

「コンテナ内が極低温だったのさ。つまりコールドスリープで保存されていたって事だろうがね。どうだい、分かったかね?」

「それが何か……」

「おや、まだ分かんないのかい? どうしてあたしがこんな話をしたと思ってんだか」

 和華代はこめかみを押さえ息を吐いた。ちらりと晟生を見やるが、その眼差しは察しの悪い生徒を前にした教師のようだ。

「あんたが乗っていた素体コアは、百七十万時間ぶりに開封されたコンテナから出て来た。そして、それを着装していたのは誰だい?」

「……えっ?」

 晟生はそのまま和華代を見つめた。言葉の意味を考えようとするのだが理解が追いつかない。まるで、思考が理解を拒否しているかのようだ。しばらくして、ようやく口を開く。

「ベタな質問ですいませんが、今は西暦何年になります?」

「西暦二千二百年ちょいだね。正確な年号は調べなけりゃ分からないよ」

「…………」

 晟生は絶句した。

「あんた自分の事を何も考えてなかったのかい? 随分と呑気な事だけど、それとも本当に記憶喪失だったのかい?」

 どうやら和華代には記憶喪失設定などお見通しだったらしい。

「いえ……異世界に来たとばっかり思っていて」

「異世界!? 異世界ってのはあれかい? 古典文学でよく取り上げられたモチーフのあれかね。はっ! そんなのを本気で信じちまう奴がいたとはね。それこそ驚きだ」

 笑われてしまうが、しかし変わり果てた景色に未知の乗り物、ついでに身体の変化。それらの説明をつけ自分を納得させるには、異世界しか理由がつかなかったのだ。

「あたしからの話は以上さね。とりあえず、この話はここだけとしておこうかね。それと、この後の身の振り方をよく考えるといい。ただしトリィワクスはあんたの乗艦を歓迎するよ」

 和華代は晟生の肩をぽんと叩き、部屋のドアに向かって行った。

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