第5話 お金がレベルアップ
「そんなわけで、この子をうちで雇う事にしたよ。しばらくは雑用って事で皆の手伝いをさせる。何か適正がありそうだったら、そこに配属だ」
「お
「馬鹿言うんじゃないよ。配属したところで余ってる素体コアがないだろ」
「でも、素体コアは……」
「あれは運搬中の品でうちの所属でないじゃないか」
「そうでした」
素体コアを除装した際は身体にぴったりしたパイロットスーツ風の姿であったが、今は白を基調に青が入ったスカート系の制服に着替えている。周りの乗組員も同じ型の制服姿で、どうやらトリィワクスの構成員が着用するものらしい。
「どこの配属かはともかく、まずは持ち物検査をさせて貰おうかね」
それは
「別に厳密な検査じゃないよ、自分でゆっくりと中身を確認していきな。記憶喪失ってなら、そこに手がかりもあるかもしれないだろ」
「ありがとうございます」
それは気遣いなのだろう。ただし、晟生からすると意味のない行為だ。記憶喪失は全くの嘘で、これは異世界転生なのだから調べたところでどうしようもない。
鞄を手に中身を――部屋の外からバタバタと足音が響き、勢いよくドアが開いた。
飛び込んできたのは小柄な少女だ。
トリィワクスの制服を着用しているが、こちらは白に赤の色合い。そして最大の違いはスカートではなく半ズボンである事だ。ミディアムなショートの黒髪で、元気良さそうな雰囲気がひと目で分かる。入って来た勢いのまま駆け寄って来ると、テーブルに手を突き身を乗り出した。エメラルド色した瞳がキラキラと輝く。
「ねえ、新しい人が入るって本当!?」
「これ
「ごめんね、婆っちゃ」
「いつも言ってるだろ、今みたいな時は艦長とお呼び」
「はい、どーもすみません艦長殿。それよりさ、この人が初めてでいきなり素体コアを乗りこなしたって人なの? うわぁ凄いや」
キラキラとした目で見つめて来るが、それはまるで好奇心丸出しの子犬のようだ。
「ぼく、
「
「あのさ、ぼくも神魔装兵乗りになりたいわけなの。だからさ、どんな感じで上手く乗りこなせたか聞きたいの。だからさ、後でお話を聞かせてね」
「それはまあ……大した話はないですけど」
本当を言えば、自分でも何が起きたか分かってない。だから説明のしようがないのだが、この期待に満ちた目に対し断るという選択肢は難しかった。あまりにも素直で、とても友好的な様子なのだ。
「初乃、静かになさい」
愛咲がしっかりした口調で言う。ちょっとだけ厳しい顔だ。
「晟生さんは今から忙しいの。邪魔したら駄目です」
「うっ、分かったよ。愛咲姉は怒ると恐いからね、ぼく終わるの待ってる」
睨まれた初乃は頷くと、そそくさと空いた席に座る。それは愛咲の隣で、恐いと言いつつもやっぱり姉の側が良いらしい。しかし、両手をテーブルに載せ待機する様子は、まるで次の指示を今か今かと待つ子犬のようであった。
なんにせよ、これでようやく中断された持ち物検査の再開だ。そっと目線を向け会釈をすれば、愛咲は笑顔で小さく頷いてくれた。
鞄の中身は財布と情報端末があるだけだ。
「あれ、変だな……」
帰社前に完全充電しておいた筈の情報端末は、何故か完全にバッテリー切れであった。訝しがりながら、財布から確認する。もっとも入っているのは、ATMカードと各種会員証。それからレシートが何枚かと現金だけだ。
小銭がじゃらじゃら擦れる音に初乃が興味を示した。
「ねえねえ、それ何が入っているの?」
「ただの小銭だよ……ほら、この通り」
「うわっ! 十円だよ十円! しかも五百円もある! ねえ触ってもいい?」
「はっ? ああ別に構わないけど」
晟生は頷きながら何か違和感を感じた。何かがおかしい気がする。
「やたっ! 凄い、ぼく五百円に触っちゃったよ」
「いけませんよ初乃。そんな大金を玩具みたいに……」
「お姉ちゃんも触ってみる? ほら、凄いよ」
「ええっと、ちょっとだけなら」
姉妹はきゃいきゃい言いながら五百円玉に触っている。
違和感に首を傾げつつ晟生はお札を取り出した。持ち物検査という事で中身をテーブルの上に全部出し、万札を十数枚と五千円札が一枚に千円札を数枚を並べる
「まあ中身はこんなもんですね、あれ?」
晟生は気付いた。室内の空気が明らかに変わっている。
まず警戒中の乗組員と副長の沖津は息を呑んで仰け反り、初乃は息を呑んで硬直。愛咲は手にあった五百円玉を取り落とし、瞬きを繰り返すばかり。そして和華代が震える声で言った。
「あんた……その金は一体どうしたんだい?」
「えっ? まあ別に普通に入れてましたけど……」
「普通にって、こんな大金をかい!? 何を考えてるんだい!」
叱るような大声だ。
しかし晟生には分からなかった。確かに多めではあるが当月の生活費に、アパート家賃を始めとした幾つかの振り込みをするためので十万円ちょっと。どうしてそこまで驚かれるのか。
――いや、そうじゃない!
大事な事に気付いてしまった。
和華代を始めとした全員が、硬貨と紙幣を金銭として認識している。これは日本国政府が発行している貨幣であって、その他の場所で――特に異世界で――使えるものではないのだ。
「ここは日本って事なのか……」
「あん? そりゃそうだろ。日本以外で、どこだと思ってるんだい」
和華代は驚きを呑み込むと、不思議そうな顔だ。
「それなら、これ使えます?」
「そりゃ使えると言えば使えるがね。額面が大きすぎるんで、簡単には使えないさね」
「額が大きすぎて使えない?」
不思議な事を言われ晟生は訝しんだ。確かにそれなりではあるが、使えないというほどではない。ここがどこの世界の日本かは不明ながら、物価が違うという事なのだろうか。
しばし考え確認をしてみる。
「たとえば……一般的なホテルで一泊するとしたら幾らになります? 大凡で構いませんので」
それは確認のため思いついた質問だ。
思わぬ問いに和華代は面食らった様子を見せるが、それでも答えてくれる。
「ちょいと良いとこで、十銭ぐらいだろうね」
「銭……銭!?」
聞き慣れない単位に戸惑うが、それが円の下にあたる単位と思い出す。そして仕事で宿泊するビジネスホテル一泊の一万円と比較。粗々に換算すればなんとなく金銭価値が分かってきた。
「十円だと百万円ぐらいの感覚って事か? いやまさかそんな……」
愛咲が取り落とした五百円硬貨。それを初乃が必死になって拾い上げる様子を見れば、あながち見当外れというわけではなさそうだ。
しかし、それで晟生は一つの結論をつける。
ここは日本かもしれない。だが、自分の知っている日本とは違うのだ。似て非なるパラレルワールドの日本で間違いない。とりあえず通貨が使えるのであれば、積極的に使うべきである。身の安全を確保するためにも。
「とりあえず、これが使えるのでしたら……滞在費として、これをどうぞ」
「一万円って!? あんた馬鹿かい、幾らなんでも多すぎだよ!!」
和華代はひっくり返りそうな勢いで叫んだ。それも無理ないもので、金銭の比率からすれば一万円であれば十億円の価値になるのだから。
貰う側が値切るという奇妙な押し問答をして、ようやく滞在費として百円――ただし感覚としては一千万円――を受け取って貰えた。
とんでもない額のやり取りに、周りの乗組員は呆然としたままだ。
「分かった、部屋を用意させよう。もちろん士官用の部屋だよ」
「ありがとうございます」
「後は適当にしとくれ。これだけ貰っちゃあ雑用もさせらんないね。他の連中には、旅の御令嬢って事にでもしておくかい」
「御令嬢って、そんな……ああ、そうか……」
それで晟生は自分の姿を思い出した。つい忘れていたが、今は女の子のような見た目なのだ。そうなると……確認せねばならない事がある。
「すいません! 風呂に入りたいです」
晟生は和華代に真剣な顔で頼み込んだ。
「はっ!? 風呂だって? そりゃ構わないがどうしたってんだい」
「ええとまあ、髪の毛が砂埃で汚れてしまったので」
確認せねばならないのだ、今の自分の身体がどうなっているのかを。
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