第3話 ガール・ミーツ・ボーイ?

「敵接近のようです。片方の反応は先程のヒドラですね。仲間を連れ戻ってきたようです。でもどうして、そこまでコンテナにあった素体コアを狙っているという事でしょうか」

「だったら早く逃げた方がいい」

晟生せおさんは飛べます?」

「急にそんな事を言われても……そうなると。これを渡せばすむって事になったりは?」

 しかし愛咲あさきは首を横に振る。

「それは駄目です。私たちが頼まれて運送していますので、渡すわけにはいきません。ヒドラと合わせて何とか撃退するしかありません」

「さっきの双頭の蛇がヒドラなのか。あれも神魔装兵って事で人が操っているわけか」

「操っているのとは少し違いますが、まあいいです。とりあえず、ご安心を。私はこう見えましても強いですので」

 愛咲は腕組みをしてみせた。瞳には力強さがあり、口元にも頼もしげな笑みがある。しかし、ウィンクをしてくる様子は可愛らしいばかりであったが。

「晟生さんは、そのまま素体コアを着装していて下さい。それが一番安全ですから。それと出来ればコンテナの中に入っていて頂けると助かります」

「うっ……この中か……」

 先程の拘束されていた事を思い出し晟生は渋った。愛咲が戦う為に離れていく事を良い事に、そのままコンテナには入らず横に隠れる程度に留める事にする。

 自分が着装する強化外骨格のような素体コアを眺めた。

 がっしりとして堅牢そうな感じがする。見える範囲だがボディも逞しさや精悍さを感じるものだ。白色のマットな装甲は金属である事は分かるが、これまでに見た事もない素材で見当も付かない。

 そして武器らしきものはない。戦うつもりはないが、やはり自衛などのために何か欲しかった。

「やっぱりコンテナの中に入るべきか――」

 そこで閃光が迸しり、晟生の思考は遮られた。

 雷光のように眼を灼く鋭さに顔を上げれば、向こうの岩山の傍でヴァルキュリアへと姿を変えた愛咲が双頭の蛇であるヒドラと戦っていた。巨大な質量同士が激突し、打ち叩き地を踏みつける激しい争い。

 再び閃光。それをなしたのは新手の不気味な姿の女だ。髪の毛は生きた蛇のように蠢き、背には翼があって下半身は馬。頭上に掲げた手から放たれるのが、雷光のような攻撃だ。ヴァルキュリアは俊敏に跳びはね回避するが、され気味で明らかに苦戦している。

「あいつは何だ」

 疑問を呟くと、不気味な女に引出し線の表示がされた。

 ゴルゴーンとあるそれは実際に現れたわけではないようだ。驚き手をやれば手の内側に見えている事から考えると、何らかの方法で晟生の目に投射されているらしい。それを行っているのは素体コアで間違いないだろう。

 見ているとゴルゴーンと目が合った。いや、そうではなくこちらを見て迫ってくる。

 耳元で鋭い音が響くが、考えるまでもなく危険を知らせるものだ。

「ちょっ!? こっちに来てる!」

 下半身が馬だけあって驚くほどに早く、もう本当に直ぐ目の前だ。どうする事もできずにいると、その伸ばされた巨大な手が視界いっぱいに広がり全身に衝撃がはしる。そして世界が激しく揺れた。

 掴まれていた。

「ど、どうすればっ!」

 素体コアが締め付けられ装甲が軋む音が辺りに響く。

 切羽詰まった音が耳元で響くが、それを聞くまでもなく苦痛が押し寄せてくる。本気ではないだろうが装甲の歪むのか鈍い音が響き、それが恐怖と混乱をかき立てる。

――マズイ、マズイマズイマズイ!

 晟生は混乱の極致にあった。

 突然に荒野にいた事も、素体コアと呼ばれるものに乗っていた事も。こうしてゴルゴーンに掴まれている事も、何がどうしてこうなったのか分からない。

 息が浅く短く早くなる。

 理解出来ない事象の連続と、迫る死による強く激しいストレス。

 頭が熱くなり、響くような頭痛とめまい。鼓動は激しく手は震え、額には汗が流れる。呼吸の仕方さえ分からないまま繰り返す激しい息遣い。完全にパニック状態だ。

「うああああああああああっ!」

 感情が臨界を越えた瞬間、そのベクトルが変化した。

 受け入れがたい状況に迫る危機。それらを解消しようと、恐怖は怒りへと変わる。激発した感情は晟生の意識を白く染め、白としか言い様のない飽和した感情が全ての意識を塗りつぶし――切り替わった。

 次の瞬間、晟生は地面を素足で荒々しく踏みしめた。高い位置の視界から周囲を見渡し、吹き寄せる風と照りつける強い日射しを肌に感じている。

 喉の奥で怒りの唸りをあげれば、傍らにあのゴルゴーンが転倒していた。

 先程まで素体コアを握っていた腕は吹き飛び、胴体に大きな裂傷を負っている。その状態でありながら、まだ起き上がろうと手足を動かし地面の上を這っていた。

 傷ついているが、まだ恐ろしい力を持っている。

 だが――晟生には分かっていた。今や自分には、それ以上の力があると。

 身体の奥底から込み上げて来る力はとてつもなく、鋭く足を蹴りだせば重い感触。爪先がゴルゴーンの腹にめり込んだ。相手は浮き上がり、小岩にぶちあたり転がる。

 這って逃げようと手足を動かす相手に一歩を踏みだし、晟生はわらった。

 死の恐怖を感じさせた相手へは報復をせねばならない。

 無造作に手を伸ばし頭を掴み持ち上げる。蠢く髪が纏わりつき張り付くが、そのまま手に力を込めていく。みしみしと音が響いていき、ついには完全に手を閉じる。頭部が弾けると同時にゴルゴーンの全身も霧散した。

 そこから女性らしい体つきの装甲の素体コアが現れた。ヘルメット状の頭部には恐怖に歪んだ女の顔が見え、ふらつきながら滑るように離れていこうとしている。

「はっ、逃がすとでも思っているのか?」

 晟生は薄い笑いを浮かべていた。

 自分の感じさせられた恐怖を味わわせるべく地を蹴り追う。瞬く間に追いつくと逃げる素体コアの胴体を掴み取った。獲物となったそれを空に掲げてやり、ゴルゴーンの頭部と同様に少しずつ力を込めていく。

 素体コアの女は手足を振り回し暴れている。

 その恐怖と絶望の顔が心地よく残虐な気分に浸る晟生であったが、背中に衝撃を感じた。

「ん?」

 それは双頭の蛇ヒドラであった。必死な様子で頭突きを繰り返すが、どうやら仲間を助けたいらしい。なんと健気なことだろうか。

 晟生は素体コアを傍らに放り出すと、二つある蛇頭を握りしめる。そのまま左右に両手を広げ思いきり引き裂いた。それでヒドラの全身が霧散し、やはり素体コアが現れた。

 トドメを刺してやらねばならない。

「晟生さん、そこまでです」

 愛咲の声聞こえ、青い鎧のヴァルキュリアが目に入る。

 味方であって信じられる相手。安心出来る存在を認識した事で晟生は我に返った。恐怖を元にした感情は、それで収まりだす。同時に込み上げていた力も消えていった。熱い風に埃っぽさが鼻をつく。何故か辺りに血生臭さが漂っているように感じられた。

 その隙に素体コアとなった二体の敵は逃げていくが、今は興味もない。

 強大な力を感じていた身体が縮小するように思え、不意に視界が低くなる。素体コアの状態に戻った晟生はマニピュレーターの腕手頭を抱えてしまう。

 恐かったのは戦いではない。

 凶暴で残虐な感情を迸らせた自分が恐かったのだ。

 やって来たヴァルキュリアの姿が光の粒子になって消え、素体コアの状態に戻った愛咲が近寄って来る。金色をした長い髪に青い瞳の少女には、少し驚きの表情があった。

「まさか神魔を顕現させるなんて、しかも今の戦闘力……」

 呆然とした様子の呟きだ。

「あなたは何者ですか……」

「自分でも分からないよ」

「神魔装兵を起動させるなんて簡単には出来ません。いきなりあそこまで動かすなんて事もです」

「……なんだか分からないけど出来た。でも恐かった」

 晟生の泣きそうな声に愛咲は驚いた様子だ。そして、下を向いた。

「恐い思いをさせてしまって、ごめんなさい」

「いいや助かったよ。ありがとう」

 それは嘘ではない。愛咲の声がなければ自分はどうしていたのか。あの二体の素体コアを破壊し中の人間を……晟生は頭を振った。

「とりあえず、これを返すから。すぐに降りるよ」

「あ、はい。でも、少しだけお待ちを。見て下さい、迎えが来ました」

 愛咲が荒野の彼方を指し示す。

 立ち上る砂塵が見えた。黄土色した噴煙にも見えるそれを引き起こしているのは、何か箱のような形状をした物体だ。ゆっくりと近づいてくるが、それは巨大さ故にそう見えるだけで、実際にはかなりの速度であろう。

 それは――船だ。

 より正確に言うなれば戦闘用の船、つまり軍艦だ。舷側に二基ずつ単装の砲が設置され、映画などでおなじみの接防御火器CIWSっぽい白い円筒形がやはり二基ずつ見える。

 近づいてくる船からは重厚なエンジン音が響いてきた。

 その威容は圧倒的で、晟生は子供の頃に見た自衛隊の艦船を思い出していた。記憶にあるそれよりも小さい。そして流線型を帯びた形状をしている。

 そして何より――どういった仕組みかは不明だが、地上から浮遊しているではないか。

 呆然として見つめる前で、陸上を航行する船は徐々に速度を落とし停止。地響きと共に着陸すると風圧が押し寄せ素体コアを揺らした。

「強襲揚陸艦トリィワクスにようこそ」

 愛咲は微笑んだ。

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