第36話 『勇者』の力

 リアも錆びた剣を抜いた。ここで何もしないで斬られるほどリアも馬鹿ではない。守りたい。どうしても、トラマルの想いを守りたかったのだ。



(トラマル。あんたが私のことをどう思っているのか知らないけど、私は、あんたのこと、嫌いじゃなかったかも。それに、私はあんたに助けられてばかりだったもんね。だから……)



 メリルの予想に反して、リアのほうからメリルに接近してきた。



「今度は、私があんたを助ける番よ!」



 リアの剣がメリルを襲う。上から下に、力任せに振り下ろした。



「素直すぎます」



 メリルはリアの剣の側面を弾き飛ばし、軌道を変えた。その衝撃で、リアは体勢を崩してしまう。



「視野も狭いです」



 メリルは足払いを仕掛け、リアを転倒させた。何とか剣を落とさなかったが、かなりの隙が出来てしまった。そして、その隙を見逃すほどメリルは甘くはない。聖剣の切っ先が、起き上がろうとしたリアの目の前にあった。



「そして、何よりも弱い。その弱さは罪ですよ。リアさん」


「くっ」



 リアは無理やり体勢を変え、メリルの聖剣を蹴り上げた。この反撃も予想していたのか、メリルは特に驚きもしないで後退する。



「なぜ『勇者』の称号を捨てようとするのですか? リアさんも、仮にも『勇者』ですよね? 真の『勇者』になれば、国中から尊敬されます。何不自由なく生活が出来ます。このチャンスをみすみす見逃すのですか?」


「『勇者』、『勇者』って、気軽に言わないでよ!」



 リアの剣がメリルに迫る。だが、メリルはリアの剣の下をかいくぐると、その勢いのままリアの胴を薙ぎ払った。



「うっ!」



 鮮血が飛び散る。手加減されたためか、致命傷にはならなかった。



「『勇者』は『勇者』ですよ。リアさんは、『勇者』に何か特別な想いでも?」



 リアは斬られた左わき腹を押さえながらメリルを睨む。



「『勇者』ってのはね。誰かを守るために存在するのよ。それなのに、あんたは何? 奪うために戦っているじゃない。それが、『勇者』のすることなの?」


「〈影の一族〉は人々を苦しめます。レオ王国に復讐しようとしているのですよ? これが、誰かを守るためではないと?」


「トラマルは!」



 リアの声が一際大きくなった。



「トラマルは……。誰かを苦しめようとか、レオ王国に復讐しようとか考えていない。ただ、昔の約束を守ろうとしているだけだった……」


「リアさん。まさか、〈影の一族〉の言葉を信じたんですか? そんなの、嘘に決まっているじゃないですか」


「嘘じゃない! あの目は、嘘をついている目じゃなかった!」



 今度はメリルから仕掛けた。リアは受けてたったが、もともと力量に差がある二人だ。メリルがリアの横を通り過ぎたときには、リアは頬、肩、膝……全身が細かく傷つけられていた。



「うぐっ!」


「そこまでほだされましたか。馬鹿だ、馬鹿だと思っていましたが、まさかここまで馬鹿だとは思いませんでしたよ」


「あんたも、私のことを馬鹿にしていたってことね」


「レオ王国のみんなが言っていることです。こうやって話しかけているだけ、私は優しいほうだと思いますよ?」


「そんなやさしさ、いらないわよ」



 リアは頬から流れ出ていた血を拭った。赤い線が、頬を染める。



「遠慮しないでください。私は……慈悲深いですから」



 リアとメリルは同時に剣を構え、そして地を蹴った。リアの剣が薙がれる。だが、メリルはそのリアの攻撃を下から掬い上げるように弾きあげた。リアの正面はがら空きになる。



「これが、慈悲です」



 メリルの拳がリアの腹部に突き刺さった。リアは胃液を吐きそうなりながら悶絶する。だが、メリルの追撃は止まらない。顔、腕、足、腹……。メリルは聖剣を使わずに、体術だけでリアを痛めつけた。そして、耐え切れずに、リアは剣を落とし、両膝をつく。



「うぅ……」


「まだ意識がありますか。その意識ごと、刈り取ってみせます」



 メリルの後ろ回し蹴りがリアの後頭部を直撃した。リアは前のめりに倒れる。メリルの言ったとおり、意識が混濁した。



「リアさん。これが、『勇者』の力です」

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