第35話 『勇者』VS『勇者』

 日が傾いてきた。夕方までもう少しだ。リアは、その間ずっと何もできないでいた。



(本当に、これでいいの? 私は、このまま何もできないの?)



 リアは自分の無力感にさいなまれそうになった、そのとき。



「あれ? そこにいるのは……」



 リアの顔が上がる。そこには、金色の髪が夕日に染まった少女がいた。紺碧の鎧が赤く染まった光を反射している。手には、聖剣レグルスが握られていた。メリルだ。



「ど、どうしてメリルがここに!?」


「どうしてって……もちろん〈影の一族〉を追ってきたんですよ。ほら、私の町で捕らえたあの男以外にも、もう一人いたじゃないですか」



 トラマルのことだ。しかし、今トラマルのハチェットの丘でマリア姫の墓を作っている。自分の墓も一緒に作っているのかもしれない。とにかく、今メリルを丘の上に行かせるのはよろしくないだろう。



「え、えーと……。お、丘の上には誰もいないよ? 別のところに行ったんじゃないかなー?」



 何とも下手な誤魔化し方だろう。これならば、まだ何も言わないほうがましだった。



「何でリアさんがうろたえているんですか? それに、あの男は丘の上にいますよ?」


「な、何でそんなことがわかるの?」


「え? ほら、聖剣レグルスは〈影の一族〉の居場所を教えてくれるじゃないですか。だから、私はまっすぐここに来ることが出来たんですよ」


「それがあったかー!」



 すっかり失念していた。だが、ここで一つの疑問が生じる。



「あれ? でも、聖剣レグルスが察知できる範囲って、確か半径十メートルじゃなかったっけ?」



「え? 私は半径一キロメートルって聞きましたけど?」


「……」


「……」



 一瞬、夕闇の静寂が訪れた。



「ねえ。もしかして、贋物と本物だと、聖剣の効果にも差が出るとか、ある?」


「それは、もちろんそうでしょうね。贋物でも、出来のいい贋物と出来の悪い贋物では効果がかなり違ってくると思いますよ?」


「……」


「……」



 ここから導き出される答えは一つ。



「えーと、つまり、私が受け取った聖剣は……」


「ま、まあ、そういうことですかね……」



 つまり、リアは粗悪品の聖剣を与えられたということだ。リアへの期待値の薄さが、これだけでもわかるというものだった。



「あ、でも元気出してください。今から捕まえる〈影の一族〉は、リアさんと一緒に捕まえたことにしましょう。そうすれば、きっとレオ王国もリアさんの認識を改めてくれますよ、きっと」


「え、ダ、ダメ!」



 メリルの言葉に、リアは即座に反応した。リアにはもうトラマルを捕まえようという気持ちはなかった。あんな過去を聞かされ、同情するなというほうが無理なのだ。出来れば、トラマルの好きにさせてあげたかった。でも、死なせたくもない。だからこそ、今まで悩んでいたのだ。



「どうしたんですか? リアさん。あなたは『勇者』で、〈影の一族〉は私たちの敵ですよ? なぜ、その敵をかばうようなことを?」


「……て、敵にも、事情はあるのよ。その事情を聞かずに、ただ闇雲に倒すのは違うと思うの」


「……なるほど。同情ですか。あの男から、人情話でも聞かされましたか?」


「べ、別にそういうことじゃないけど……。と、とにかく、トラマルはダメなの! トラマルは、私が何とかするから、メリルは手を引いて!」


「ふむ……」



 メリルはなにやら考え込んだように別の方向を向いてしまった。誰かに何かの合図を送っているようにも見える。そして、合図が送り終わったのか、もう一度メリルはリアの顔をはっきりと見つめた。



「わかりました」


「え? わかってくれたの?」



 予想外の言葉に、リアの表情は明るくなる。これで、少なくともトラマルの邪魔はされない。あとは、リアが何とかしてトラマルの気持ちを生きる方向に変えればいいだけだ。……その方法はわからないが。



「ええ。わかりましたよ」



 メリルは、すっと聖剣を前に出し、切っ先をリアに突きつける。冷たい感覚が、リアの喉下に突き刺さった。



「え……。どういう……」


「リアさん。あなたは、『勇者』にふさわしくありません。今すぐ『勇者』の称号を捨てて、どこにでも行ってください」


「……ここを、退けってこと?」


「そういうことです」



 メリルはどんなことがあってもトラマルを捕まえるつもりのようだ。確かに、リアもトラマルの過去を知らなければそうしていたことだろう。だが、今は違う。トラマルの過去を知ってしまったリアは、行動しなければならなかった。



「……嫌よ」



 リアはすっとメリルと距離をとると、錆びた剣を鞘から抜いた。どうしても、ここを通らせてはいけないと思った。別にトラマルを守る必要はない。その義理もない。でも、なぜかそうしないといけないと思ったのだ。



「それは、レオ王国に対する反逆ですよ?」


「反逆でもいい!」


「……正気ですか? もう、『勇者』にもなれなくなるのですよ?」


「そ、それでも、私はあの人を……トラマルを守りたい!」



 決意に満ちた言葉に、メリルの目は細くなった。冷たい、見るものを凍えさせそうな視線だ。



「そうですか。では……」



 メリルの聖剣レグルスが、夕闇に光った。



「レオ王国『勇者』メリルの名において、『勇者』リア、あなたを断罪します!」

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