第34話 悲壮な決意

「……それから、どうなったの?」



 リアは前のめりになってトラマルの話を聞いていた。前の戦争にリアは参加していない。トラマルが話しているようなことがあったなど、聞いたことも考えたこともなかったのだ。



「想像通りだ。俺が着く前に城は崩落。姫も一緒に焼け死んだ。俺も、一緒に死のうと思ったよ。……でも、姫が残したこの七色の指輪をレオ王国のやつらに奪われるのだけは許せなかった。だから、俺は逃げた。この七色の指輪を守る。ただそのためだけに」


「……」


「あとはお前も知っている通りだ。数年の間俺は逃げ続け、何も亡くなった姫の故郷であるハチェットの丘に来た。それは、この七色の指輪を姫に返すために、だ。墓もないからな。せめて墓を作ってその中に、この指輪を埋めてやりたいんだよ」


「で、でも……、それだと、あんたが死ぬ理由はないじゃない。せっかく助かった命じゃん。わざわざ自分で捨てることもないでしょう?」


「……」



 確かに普通に考えればそうだろう。命を無駄にすることはない。トラマルほどの腕があれば、どんなことをしても生きていける。それなのに、トラマルは自らその命を捨てようとしていた。



「お前……大切なものを失くしたことはあるか?」


「……え?」



 観覧車のときと同じ質問だった。だが、今回の質問はあのときとは重さが違う。この場合の大切なものとは、大切な人という意味だ。それがわからないほど、リアも馬鹿ではない。



「お前はあのとき、失くしたなら探せばいい。それでも見つからなかったら、代わりのものを見つければいいと言ったな」


「う、うん……」


「悪いが、俺には無理なんだよ。失ったものは、もう見つからない。代わりなんて、俺にはないんだ」


「うう……。でも……。でも……」



 リアはトラマルの言葉を覆すような何かがないかと必死に探した。それでも、見つからない。このときほど、リアは自分の頭の悪さを呪ったことはなかった。



「何をそんなに慌てている。お前は、俺を捕まえに来たんだろう? 別に、死体となった俺を持ち帰っても問題ないはずだ。ついでに、シャドウ・スコーピオンのリーダーだったってことにして宿屋の主人から聖剣を返してもらいな」


「そういうことを言っているんじゃないの! 命よ!? 自分の命のことなのよ!? 何でそんな簡単に諦められるの!?」


「……すでに、死んだ命だからだよ。俺は、あのとき死ぬべきだった。それが生き残っているほうがおかしいんだ」


「おかしくない!」



 リアはすでに意地になっていた。トラマルが言うとおり、トラマルが生きようが死のうがリアには関係のない話のはずだった。だが、リアはすでにトラマルのことを知ってしまった。その姿を、その強さを、そのやさしさを……。



「ふっ。やっぱり、お前は馬鹿だな。お前の言っていることは何一つ一貫性がない。俺と出会ったときは俺を捕まえると言い、俺が死ぬときは死ぬなと言う。もう少し自分の発言に責任を持ったらどうだ」


「馬鹿でもいい! だから、トラマル……」



 いつの間にか、リアの目には涙がたまっていた。



「……死なないで」


「……」



 トラマルは急に立ち上がり、辺りを見渡した。視線の先には、大きな石が転がっている。



「あれを、墓石にでもするか」


「トラマル!」



 リアの言葉も、トラマルには届かない。ただ黙々と、トラマルはハチェットの丘に墓を作ろうとしていた。



「トラマル!」



 リアは何度も呼んだ。返事がなくても、それでも諦めなかった。死なせたくない。それが、リアの今の気持ちなのだ。



「トラマル!」



 何度目かの呼びかけに、トラマルの動きが止まった。リアも期待して、トラマルの次の言動を待つ。



「馬鹿女。お前は、もう丘を下りていろ。夕方になれば、すべては終わっている。あとは、好きにすればいい」


「え、それって……」



 次の瞬間、リアの喉下に冷たい感触があった。トラマルは一瞬でリアに接近し、影のナイフを喉下に突きつけていた。有無を言わせない。そんな気迫が感じられた。



「死にたくなければ、言うとおりにするんだな」


「……」



 情けないことに、リアは何も言えなかった。ただ、怖くはなかった。悲しかった。トラマルの過去を知り、何も出来ない自分が情けなかった。


 リアは何も出来ないまま、丘を下りていった。

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