第33話 レオ十三世

 戦場に黒い疾風が舞った。黒い疾風は次々とレオ王国の軍勢を倒していく。しかも、指揮官を集中的に狙われているので、各地で混乱が起こっていた。これも、トラマルの指示であった。



「目指すは、大将の首……。レオ十三世!」



 この戦場にはレオ王国の国王であるレオ十三世も出てきていた。トラマルが狙ったのは、そのレオ十三世の首だった。


 そして、何人もの〈影の一族〉を犠牲にしながらも、トラマルはレオ王国軍の最深部。レオ十三世がいるところまでやってきた。



「ぐわぁぁぁ!」



 陣を張っている場所で悲鳴が聞こえた。その瞬間、黒い影がレオ十三世の前に躍り出てきた。トラマルである。



「見つけたぞ。レオ十三世!」


「ほう。まさか、一人でここまで来るやつがいるとはな。お前が噂に聞く、〈影の一族〉か」


「俺のことなどどうでもいい! その首、もらうぞ」



 トラマルは自らの影でナイフを作った。レオ十三世を守るように、兵士たちが前に出る。だが、それも一瞬でトラマルに叩き伏せられた。



「邪魔だ!」



 レオ十三世の前にトラマルが接近する。レオ十三世も立ち上がり、剣を抜いた。ガキンッ、という剣戟の音が戦場に響く。



「影が、止められた!?」


「実体のない影すら斬ることが出来るという聖剣レグルス。念のため、持ってきていてよかった。命拾いしたよ」


「くっ。厄介なものを!」



 トラマルは一度退いて、体勢を立て直した。



「なかなかの気迫だが、いいのか? お前が守るものは、もう何もないと思うのだが」


「何を言って……」



 レオ十三世は聖剣で何かを指した。その先にあったのは、今まさに火炎に包まれて崩れ落ちようとしているヴァルゴ王国の城であった。



「ひ、姫!」



 トラマルの目が見開いた。まさか、ここまで早く城が落ちるとは思わなかった。部下にも指揮官を狙って戦場を撹乱しろと伝えていた。実際、戦場は混乱していたはずだ。それなのに、城は落ちた。



「これが、戦力差というやつだよ。いくら優秀な兵士がいようとも、数の力には敵わない。これこそが、真理だ」


「……」



 トラマルは呆然となった。今まで何のために生きてきたのか。マリア姫は無事なのか。そのすべてがわからなかった。



「おっと。呆けるのは早いぞ。それとも、そのまま死ぬのか?」



 気がつくと、レオ十三世が聖剣を握って突進してきていた。戦意を出そうとするが、今のトラマルにはどうしても戦意がわかない。


 レオ十三世の聖剣が、十字に空間を斬った。



「くっ!」



 トラマルの額から、真っ赤な血が流れ出る。その痛みで、多少は冷静さを取り戻した。このままではいけない。今まずやるべきことは、マリア姫の安否の確認だった。



 トラマルは、レオ十三世に背を向けて逃げ出した。



「逃げる気か?」



 レオ十三世の言葉にも、トラマルは反応しない。黒い影となって、戦場に消えていくだけだった。愛する姫の無事を願って。

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