第29話 夢の国の攻防

 トラマルとサイゾウ。二人の〈影の一族〉は、互いに傷つけあいながら笑っていた。



「クハハハハ。楽しいなぁ、トラマル。ここまで本気で戦える相手は、久しぶりだ」


「ふん。戦闘狂が。悪いが、俺は先を急いでいる。さっさとくたばりやがれ」


「つれないことを言うなよ。もっと……もっと楽しもうぜぇ!」



 黒い影と赤い影がぶつかり合った。黒い影は虎の姿をしており、赤い影は蛇の姿をしていた。『影絵』という技だ。影を実体化し、他の動物のように動かす。扱える動物はほとんどの場合が一人一つなので、その動物が本人の名前になることも多い。トラマルなどは、その一例だろう。


 黒い虎が赤い蛇の胴体に噛み付いた。炎のような体をのた打ち回らせ、赤い蛇は暴れまわる。その間に、トラマルは黒い虎を飛び越え、サイゾウに接近した。



「その首、もらう!」


「やってみろ! 火影!」



 サイゾウの右腕から炎の影が出現した。その影は、まっすぐに宙に浮いているトラマルへと進んでいく。だが、トラマルもただ闇雲にサイゾウに接近したわけではない。



「自ら道を作ってくれるとはな。馬鹿なやつだ」



 トラマルは影で作ったナイフを取り出すと、進み来る炎の影にそのナイフを突き刺した。影ならば影に触れることが出来る。その性質を利用して、トラマルは空中で炎の影を受け止めたのだ。



「ちっ。ならば、炎で燃やし尽くしてくれるわ!」


「馬鹿につける薬はない、か」



 トラマルは無数の影のナイフを出現させると、伸びきった炎の影に投擲した。等間隔に刺さったその黒いナイフは、まるではしごのように道になっている。そう。サイゾウへと近づくための道だ。



「馬鹿な!」



 トラマルはそのはしごのようになったナイフの道を進んでいく。すぐ目の前には、サイゾウの姿があった。



「お前は遠距離攻撃が得意なようだが、近距離には弱い。これで、終わりだ」



 トラマルは影のナイフを振るった。サイゾウの首元を狙った一撃だ。だが、サイゾウも〈影の一族〉の頭領候補になった男。トラマルの一撃を、避けることは出来なかったが、身をひねって急所に刺さることは避けた。



「ぐっ!」



 トラマルの影のナイフはサイゾウの背中に刺さった。炎のような真っ赤な血が、サイゾウの背中から流れ出る。



「今回は、これで勘弁しないぞ。確実に命の火を消してやる」


「こ、この野郎……!」



 サイゾウは背中に刺さった影のナイフを抜き捨てた。黒い虎と戦っていた影の蛇を自らの影に戻し、気合を充足させる。トラマルのそれに倣って、黒い虎を元の影に戻した。そのときだった。



「あなたたち、そこまです!」


「ん?」


「あ?」



 トラマルとサイゾウが声のする方を見てみると、そこには金髪で紺碧の鎧を身にまとった少女が立っていた。ご丁寧に倒れた観覧車の上という高いところに立っているので、まるで正義のヒーローが登場したようだった。



「誰だ、お前は」



 トラマルがサイゾウを警戒しながらも、現れた少女のほうに意識を向ける。



「私はメリル。レオ王国の勇者候補筆頭にして、夢の国の支配者。私の夢の国での狼藉、これ以上見逃すわけには行きません! 今すぐここから立ち去ってください!」


「……」


「……」



 トラマルとサイゾウは思わず呆けた顔で見詰め合ってしまった。急に現れたこの闖入者を、どうすればいいのだろうか。



「サイゾウ。やる」


「俺が相手しろってのか!? お前がやれよ。女の相手はお前のほうが得意だろう!?」


「勘違いされるような言い方をするな! 俺はただお前よりも少し女と話す機会が多いだけだ!」


「あー。そういうこと言う? 今、お前は全世界のもてない男を敵に回したぞ。知らないからな。俺は知らないからなー」


「こっちが知るか。それに、お前キャラ変わりすぎだろう」


「お前にもてない男の気持ちがわかってたまるかぁ!」



 言い争いを始めたトラマルとサイゾウを見て、メリルは呆けたように大きく口を開けてしまった。せっかく意気込んで来てみたものの、いたのは怪しい服装の男たち二人。しかも、その二人は仲よさそうに喧嘩を始めてしまったのだ。



「と、とにかく!」



 メリルは聖剣レグルスを鞘から抜いた。



「二人とも出て行って……。え?」



 メリルは一瞬固まった。聖剣レグルスを持った瞬間、わかったのだ。



「……二人とも、〈影の一族〉ですか」


「……!」


「……!」



 メリルには影で戦っているところを見られていない。もちろん、自ら素性を明かしたりなどもしていない。それなのにトラマルとサイゾウの二人が〈影の一族〉だと見破られた理由は……。



「その剣、聖剣か!」



 リアが持っていて、今は宿屋の主人に預けているはずの聖剣がなぜここにあるのかわからなかったが、この状況はよろしくない。メリルは『勇者』と名乗った。それならばメリルの目的というのは……。



「レオ王国国王の命により、〈影の一族〉である二人を捕縛します。大人しく投降してください!」


「ちっ。やはりこうなるか」


「厄介なことになりやがって」



 サイゾウは地面に唾を吐くと、戦闘態勢に入った。



「俺はこいつとの決闘があるんだ。外野は黙ってな!」



 サイゾウは高々と跳び上がり、メリルの上をとった。〈影の一族〉の身体能力の高さがあるからこそ実現可能なジャンプ力だ。それでも、メリルは顔色一つ変えない。



「まずはあなたですか」


「消えな。我が名はサイゾウ。〈影の一族〉として命ずる。その赤い鎖で絡めとられた呪縛を解き放ち、我の血肉となり踊り狂え!!」



 サイゾウの両手から飛び出した赤い影は炎を身に纏いながらメリルに向かって直進する。だが、メリルは避ける気配を見せない。聖剣レグルスを構え、サイゾウの赤い影が来るのをじっと待っているようだった。



「馬鹿め。剣で影を斬れるかよ。そのまま燃え尽きな!」



 メリルの目の前に燃え盛る赤い影がやってきた、その瞬間、メリルは流れるような動きで聖剣レグルスを動かした。そのあとには、細切れになって闇夜に消えていく赤い影が残った。



「な、何!?」


「聖剣レグルスは邪悪なる影を滅ぼすために造られた聖剣。この剣にかかれば、斬れない影などありません!」



 メリルが跳んだ。今度は落下してくるサイゾウに向かって、メリルのほうから接近したのだ。サイゾウはもう一度『火影』で攻撃しようと試みる。



「サイゾウ、違う、避けろ!」


「あ?」



 何を言っているのか。サイゾウはトラマルの言葉を無視して、『火影』を使った。たとえ『火影』を斬られることになっても、目くらましにはなるはずだ。その間に着地して、態勢を整える。それでいいはずだった。



「……甘いです」



 メリルの聖剣が、空間を裂いた。その瞬間、サイゾウの血が夜空に舞った。



「が……はっ!」



 意味がわからない。サイゾウはそんな顔だった。距離はあったはずだ。『火影』で目くらましもした。それなのに、なぜ自分は炎のような真っ赤な血を流して惨めに地面に跪いているのか。



「剣戟も、高速で振るえばとばすことが出来ます。距離があるからと言って、油断したあなたの負けですよ。サイゾウさん」



 着地したメリルはサイゾウの喉下に聖剣を突きつけた。もはや指一本も動かすことが出来ない。完全に、サイゾウの敗北だった。


 同時に、トラマルのピンチでもある。



(明らかに、リアとは『勇者』としての格が違う。サイゾウといい勝負をしていた俺では、こいつには勝てない、か)



 状況を冷静に分析し、トラマルはこの状況を打破するための策を考えていた。だが、現状ではどうすることも出来ない。何か、何かアクシデントでも起こってくれれば話は別なのだが。



「ト~ラ~マ~ル~!」


「リアか! 俺も、悪運は強いらしいな」



 リアは走ってトラマルのもとまでやってきた。そのリアに追いつかれないように、トラマルも一緒に走り出す。



「ええ!? 何で逃げるの? 私だよ? リアだよ!?」


「知っているわ! とにかく、何も言わずにそのまま走れ。この町から脱出するぞ」


「え!? でも、まだメリルに別れの挨拶を……」



 そのとき、リアの視界にメリルが入った。リアは思わずその場で急停止してしまう。



「あ、メリル」


「リアさん! その男から離れてください。その男は、〈影の一族〉です!」


「うん。知っているわよ」


「……え?」



 想像していなかった答えに、メリルの思考は一瞬停止する。その間に、トラマルはUターンをして来てリアの襟首をつかんだ。



「ぐえっ!」



 トラマルはリアを片手で持ち上げ、盾にするように自分とメリルの間に挟んだ。



「リアさん!」



 メリルは聖剣を握ったが、リアを人質にとられているようで攻撃ができない。下手に攻撃をしてしまえば、リアも傷つけてしまうからだ。



「くっ。リアさんを盾に……!」


「ぐ、ぐるじい……」



 トラマルはそのままリアを盾にしてビュレットの町を出て行った。メリルは、壊れたビュレットの町やサイゾウを放っておくことは出来ず、追撃を諦めた。



「……ふふっ。厄介なことになりましたね」



 そういうメリルの顔は、なぜか楽しそうに笑っていた。

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