第8話 奪われた聖剣

 リアは自分で目を覚ます前に宿屋の主人に起こされた。ベッドに横たわっている体を揺すられ、その寝ぼけ眼で宿屋の主人の顔を確認する。その表情は、どう見ても好意的にリアを見ているようには見えなかった。



「お、おはようございます?」


「おはようございます。これ、どういうことでしょうか?」



 宿屋の主人は窓のほうを指差してリアに詰め寄った。その髭面がリアに威圧感を与える。窓は悲惨なばかりに破壊されていた。



「あ、ああ~。これはですね、あれですよ、あれ。昨日泥棒が入りましてね」


「嘘をつくなら、もう少し上手な嘘をついたらどうですか?」


「嘘!? いや、嘘じゃないですよ! 本当に泥棒が入ったんです!」


「では、何を盗まれたのですか?」


「あー……」



 盗まれた物はない。怪我もない。あるのは、破壊された窓だけだった。



「いや、でもですね。盗まれたものがないから私が壊したってことには、ならないんじゃないですか?」


「あなた以外に、誰が壊したと判断すればいいのですか?」


「ど、泥棒……」



 議論は平行線になりそうだった。宿屋の主人は、大きなため息をついて部屋を出ようとする。



「え? もう、いいんですか?」


「ええ。もういいですよ。もう、あなたと話すことはありません。近くの駐屯地に警備兵がいるので、その人たちにあなたを引き渡すことにしました」


「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ! な、何でですか!?」


「器物破損。十分に犯罪ですよね?」


「泥棒だから! 本当に泥棒だから!」



 リアがどれだけ訴えかけても、宿屋の主人は納得しなかった。それどころか……。



「二階の部屋もひどい有様でしたね。あれも、あなたの仕業ですね?」


「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ! それはいくら何でもひどくないですか!? 私の部屋は、ここですよ!?」


「あなたのお連れの方が泊まっていましたよね? でも、今朝確認したら誰もいませんでした。宿屋に残っているのはあなた一人だけ。責任は、誰がとるべきでしょう?」


「私!? 私なの!?」


「はい。あなたです」


「泥棒だから! それも泥棒の仕業だから!」


「何でも泥棒のせいに出来ると思ったら大間違いですよ」


「本当なのに……」



 リアの目には、いつの間にか薄っすらと涙が浮かんでいた。



「うう……」



 リアは頭を抱え、考え込む。こうなれば、出来ることは一つしかない。



「私が、その泥棒を捕まえてきます! ですから、警備兵に突き出すならその泥棒にしてください」


「そんなことを言って、逃げるつもりなんじゃありませんか?」


「違います! 天地神明に誓って、私は逃げたりしません!」



 リアと宿屋の主人は睨み合う。そして、宿屋の主人が折れたようにため息をついた。



「わかりました。それでは、三日。三日だけ猶予をあげましょう」


「ほ、本当ですか!?」



 リアは希望に満ちた瞳をキラキラとさせた。



「ただし!」



 宿屋の主人はリア枕元に置いてあった聖剣を持ち上げる。



「これは、預かっておきます」


「ええ!? それ、王様からいただいた大事な聖剣なんですけど!?」


「大事なものなら、失いたくないですよね? がんばってください」


「……はい」



 折れていたとしても、聖剣は聖剣だ。それを失ったとあっては、もはや言い訳も出来ないほどの失態である。リアがレオ王国に戻れる日は一生来ないだろう。


 リアは半日遅れで、トラマルと同じ侵入者を追うことになった。

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