第7話 仮面の侵入者
ガタガタッ、という音が聞こえた。夢の中にいたリアは、その音に気づかない。
もう一度、ガタガタッと窓が揺れる音がした。今度は、リアの口から声が漏れる。だが、それでも目は覚まさなかった。
さらに、ドスンッ、という音が聞こえた。誰かが窓から部屋の中に侵入してきた音だ。さすがのリアも、これには多少反応した。
「ふにゃ?」
リアが目を覚ました瞬間、月明かりを反射して闇の中で光っているものが見えた。その鋭い光は、リアの寝ぼけた頭でも数秒後にナイフから月明かりが反射されたものだと認識できた。
「ふにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
大声をあげたリアの口を、侵入者はナイフを持っている手と反対の手で押さえた。リアは目を白黒させて侵入者の顔を見る。
(か、仮面!?)
侵入者は、顔上半分が隠れるような仮面を被っていた。露出している顔下半分も布で覆われている。体も紺色の外套を羽織っているために、特徴らしき特徴はない。
リアは体をひねり、寝ている体勢から無理やり蹴りを繰り出した。侵入者はその攻撃に驚いたのか、手を離して後ろに跳び退る。
「女の子の部屋に夜這い? 私、そういうのはノーセンキューなんだけど」
リアは枕元においてあった聖剣を掴み取り、鞘から抜き出した。しかし、ここで致命的なミスに気づく。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!そうだ、聖剣、折れてたんだったあああああああああああああああああああああああああああ!」
折れた剣では、まともに戦うことは出来ない。それもこれも、すべてトラマルが悪いのだ、とリアは思った。
「くぅ~。あの男、こんなことになることも見越して聖剣を折ったのね。何ていやらしいやつ!」
トラマルが聞いたら、すかさずツッコミを入れそうなセリフだった。トラマルは確実にこんな状況を想定していなかっただろう。ここまで予想して行動していたとしたら、それはもはや神である証拠にもなりうる。
聖剣は使えない。部屋は狭く、逃げ道も侵入者によって防がれている。絶望的な状況だった。
(私、体術は得意じゃないんだけどなぁ……)
リアは折れた聖剣を鞘に戻し、拳を構えた。だが、手足が震える。このような状況で、かよわい女性が出来ることは多くなかった。リアがかよわい女性かどうかは置いといて。
「ん? 何か、とても失礼なことを言われた気がするわね」
そして、仮面の侵入者が地を蹴った。
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! こないでえええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
侵入者のナイフがリアの目の前まで来た、その瞬間。
「うるせえええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
部屋の窓が割られ、誰かが叫びながら入ってきた。その誰かは仮面の侵入者を突き飛ばし、リアの目の前に立った。
「近所迷惑だ。もう少し静かに寝られないのか、お前は!」
「ト、トラマル!」
現れたのは、トラマルだった。
「た、助けに来てくれてのね!」
「違うわ! こんな夜中に叫び声をあげていれば、文句の一つも言いたくなる! もう少し周りの迷惑も考えろよ!」
「そ、それはあいつに言いなさいよ。あいつが乙女の部屋に侵入してこなければ、私だって可愛らしい叫び声をあげたりしなかったわよ」
「こっそりと自分の叫び声が可愛らしいとかいうな! 大体、お前、『勇者』なんだろう? なんでこんなザコ相手にピンチになっているんだよ!」
「そ、それはあなたが聖剣を折るからでしょう!?」
「折ったのは昼間なんだから、昼間のうちに代わりの剣を用意しておけよ! その程度の頭も働かなかったのか!」
「……ああ、なるほど」
リアはポンッ、と手を叩いて納得した。考えてみれば、その通りだった。そのリアの様子を見て、トラマルは天を仰ぐ。
「本物の馬鹿だな、お前」
そこに、吹き飛ばされた仮面の侵入者がこっそりと近づいてきた。トラマルの後ろに忍び寄ったその侵入者の手には、ナイフがしっかりと握られている。よく磨がれており、切れ味がよさそうなナイフだ。
「トラマル、危ない!」
「あ?」
仮面の侵入者がトラマルの黒い背中にナイフを突き刺した。ナイフはトラマルの背中に突き刺さり、侵入者が笑ったような気がした。実際は仮面で覆われた顔は笑ったかどうかははっきりししない。だが、少なくとも手ごたえはあったようだった。
「トラマル!」
「いや、何度も呼ぶなよ。わかっているよ」
意外にも元気そうなその声に、リアだけでなく、仮面の侵入者も驚いた。普通なら痛みに悶え苦しむところだ。それなのに、苦しむどころか涼しい顔で汗一つかいていない。はっきり言って、異常だった。
「自分の部屋でも言ったんだが、まあ、一応名乗っとくか」
トラマルは目を瞑り、意識を集中させた。
「我が名はトラマル。〈影の一族〉として命ずる。その黒い鎖で絡めとられた呪縛を解き放ち、我の血肉となり踊り狂え!!」
その言葉を発端に、トラマルの影が膨張した。その噴出した影に吹き飛ばされ、仮面の侵入者は一気に部屋の壁際まで後退する。
影はトラマルの背中にあった。ナイフも、その影が防いでいたのだ。
「さて、仮面の男。いや、女の可能性もあるか。まあ、どちらでもいい。お前、無事に帰れると思うなよ?」
仮面の侵入者はトラマルを警戒しながらゆっくりと窓際へと移動していく。ジリジリと追い詰められるように移動するその姿は、もはや獲物を狩る狩人ではなかった。追われる獲物、そのものだ。そして、破られた窓をさらに破壊するようにして獲物は宿の裏庭へと飛び出していった。
「……逃げたか」
「逃げたか、じゃないわよ! 追わないの!?」
「追ってどうする。俺はただ静かに寝たかっただけだ。強姦を追っ払ってやっただけでもありがたく思うんだな」
「それは、そうだけど……」
リアはチラリと仮面の侵入者が逃げていった窓の外を見た。夜風が入り込んで壊れた窓をガタガタと揺らしている。もう当分この部屋は使えないだろう。
「じゃあ、俺はもう寝るからな。今度騒ぎを起こしたら、まずお前から殺すからな。馬鹿女」
「馬鹿女言うな!」
トラマルはドアから部屋の外に出ると、階段を使って二階に上っていく。その足音だけが、リアの耳に届いていた。
「……まったく。もう少し気の利いた言葉を言えないものかしらねー。そうすれば、私が殺すときにも手加減をしてあげるというものなのに」
リアは聖剣を再び枕元に置くと、ベッドの中に入った。今度こそゆっくりと寝ることが出来る。そんなことを夢見て……。
「何じゃこりゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「うわあああっ!」
二階から聞こえてきた絶叫に、リアは思わずベッドから転がり落ちてしまった。とりあえず意味があるかはわからないが、聖剣を手にとって声のした二階へと駆け上がった。
「どうしたの!?」
リアが声のした部屋、トラマルの部屋に突入した。そこは、廃墟だっった。
「……え、何、これ」
斬り裂かれたカーテン。傷ついた床。ボロボロになったベッド。すべてが、使い物にならないほど破壊されていた。
入り口のすぐ側にいたトラマルは、顔面が蒼白になっている。
「ま、まさか……」
トラマルはベッドの下にもぐりこんだ。
「……ない」
トラマルは家具を手当たり次第に動かした。
「……ない」
トラマルは窓の外を見た。
「……ない」
絶望的な顔で、トラマルは部屋の中で佇んだ。
「な、ない。盗まれた……」
トラマルは膝を折った。そこに、リアが近づいてくる。
「ないって、何かを盗まれたの?」
「俺の荷物……全て」
「……ぷぷっ」
リアはあからさまに馬鹿にした様子でトラマルを笑った。
「私のことを馬鹿女とか言っていたくせに、自分が泥棒に入られているじゃない。私よりも、ドジなんじゃないのー?」
「ふんっ!」
ドーンとトラマルはリアの脳天にチョップを食らわせる。一瞬で、リアの目の前には星が瞬いた。
「いたっーい。何するのよ!」
「どう考えても、お前のせいだよ!」
「私の? ちょっと、言いがかりはよしてよね」
「さっきの仮面のやつ、あいつは囮だ!」
「……囮?」
「考えてもみろ、こんなタイミングよく同じ場所で泥棒が二人も入ると思うか? 考えられるとしたら、俺がお前を助けている間に、俺の部屋が狙われたんだよ!」
「ああ、なるほど」
ポンッ、とリアの手が叩かれる。
「まだ遠くには行っていないはずだ」
トラマルはすぐに外出の準備をしだした。時刻はもう夜の二時を回っている。
「へ? 今から行くの? 朝になってから待ったほうがいいんじゃない?」
「待てない」
「そんな高価なものが盗まれたの?」
「大事なものだ。俺の、命よりもな……」
トラマルは唇を噛んでいた。こんなトラマルは初めて見た気がした。
(まあ、今日会ったばかりなんだから当たり前なんだけど)
トラマルはリアのことなどは無視して、さっさと部屋を出て行ってしまった。破壊された部屋に残されたリアは、このあとどうすべきかを考える。眠い。
「……とりあえず、寝よう」
トラマルのことよりも眠気を優先したリアは、元の部屋に戻ってぐっすりと眠ったのだった。本来の目的である〈影の一族〉の討伐のことも忘れて。
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