7 免除4

「やはり安定した足場が必要そうだなぁ」


 日向は重量一キログラムに迫るカメラを構えていた。

 外付けモニターファインダーには女子の胸部がズームで投影され続けているが、素人が見てもわかるほどの手ブレがある。


 サボったはずの日向だが、A組チームと同様、第二グラウンドにいた。

 正確に言えばグラウンドを囲う木々の一つに陣取り、真上から覗く形で練習風景を――リレー練習を行う女子を盗撮していた。


「最小限の労力でに足る品質を撮らないといけないわけだが、これは論外だな……」


 不安定な木々の上からの撮影では、その水準は満たせない。と、日向は早々に結論を下す。


「とすると撮影場所は校舎屋上しかなさそうか」


 自体は以前から活動しており、スポーツテストの時に屋上から撮った動画はの代名詞となっている。

 カミノメの重鎮、石油王にべた褒めされてバズったのもこれだ。


 撮影できるかと言われれば、イエスである。

 しかし、当時にはないハードルが今はあった。


 自身も参加者として――それも琢磨に勝るエースとして――活躍する必要があること。

 朝から夕方近くに至るまで、と長期戦であること。

 季節が夏真っ只中であり、消耗戦になること。


 そして祐理や琢磨を始め、目を付けられてしまっていること。


「いっそのことバックれるか? その価値があるか……?」


 何度頭をよぎったかわからない選択肢を、自らに問いかける。

 別にクラスメイトの信用を落とそうが、学校の内申点を落とそうが、日向には知ったことではない。


 問題は施設長――村上烈の反応だ。


 高校を支障無く卒業することは、一種の試験でもある。

 クリアしなければ、また鎖を繋がれてしまうだろう。身体的に逃げることは容易いが、社会的に不便を被るのは目に見えている。


 優れたパフォーマンスは、安定的で邪魔の少ないノイズフリーな生活によってこそ支えられる。施設長を、施設を敵に回すことは、この土台を揺るがすことに等しい。

 今の日向に、一人きりで土台を築ける要領は無かった。


 そんな日向にとって、現実的に最も確実なルートは一つしかない。

 撮り師であることに気付かれることなく、無難に高校を卒業することだ。


「だが、ここが分岐点なのも間違いない」


 日向はカメラの向きを微調整しながら、思考に耽っていた。

 カミノメユーザーから自動追尾ホーミングと称される技術は健在で、ファインダーには変わらず女子の胸部が映り続けている。


「盗撮市場も日進月歩。早いうちにブランドを手に入れなければ、生き残れない」


 日向の目標はパルクールに没頭にし続けることだ。

 それを可能にする生活基盤を効率的に整えることだ。


 会社員として一日の大半を費やす?

 そんな生活など耐えられるはずがない。


 パルクールのプロとして社交性を振りまく?

 そんな茶番など耐えられるはずがない。


 ブログや動画で広告収入を稼ぐ?

 そんな博打など耐えられるはずがない。


 現時点での日向の手札は盗撮だ。去年一年で一千万以上を稼いだ、撮り師という裏の顔。これに注力して一生、あるいは向こう数十年暮らせる程度の資金を獲得する――

 それが直近の目標だ。


 しかしカミノメは甘い世界ではない。トップランカーとして多くのユーザーに気に入られる存在になれなければ、この目標は成し得ない。


 幸いにも、チャンスが目の前にある。

 という、新たなジャンルの創成に繋がる好機が。


「……とりあえず練習を免除させたのは正解だった」


 ため息をつき、口角をつりあげた日向は、盗撮練習への没頭を再開する。

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