2 作戦会議2

「日向くんの秘密を暴く鍵――それは間違いなく金庫にあります。ここは金庫に絞って考えてみませんか。物事をシンプルにとらえることは大切です」

「一理あるわね。どう考えても怪しいものね」


 日向の部屋には一際目を引く金庫がある。

 おおよそ高校生の一人暮らしには似つかわしくない、大型の金庫だ。


「そういえば大家に問い合わせるって話だったわよね。どうだったのよ?」


 先月、沙弥香と志乃が泊まった際に、日向調べ隊として金庫について調べている。


 日向の主張では、金庫は前の住民が残したものであり撤去不可能で、それゆえ家賃が少し安いとのことだった。

 この主張を裏付けるため、大家に尋ねてみてはどうかと提案したのが志乃だ。


 退去時には原則立ち会いを行うはずである。金庫を残っていれば間違いなく目につく。大家がこれを見逃す道理は無い。

 にもかかわらず金庫が残っているということは、前の住民が金庫を残したまま逃げたか、大家と話して容認してもらった等の可能性が考えられる。

 あるいは、そもそも前の住民が残したこと自体が嘘かもしれない。金庫は日向が設置した物で、かつ大家も言いくるめているという可能性――

 これが志乃の意見だった。


 可能性を疑えばきりがないが、大型金庫の存在は明らかに異質である。

 いずれにせよ、大家を突けば何かわかるはず、だったのだが。


「日向の言ってたとおりだった」

「前の住民についてはお訊きしたのですか?」

「連絡取りたいって頼んでみたんだけどねー。プライバシーが関わるからダメだって」

「まあそうでしょうね」

「……」


 沙弥香はあっけらかんとしていたが、志乃は顎に手を当てて考え込んでいた。


「とりあえず金庫の出自についても、いったん脇に置いておきましょう。最も知りたいのは金庫の中身ですから」

「といっても中身の想像はつかないのよね? だったらこう言い換えても良いんじゃない? ――どうやって中身を知るか」

「はい。仰るとおりです」

「アイデアを求むー」


 祐理が二人を崇めるように両手をひらひらさせる。


「アイツが金庫を開けている時に部屋に押し入るのは?」

「本棚で塞いでるから入れないね」

「力を込めても?」

「うん」


 日向が本棚で塞ぐことを忘れる可能性は誰も指摘しない。そんなへまをする相手ではないことを全員が理解している。


「押し入れにひそむのはいかがでしょう?」

「潜めないから没かなぁ」

「潜めない、と言いますと?」

「あの野郎、押し入れの戸は常に開けっ放しなの」


 沙弥香と志乃は揃って虚空を見上げた。シンクロしていたのがおかしくて、祐理は少しだけ吹き出す。怪訝な視線を「ううん」適当に誤魔化しつつ席を立ち、二人を日向の部屋に案内した。


「相変わらず、まんまね」

「ですね」


 沙弥香と志乃は遊びに来る度、一度はここに入っているが、毎度光景に大した差は見られない。間違い探しが成立するレベルだ。


 部屋の隅には、存在感を放つ大型の金庫。


 部屋の奥には、複数枚並んだディスプレイ。

 手前の長机にはキーボードとマウスが一組。足元にはPCケースが置かれ、今もランプがついている。


 入室してから振り返ると、ドアの隣に本棚があった。レパートリーは雑食的で、規則性は見えてこない。

 その隣にごみ箱と、畳まれた布団が並ぶ。


「開いてますね」


 ドアから向かって左側にはクローゼットと押し入れ。中はがらんどうだった。


「かえって怪しく見えるわね」

「ううん。施設時代からこうだったよ。ブラックボックスがむかつく、とか言ってた」

「日向くんらしいですね」


 ブラックボックスとは『中身が見えない』ことを意味するビジネス用語だ。意味がわからない沙弥香に、志乃は説明を加える。

 その間、祐理は部屋を見回っていたが、すぐに飽きたのか金庫にもたれる。

 二人の話が一段落ついたところで、


「ね、鉄壁でしょ?」

「そうね」


 言いながら、沙弥香は本棚を持ち上げようとしていたが「重っ」秒で諦めた。


「この本棚、たぶん最初からドアを塞ぐ重石として使ってるわよね」


 何の根拠も無い発言であったが、祐理と志乃は異を唱えない。


「祐理さんが引っ越してくる前に準備されたものでしょうか」

「ううん。アポ無し訪問だったから、それは無いと思う」

「……だとしたら、なおさら怪しくない?」


 本棚に三人分の注目が集まる。

 もしこれが最初から――一人暮らしを始めた段階から用意されたものであるならば、それはすなわち、このような物理的施錠ロックを必要とする何かを当時から持っていたことになる。


「厨二病の可能性もあるのではないですか。意味もなく用心な言動を振る舞うことで、あたかも秘密を探られているキャラクターになりきれるらしいです」

「日向は違うと思う」


 思いつきが否定されたことで、志乃は顔つきを険しくした。


「――であるならば、ますますきな臭いです。何よりこの本棚が、とても気持ち悪い」


 祐理と沙弥香が顔を見合わせた。おおよそ志乃から出てくる言葉ではない。


「マンガ、ライトノベル、純文小説、参考書、専門書、図鑑に写真集――。一見すると雑食に見えますが、この本棚から私は何も読み取れません。本に対する愛着や執着がまるで感じられない。普通は何かしらあるはずなんですが。重りの用途だと割り切っているのでしょうか。しかし、重りにするなら分厚い本を揃えれば済むことです。いえ、辞書や専門書ばかりだと逆に怪しいですかね……」


 志乃はぶつぶつと思考に耽り始めたが、しばらく経っても戻ってくる気配がない。

 祐理が声をかけて我に返らせた。


 三人はリビングに戻った。

 この後どうするかという話になったが、二人とも一泊することを選択。

 日向には伝えていない。祐理曰く「ささやかな嫌がらせ」。


 祐理がコーヒーを三人分、準備してテーブルに置く。

 志乃が座り、祐理も腰掛けて、最後にトイレから帰ってきた沙弥香。「いただきます」早速手に取り、口に運ぶ前に、ふと呟く。


「ねぇ祐理。カメラはどうかしら?」


 紛れもなく盗撮であるが、咎める者はいない。


「すぐに気付かれると思う。米粒みたいなカメラがあるならいけるかもしんないけど」

「日向くんの部屋はミニマリストみたいにシンプルでした。物や配置の一つ一つに意味があってもおかしくないと思います。カメラという異物にもすぐ気付くでしょう」

「ミニマリスト?」

「調べてください」


 投げやりな志乃の発言で、祐理が唐突にひらめく。


「じゃあさ、パソコンに仕掛けるのはどうかな? スパイウェアとか」

「怖いこと言うわね」


 沙弥香がマグカップに一口付ける。満足そうに顔をほころばせ、もう一口。

 志乃と祐理も手に取り、口に含んだ。祐理が施設長から銘柄を訊いて、自分で通販で購入したものである。インスタントだが、施設内でも評判の味わいは健在らしい。


「そもそもスパイウェアをつくれる人はこの中にはいません」

「そういう問題じゃないでしょ」

「冗談です」


 会話が途絶える。

 三人はしばし耳で静寂を、舌で風味を楽しんでいたが、ふと志乃が呟く。


「やはり金庫から攻めるのは難しいみたいですね」


 マグカップを置き、顔を上げて、


「別の切り口から攻めませんか?」

「と言いますと?」


 祐理がマイクのようにかざしてきた手に、志乃は顔を近付けてから言った。


「学校です。休憩時間中の日向くんを尾行するんです」

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