7 休息日7

 日向ちゃんは他の有象無象とは違う。


 元々そんな気はしてたよ。妙に姿勢が良いとか、他人から何と言われようとまるで気にする様子がないとか、オーラとでも言えばいいのかな、なんとなくね。

 ただ具体的に何が違うのか、どこが秀でているのかはわからなかったし、わざわざ調べる気もなかったよ。オレも淡白だしね。


 気が変わったのは二年生になってから。

 まずはゴールデンウィークが終わった後の日向ちゃんと沙弥香。明らかに親しくなっていた。

 傍から見たら、委員会決めの件もあって、単に沙弥香が嫌っているだけに見えるけど、オレにはすぐわかったよ。沙弥香が日向という男子を意識しているって。


 ああ、勘違いしなくてもいい。好かれてるって意味じゃない。

 沙弥香ってさ、びっくりするくらい無関心なんだよね。日向ちゃんのようなモブなんて名前さえも覚えないよ。というか、一応彼氏だったオレに対しても、まるで愛を感じなかったからね。まあ人のことは言えないんだけどね。

 ともかく、そんな沙弥香が嫌悪――というか敵意かな、誰かに向けることは珍しかった。

 ゴールデンウィークの間に何かあったのは間違いなかった。


 そんな矢先、一ノ瀬さんが転入してきたよね。しかも沙弥香と仲が良いと来た。

 オレはピンと来て、仮説を立てた。


 沙弥香には傾注している何かがあって、それは日向ちゃんや一ノ瀬さんとも無関係ではない何かで、両者はゴールデンウィークの時に初めて出会ったんじゃないか。

 そんな仮説。どう? いい線行ってる?


 ……うん、そうだね、最後まで喋るよ。


 そういうわけで早速、仮説を検証してみることにした。

 軽くつついてみたよ。そしたら沙弥香は『ゲーム』だと仰る。ゲーム好きの兄がいて、日向ちゃんは彼と知り合いで、彼の自宅つまりは沙弥香の自宅に遊びに行った――そんな設定だったかな。


 オレは一瞬、オンラインゲームかアーケードゲームの線を疑ったんだけど、沙弥香のタイプを考えて、すぐに無いなと思い直した。

 沙弥香はスポーツマンだ。ディスプレイの前に居座ったままコツコツと遊ぶタイプじゃない。たぶん、一ノ瀬さんもそうだよね。


 そう、オレは『ゲーム』とは文字通りのゲームじゃなくて、何かのスポーツを指しているんじゃないかと考えた。

 そうすれば沙弥香や一ノ瀬さんの運動神経も、その『ゲーム』で培われたからだ、の一言で説明がつく。

 オレもそれなりに鍛えてるし、センスも悪くないからわかるんだけど、あの二人は異常だよ。ただの女子高生のレベルじゃない。


 で、そんな二人が、日向ちゃんには一目置いてるわけだ。少なくとも一ノ瀬さんはぞっこんだし、沙弥香はたぶん「なんでコイツが……」って心境だね。日向ちゃんは嫌いだけど、その実力は認めているって感じ。


 そもそもを言うとさ、実は日向ちゃん、沙弥香に尾行されたことがあったんだよ。気付いてた?

 え? 気付いてなかった? 普段それだけ隠しているのに?

 ――ああ、なるほどね。たしかに、モブだったらそもそも興味を持たれるはずもないから、と警戒する労力をケチるのはアリだよね。それで墓穴を掘っちゃったみたいだけど。


 尾行の話に戻るけど、日向ちゃん、特別棟のトイレを使ったことがあったでしょ?

 沙弥香は渡り廊下で張り込んでたんだよ。オレも興味本位で一緒に待ってた。

 でも日向ちゃんは一向に出てこない。沙弥香が不審に思って、オレに見に行かせたんだよ。

 それで、見に行ってみると、もぬけの殻だった。

 沙弥香は不思議がってたけど、オレにはあたりがついていた。


 方法は二つしかない。


 心理的あるいは視覚的にあざむく手品マジックか。

 物理的に窓から脱出する身体能力フィジカルか。


 手品の線は何も思い浮かばなかったから、身体能力かな、とその時は思った。


 それからも体育とかで日向ちゃんに絡んでみたりしたけど、まあボロを出さないよね。

 日向ちゃん、みんなからネタにされてる不器用な女の子みたいな動きをよくするけど、演技でしょ? あと絶対に長袖で過ごしてるところとか、着替えの時もこそこそしてたり教室の外で着替えてきたりしてるのも、体を隠すためだよね。


 とまあ、色々喋ったけど、このあたりから総合的に判断するに、日向ちゃんはこう推測できる。


 何かのスポーツの、一流プレイヤーではないか。


 でも、その割には、渡会日向という名前は聞かないし、調べても出てこない。

 オレの想像だけど、日向ちゃんは相当な実力者に思える。全一ぜんいちでもおかしくはない。仮にそうだとしたら、マイナーであっても何かしらネットには載るはず。なんだけど、本当に、ただの一つも無かった。

 意図的に隠し続けているとしか思えない。


 これ以上、日向ちゃんからは何もわからない。

 というわけで対象を変えて、沙弥香のお兄ちゃんに向けた。

 沙弥香が一言も匂わせなかったところを見ると、こっちはおそらく有名人。幸いにも名字はわかっていて、ゴールデンウィークという時期に何らかのイベントがあったこともわかっている。


 日向ちゃん、耳貸して。

 いや、これくらいの声で周囲に聞こえないことは知ってるよ? 絶えず注意も払ってる。雰囲気が出ないだろ?


 沙弥香のお兄ちゃんの名前は『アラタ』こと新井新太。

 つまり、日向ちゃんの隠しているものは、


 ――パルクール。


 だよね日向ちゃん? 合ってる?

 ……良かった。合ってたか。違ってたらどうしようかと思った。偉そうに語っておいて恥ずかしいよね。


 え? 沙弥香? まだ言ってないよ。話したのは日向ちゃんがはじめてさ。

 他の人に言うどうかは、まだ考えてないなぁ。あ-、言いふらすつもりはないよ。そこは安心していい。オレの中で日向ちゃんは、付き合うべき人間に昇格した。友達を貶めるような真似はしないさ。

 あはは、そんな嫌な顔しなくてもいいのに。


 ともあれ、これでオレも四人の仲間入りかな?

 なんで首を傾げるの。日向ちゃん、沙弥香、一ノ瀬さん、東雲さんの四人さ。

 つまりは日向ちゃんの真の姿を知る集団クラスタ


 あるいは一目置いてる集団、と言うべきかな?

 パルクールってさ、簡単に調べてみただけだけど、自分をアピールするものじゃん? なのに日向ちゃんは全然してない。界隈の変わり者か、ひねくれ者か。あるいは天才か。そこはこれからのお楽しみだけど、とにかく、日向ちゃんは普通のトレーサーじゃない。

 そもそもこのメンツからして面白そうだし、これを見逃す手はないよ。


 ん? 面白くない? 日向ちゃんなんかとつるんだら恥ずかしい?

 冗談はやめてくれよ。春高内の人目とかいう、つまらない尺度に踊らされるつもりはない。スクールカースト頂点のオレが言うのも変だけどね。いや変じゃないか。この立ち位置に飽きたんだ。

 むしろ日向ちゃんこそ、こそこそしてないで解禁したらどうかな。誠司あたりは黙ってないだろうけど。

 なんで隠してるの? 目立って面倒くさいから? そんなの適当にあしらえばいいじゃないか。

 そうだよな。違うよな。日向ちゃんには別の理由がある。……まあそこも含めて、今後のお楽しみにしておこうか。


 はい、これで本題は終わり。

 つまりオレの用件は単純で、友達になろうって話だったんだ。


 あはは、露骨すぎて面白いね。その嫌そうな顔がなくなるのはいつだろうね。あるいはオレが離れるのが先か――


 ……ん? 深い意味は無いよ? ただの本音だ。


 だってオレは――淡白だからね。

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