6 休息日6
「で、なんで俺はお前と相席してるんだ?」
「え? 嫌だった? オレと一緒だと承認欲求も満たされるでしょ?」
「そんなものに興味はない」
「さすがだね」
琢磨がずずっとコーヒーをすする。
「褒められるものでもないけどな。淡白なだけだ」
日向らは二年F組の出し物、本格メイド喫茶に来ていた。
E組F組と言えば国際科であり、日向ら普通科とはあまり接点がない。偏差値がワンランクもツーランクも高く、女子率が高いのが特徴的で、今も賢く真面目そうなメイド姿が、気品に満ちた立ち振る舞いで接客にあたっている。
肌の露出は皆無に等しい。分厚い生地のせいで胸部も映えなければ、硬質で多重なロングスカートのせいで
しかしながら、着替えスペースがどこかにあるはずで、カメラを仕掛ければ作品になる。ここの接客風景もセットにして、こんな真面目なメイド達の生着替え、といったコンセプトが良いだろう――などと日向は考えを巡らせてしまったが、今はそんな場合ではない。
頭から追い出して、目の前のイケメンを睨む。
「日向ちゃんは飲まないの?」
「身体が弱いもんでね。嗜好品は一切口にしないと決めている」
「その割には毎日、後先考えないデブみたいにたくさん食べてるよね」
「栄養は大事だからな。あと燃費も悪い」
「ふうん」
琢磨は美味そうにコーヒーを味わっている。本格、の名前のとおりクオリティは高いらしい。
コーヒーと言えば先日、志乃とのデートで初めて飲んだが、特に感慨は無かった。そもそも味に関心がない。栄養に優れていないのならあえて飲む必要はない。
横目で何席も離れたテーブル席を見てみる。祐理と志乃はこちらを観察することもなく、会話に花を咲かせていた。
何が面白いのか、ちょうど志乃が吹き出す。直後、顔を赤くして、祐理に不満を表明した眼差し。
「ハーレムの邪魔して悪かったね」
「ハーレムじゃない」
「でも客観的にはそう見えてる。それもとびっきりの美人が二人」
「言い過ぎだ」
メイドがそばを通りがかる。声量と距離から察するに、会話も聞こえたはずだが、少し離れた隣のテーブルを片付けるその動作に乱れはない。顔面偏差値というものがあるなら間違いなく校内トップクラスであろう琢磨の存在感に、ハーレムといったパワーワードまで飛び出しているにもかかわらず。
これを「国際科だから」の一言で納得できてしまうところが、国際科という学科を物語っている。
もっとも、今が平静だからといって後がそうであるとも限らない。事実、日向は過去の盗撮活動にて、国際科女子の現実――日常風景が普通科と変わらず賑やかであることや、やれあの人がどうだの彼氏がどうだのとくだらない話で盛り上がることなどを知っている。
「それに人のこと言えないだろ。お前も沙弥香とつるんでるし、さっきも二人をはべらせてた」
「沙弥香、ねぇ……」
意味深に呟き、琢磨はもう一度コーヒーを飲む。
カップが優しく置かれる。底が見えていた。
「興味で言うなら、沙弥香はオレよりも日向ちゃんに向いてると思うよ」
「興味というか嫌悪だな」
「嫌悪も興味のうちだよ」
琢磨がテーブルに両肘を乗せ、日向を覗き込む。
いつもの軽薄な笑みはすっかり消え失せている。
「前々から気になってたんだけどさ――二人を繋いでるものって何?」
パルクール。
一言で答えるなら、そう言うだろう。
しかしこれは日向のみならず、沙弥香が隠している事情でもある。
沙弥香は実の兄、新太を好いており、第一人者たる彼の影響でパルクールにも精通しているが、学校では一切出していない。兄のことはもちろん、そこに通じるパルクールについても、パの字さえも出さない。
この様子だと、沙弥香が最もつるんでいるであろう琢磨にさえも言っていないのだろう。
「前にも言っただろ。ゲームだ。沙弥香というより、沙弥香の兄だけどな」
日向が今まで使ってきた
すると、琢磨はふっと笑った。
「悪いけど、回りくどいのは嫌いなんだよね」
「端的に答えてるつもりだがな」
「そういうのいいから。とりあえずオレの推理を聞いてもらえるかな」
琢磨は日向に興味を持っている。
そして、文化祭というこのタイミングで、遊んでいる女子と別れてまで、こうして接触してきた。
琢磨ほどの人物ならば、少し労力を割けば真実に辿り着けるだろう。
日向は観念した。
一通り聞いて、その後で対処を考えようと決めた。
途端、心持ちが一気に楽になる。日向は身体能力は神がかっているが、コミュニケーションや心理戦といった駆け引きは得意ではない。「ああ」淡白に頷いて、続きを促した。
「まず沙弥香なんだけど、オレは彼女について結構知っているつもりだよ。付き合ってたしね」
「……へぇ。意外だな」
沙弥香は一見すると遊んでそうななりだが、中身は熱狂的なブラコンである。
演技や便宜とはいえ、他の男と付き合うイメージが日向には湧かなかった。
「でしょ? 沙弥香を知っている人間なら、まさか誰かと付き合うとは思わないよね」
「そんなに知っているわけじゃないが、たしかにイメージはつかないな」
「オレが持ちかけたんだよ。世間には恋愛だとかお付き合いだとかいった人気の趣味がある。これにあやかってみたら、何か発見があるかもしれないぜ、試しに付き合ってみないかって」
多数派にとってごくごく当たり前の活動を趣味と称する琢磨。
琢磨がそっち側の人間であることには薄々気付いていたが、日向は改めて確信した。
琢磨もまた、そんな日向を理解しているのだろう。自分の発言が通じることを疑っていない。
「長続きはしなかったのか」
「しなかったね。オレも彼女も、すぐに悟ったよ。表面的になぞったところで、得られるものはないって」
「だろうな」
「だからせめてと、セックスできるよう誘導していったんだけど、まるで歯が立たなかった……って何かな、その気持ち悪いものを見るような目は。男なんてそんなもんでしょ?」
「気にするな。生理的嫌悪感をおぼえただけだ」
本当は羨望だった。
日向は女子を手玉に取る要領を持っていない。一方で、琢磨は持っている。
琢磨であれば、
これの一例が
琢磨はというと「ひどいな日向ちゃんは」まるで気にした様子もなく続ける。
「沙弥香は美人だし、スタイルもいいし、あの運動神経だから締まりもいいはずだし、体も柔らかいから色んな体位も試せる。ワンチャン狙いたかったんだけど、相手にもされなかったよ」
兄好きの変態だからな。
胸中で一言だけ感想を述べていると、琢磨は指で日向の手元を指してきた。
手つかずのコーヒーである。
「ああ、全部やる」
日向はカップをつまんで琢磨の方へと伸ばし、無音でテーブルに置いた。
無意識だったが、これがまずかったと日向は直後思い知ることになる。
「――それだけでもわかるよね」
「それだけ? 何がだ?」
「日向ちゃんは今、カップをつまんだ。そこそこ握力がないとできないし、握力60kgのオレでも好んでやろうとは思わない。普通は取っ手をつかむ」
「普段飲まないからな。知らなかったんだ」
「それでも
琢磨はカップの側面をつんつんと指で叩いていた。
「無知なものでな」
「知識の次元じゃないよ。熱いものに触れた時の行動――いわゆる反射のように、本能的で感覚的なものだ」
「鈍いもんでな」
「たぶん、日向ちゃんは分かってた。既に冷めていることに」
「……」
琢磨がコーヒーを一口飲む。「ほらね」呟いて、もう一度味わった後、カップを置いた。
「日向ちゃん、毎日色んなご飯をたっぷり持ってきてるでしょ? あれは市販じゃないし、親がつくるとも思えない。日向ちゃんは自炊している。なら、料理にはある程度詳しいはず。となれば、コーヒーという熱い飲み物の冷め具合について、知っていてもおかしくはない」
「……すごいな、その観察力」
日向は本心から感心した。
一連の行動については無自覚なところもあった。それを、琢磨は言葉で正確に表現したのだ。
「なあに。ただの暇つぶしだよ」
「さすが成績も運動神経もトップクラスなだけあるな」
「一位じゃないけどね」
「一位じゃないのか? トップクラスだろうなって気はするが」
「またまたすっとぼけちゃって」
琢磨はニッと笑みを浮かべ、手でちょいちょいと招いてきた。
日向は席を乗り出し、琢磨に耳を近付ける。
「スポーツテストの一位って、日向ちゃんだろ?」
「……なぜそう思う?」
「あはは、それ、推理小説で言えば犯人が言う台詞だよ」
何がおかしかったのか、琢磨がけらけらと笑い始めた。
さきほどの不敵な笑みとは違った、どこか子供らしさも感じさせる笑み。
男子高校生という年相応にも見えるし、琢磨には似つかわしくないようにも見える。いずれにせよ、日向が見たことのない表情だったが、すぐに引っ込められた。
「いいよ。聞かせてあげよう」
琢磨は冷めたコーヒーを飲み干した後、したり顔で語り始めた。
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