4 戦果

 スポーツテストが終了した。

 まだ昼食には少し早い時間だが、今日はこれで放課後となる。

 いつもよりも賑やかな喧噪が校内を満たす中、日向は屋上の、出入口の建物の、その天井にて、仰向けになって倒れていた。


「やればできるとは言うけど……さすがに何回ものはきつい」


 汗で全身が湿っていて気持ち悪い。

 エネルギーがごっそりと削られていて頭がぼうっとする。おそらく数キロ単位で体重が減っているだろう。それほどに頭も、体も、神経も酷使し続けた。

 体が水分と栄養を求めているが、飲料はともかく、持参したおにぎりは食せる気がしない。食べても戻してしまいそうだ。

 しかし、こんな時のために消化しやすい補給品――ゼリーも持参している。

 数袋を即行で平らげ、もう一度水分を摂ってから「ふぅ……」ようやく一息ついた。


 そこから動ける程度の回復には更に一時間を要し。

 校内から安全に出るためには、結局夜まで待たねばならなかった。


 すっかり日も暮れて人気ひとけも無くなった後、日向はスマホでガシア――学校侵入アプリを起動し、警備システムの作動状況を見ていた。

 作動が開始された――つまりは最後の教員がシステムを有効にして帰宅したのを確認後、ゆっくりと腰を上げる。


 ガシアでセキュリティを部分的に解除しながら校舎を歩く。

 目的地は保健室。女子の身体検診を収めた火災報知器型カメラ『報知くん』を回収した。


 それから校舎を出て、校門を通らずに敷地を出てから、解除した分のセキュリティを元に戻した。






 佐藤宅を訪れた日向は、今日の戦果を佐藤に差し出していた。


「――日向。欲しいものがあるなら言ってみろ。何かあるじゃろ?」


 戦果を確認し終えた佐藤は、普段の無愛想が信じられないくらいに顔を緩ませていた。


「そうですね。五億円が欲しいです。それくらいあれば一生不自由しないと思うんで」

「図々しいのう。金はやらんと言うとろうが」


 上機嫌でも信念までは変わらないらしい。


「できないとは言わないんですね」

「まあな」


 佐藤は世界的に知られるハッカーであり、また裏ではフィクションのようなことさえやってのける悪者ハッカークラッカーでもある。

 嘘ではないのだろう。もっとも、その手段は想像すらできないし、聞いたとしても理解すらできないだろうが。


「では新しいカメラをつくってください」


 日向が指差した先には、今日の午前中、50メートル走の乳揺れ撮影で使ったデジカメが置いてある。


「もう少しレスポンスの速いカメラが欲しいんですよね。特に動画の撮影開始、撮影終了前後の待ち時間オーバーヘッドが痛いです。今回もかなりギリギリでした。あとは撮影設定を、設定画面からいじるよりも素早く行える仕組みもできれば欲しいですかね」


 日向はてんで素人だが、相当無茶なことを言っている自覚はあった。

 いつもなら一蹴されていただろうが、佐藤はいつになく上機嫌だし、そもそもこの要求の必要性は今回の戦果にて示されている。

 佐藤としては断る理由はない。あるとすれば怠惰あるいは己の力不足だが。


「――仕方ないのう。つくってやるわい」


 技術者としてのプライドがそれを認めるはずもなかった。


「ありがとうございます」

「期待はするなよ。技術的に可能かどうかはまだわからん」

「佐藤さんならいけますよ。俺だって今日の動画は無理だと思ってたんですから」

「てめえみたいな怪物と一緒にするんじゃねえよ」

「俺が怪物、ですか。それはどうも?」

「……褒めとらんわ」


 佐藤はくるりと椅子を反転させて、作業に戻った。


「それじゃ俺は帰ります」

「おう。ゆっくり休めや」


 日向が帰った後、佐藤は動画の一つを開く。

 屋上からグラウンドを走る女子を捉えたと思しき動画。


「ワシはのう日向。褒めたわけでもなければ、からかったわけでもない」


 撮影についても、運動や人体についてもある程度詳しく、さらに学校の地理地形構造についてもクラッキングにより把握している。

 そんな賢い佐藤だからこそ、動画の持つ異常性が目につく。


「恐れたんじゃ」


 どう見ても、どう考えても、人間業には思えなかった。

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