6 才能

 放課後。日向は『消しゴムくん』を持って佐藤を訪ねた。

 『消しゴムくん』はSDやUSBを搭載していない。日向の力ではデータを取り出せないため、いちいち足を運ぶ必要があった。


「今回は何じゃ?」

「図書室通いの文学少女です。とりあえず足下を撮ってみました」


 早速撮影データが再生され、いきなり両足のアップが映った。


「スカートが長いのう。真面目ちゃんか?」

「ええ。学年でも一、二を争うと思います」

「時間は?」

十分じゅっぷんです」

みじこうないか?」

「この暗さですからね、鮮明に映すにはクラスCが必要です」


 動画はカウンターの下、足下で撮影されたものである。照明が届かないため、一般的に小型カメラレベルの性能では鮮明に撮れない。


 消しゴムくんにはA、B、Cと三つのクラスがあり、シチュエーションに応じて撮影性能を選べるようになっている。

 Cはハイスペックだが撮影時間が十分しかない。逆にAはロースペックだが三時間撮れる。


「正解かもしれんの。クラスBでは無理じゃったろうな――にしても、綺麗な足じゃの」


 肉付きがあまり無く、起伏にも欠ける足だった。

 動画ではわからないが、実物は儚さを感じさせるくらいに白い。好きな人にはたまらないだろうが、日向は同意を示さない。


「そうですかね。痩せてるじゃないですか」

「痩せてても綺麗じゃろうが」

「豚足や骸骨がいこつは綺麗とは言いません」

「そうかい」


 人には聞かせられないような感想を交わしながら、二人は動画を眺める。


「……動きが少ないのう」

「本読みながら当番してるだけですからね」


 画面に映る両脚はハの字をキープしたままだ。

 スカート丈は膝の大部分を覆っており、太ももが見えることもない。ここまでなら公開を渋るレベルの、つまらない出来映えである。


 そこから更に数分間、動きに欠ける両脚を眺めていた時だった。

 丈がぐいっと引っ張られると同時に、ハの字の先端が左右に開いた。


「見えた! 幼そうな無地のパンツじゃ!」

「……見えましたね」


 興奮した佐藤が要求してきたハイタッチに応じる。パンッと軽快な音が響いた。

 もう少し鑑賞が続くかと思いきや、佐藤が動画を停止させる。


「……見ないんですか?」

「続きは後じゃ」

「抜くんですか?」

「抜くかもしれんの」


 残り時間は六分。

 これ以上サービスシーンが無いことを日向は知っている。後方から志乃を観察していたからだ。無論、ネタバレをするつもりもない。


「俺は一応全部見ておきたいんですけど」

「ワークスペースにコピーが作成されとる。ワシに見えないように頼むぞ」


 日向は少し離れた席に移動し、コピーされていた動画ファイルを開く。

 佐藤の位置から見えないようディスプレイの角度を調整してから再生を開始した。


 今後の撮影方針を考えながら眺めていると、不意に佐藤が声を掛けてきた。


「のう日向。その動画、一発目か?」


 試行回数は最初の一回、つまり一度目の本番で撮れたのかという問いだ。


「そうですけど」

「お前――やばいのう」

「……珍しいですね。佐藤さんがそんな頭の悪い言葉を使うなんて」


 日向に自覚は無いが、これは神業と呼べるものだと佐藤は思っている。


 盗撮動画はえてして不鮮明だが、それは撮影中の調整が行えないことによる。

 明るい室内であれば無調整でも無難な動画に仕上がるが、そうではないシチュエーションも多い。本来はピントや調光を始め、動画の出来を左右する多数のパラメータをその場で調整しなければならない。


 今回の撮影場所はカウンター下――照明の届かない、薄暗い空間だ。調整無しに鮮明に映すことなどまず叶わないはずだった。

 かといって、足下に潜んでカメラを構えるわけにもいかない。


 このような事態に対応するべく、『消しゴムくん』のような設置型小型カメラについては、パラメータを事前に組み込めるようになっている。

 仕組みをつくったのは佐藤だが、組み込む作業は日向の仕事だ。

 盗撮場所を事前調査し、そのロケーションで鮮明に映るようなパラメータのを付けてから、組み込むのであるが――


「ワシは何回も試行錯誤トライアンドエラーする羽目はめになると思っとったんじゃがの」

「佐藤さんのおかげですよ。モノがいいから、俺レベルの調整でも一発で通るんです」

「……当然じゃ。ワシを誰だと思っておる?」


 佐藤は調子に乗ってみせたが、内心は畏怖の念さえ抱いていた。


 薄暗い場所での撮影は、本来ならカメラ越しに調整結果を目視しながら、その場で細かく微調整を重ねていくものである。

 それは素人はもちろん、プロであろうと変わらない。無論、正解に辿り着くまでの時間も短ければ、同じ正解でも鮮明さに雲泥の差がつくこともあるが、それでも一発でいきなり辿り着くことなどありえない。


 それを日向は一発で――しかも間接的な調整方法であるにもかかわらず――決めてみせた。


 ただ者ではない。


 佐藤は天才エンジニアだのプログラマーだのハッカーだのと耳にタコが出来るほど言われてきたが、自身はそこまで天才だとは思っていない。

 才能は人並以上だが、どちらかといえば努力によるところが大きい。エロを探求するために、無我夢中で何十年も技術を極め続けてきた。

 もし東大に入学できる程度の要領を持つ人間が自分と同程度の努力をすれば、自分と同程度の技術者になれるだろう。所詮はその程度だと自らを評している。


 しかし日向は違う。


 容姿に恵まれているわけでもなければ、頭も特別良くはない。むしろ不器用な部類だろう。


 一方で、その身体能力や感覚の鋭さは――常識を逸している。

 後天的な獲得によるものではない。IQ180超えや小学生で英検一級取得といった類の才能ギフトであるように感じられた。


 出会った時からそうだった。


 いつからそうなのかはわからない。


 ただ、日向が孤児であることは知っている。

 もしかすると何か特殊な環境で育ったのかもしれない。


「のう日向」

「はい」

「……指紋認証の調子はどうじゃ?」

「良好ですね。助かってます。というか今日も早速使いましたけど、スピード感と安心感が段違いですね。盗撮も捗るというものです」

「そうか。ならいい」


 喉元まで出た質問を飲み込んだ。


 詮索はしない方が良い。

 元々佐藤から『互いの素性は詮索しない』とルールを提示した。もし詮索をすれば、自分への詮索も容認せざるを得なくなってしまう。佐藤は自分の事を他人に喋るのが好きではなかった。


「佐藤さん。チェック終わったんで今日は帰ります」

「おう」


 日向が部屋を出て、家からも出たことをモニターで確認した後で、佐藤は呟いた。


「自覚は無いんじゃろうな……」

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