5 当番の裏で

「……」

「……」

「……」


 火曜日の昼休憩。

 図書委員としてカウンター当番に勤しむ日向は、居心地の悪さを感じていた。


「すいません、これ借りたいんですけど」


 声を掛けてきた生徒から本とカードを受け取り、貸し出し対応を済ませてから返す。


「……」

「……」


 後方からは今期のペアである東雲志乃しののめしのが、弁当に手を付けず日向を凝視しており。

 書架エリアからは何やら作業中の司書、山下静香やましたしずか先生がチラチラと何度もこちらをうかがってくる。


(――明らかに見られている)


 日向は姿勢良く座ったまま、全神経と頭をフル回転させていた。


 まずは志乃。

 元々図書室を利用する時もしばしば視線を送ってきていたが、単なる人見知りの挙動不審かと考え、気にも留めていなかった。

 しかし今日は露骨すぎる。理由はわからないが、注目されているとみて間違いない。


 それから山下先生。

 男子が騒ぐほどの容姿は健在で、地味な司書姿でさえも一挙手一投足が映えているが、今日はやたらこちらをチラ見している。カウンター側を向くタイミングでごく自然に見ているようだが、盗撮活動で人間観察をこなしてきた日向の目は、微かなわざとらしさを捉えていた。

 とはいえ視線の先に微妙な違いがあり、見ているのは日向一人ではなく、日向と志乃の二人であると思われる。


 図書室司書の山下と、校内一の常連である志乃。

 二人は仲が良く、利用者が少ない時は親しそうに話し込むこともある。そんな二人が一人の男子に注目している。別々の理由とは考えづらい。何かあるはずだ。


 考え込む日向だったが、結局それらしい答えは何も思い付かなかった。






 昼休憩の半分が過ぎる。

 特に志乃と打ち合わせてはいないが、前半と後半で一人ずつ当番を行い、もう一人は昼食を食べるという割り当てが自然だ。

 日向は足下、カウンターの下に置いたリュックを放置したまま、志乃の座る奥側――テーブルのある食事エリアに行く。

 志乃と一瞬目が合い、慌てて逸らされた。


「え、えっと……交代、です」


 友達がいなくて、寡黙で、特に女子が苦手――そんなキャラクターを日向はイメージして言動に乗せる。


 撮り師として制約無く行動するためにも、誰かと仲良くなることは許されない。

 昨日は山下に対し、露骨に嫌われるような台詞を投げてみたが、反応が薄かった。そこで日向は方針転換をして、普段クラスでも使っているキャラクターを流用することにしたのだ。


「……」


 志乃は無言のままこくこくと頷いて、慌てて席を立つと、弁当箱も片付けないままカウンターに向かった。

 日向は放置された弁当箱をスルーして、胸中で深呼吸する。


(――ここで志乃を盗撮してみるか? それとも今日はやめておくか?)


 最終判断を迫られていた。


 日向は早速志乃を盗撮しようと考えていた。といっても志乃という素材を活かした作品を作るのはまだまだ先の話で、まずは適当に撮ってみるつもりだった。


 準備はした。練習もした。

 最大の懸念である山下はカウンターにいない。志乃だけなら隙を突くのは簡単だ。


 あとは設置後に気付かれるリスクを容認するかどうか。


「あっ……」


 何かに気付いた志乃が声を漏らす。

 その視線は足下に落ちており、日向がわざと放置したリュックに向いていた。


(気付いたか。やるなら今しかない)


 日向は決行を即決し、「ごめんなさい」と言いながら慌てた素振りで立ち上がり、志乃のそばに近寄った。

 志乃の死角をキープしたまま、ポケットから消しゴム型のカモフラージュカメラを取り出す。


「あの、あそこの弁当は……」


 カウンター奥を指差し、志乃の視線を誘導する。

 本当ならリュックを回収する隙に設置するつもりだったが、志乃が弁当の片付けに気を取られている方がはるかに設置しやすい。


「あ、ごごごめんなさいっ!」


 志乃があたふたしながら奥に下がっていく。

 その様子を注視しながら日向は屈んでリュックを掴み、空いた手――カメラを忍ばせていた手をカウンター下で振った。

 手から放たれたカメラがカウンター前面の、その裏面に接着する。


「ゴホッ、ゴホッ」


 咳払いをして設置音を打ち消しつつ、椅子の位置を少しだけ変えた。

 志乃の居る奥側からカウンター下を覗かれれば、カメラを視認されてしまう恐れがあった。それを防ぐために椅子で遮ったのだ。


 志乃の元に戻る。入れ替わりに志乃がカウンターに進む。

 日向は座席のうち、カメラに映らない位置に座った。


 リュックから弁当箱を出し、開封しながらも、内心は緊張に満ちていた。


(気付かないでくれよ……)


 もし志乃が足下のカメラに気付いたとしても、見た目は消しゴムであるため、盗撮だと疑われることはない。

 しかし不自然であることに変わりはなく、志乃の洞察力次第ではあるものの、日向が設置したと疑われる可能性は十分あった。

 もしそうなったら、ただの消しゴムではないと勘付かれる前に――触られる前に、先に日向が回収しなければならない。

 場合によっては実力行使になる。避けたい展開だった。


「……」


 水筒からお茶をとくとく汲みながらも、志乃に全神経を集中させる。


 志乃が椅子を引き、腰を下ろした。

 隅に詰んである文庫本から一つを取って、読み始めると、そのまま身じろぎ一つしなくなった。


 日向はお茶を一気に飲み干して一息付く。


「……ふぅ」


(――とりあえず設置は完了だ)


 続く作業のため、スマホを手に取る。今朝佐藤から受け取った指紋認証でロックを解除してから、一つのアプリを立ち上げた。

 ボタンが数個あるだけのシンプルな画面。

 開始ボタンを押す。


 それは消しゴム型カメラ『消しゴムくん』の撮影開始命令だった。

 遠隔からの撮影制御という高度な仕組みであり、佐藤が開発したものである。


 日向は残りの時間も気を緩めることなく過ごし――

 昼休憩終了直前、志乃と山下の隙を突いて、カメラを回収した。

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