第31話 この手に託されたもの。
俺は何度も繰り返し読んだ二通の手紙を握りつぶした。
本当ならアズサ宛ての手紙は見せるべきだろうとは思うが、エーミルを聖人だと信じているアズサは知らない方がいいと判断した。
エーミルの本当の名は、エルヴィーノ。俺の異母兄だ。
王の愛妾を母に持ち、俺より一日早く生まれたエーミルは本来なら第一王子となるはずだったが、王家の男にはありえない強大な神力を持って生まれてきた。
この国の王となる絶対条件は魔力を持っていることだ。それは王家に伝わる文書にも明記されている。建国以来、神力を持つ者が王家の男として生まれてきたことはなかった。
不貞を疑われることを嫌った王の愛妾は息子を死産扱いにし、親族の伝手を使って銀神教の教祖に預けた。そのことは王城では公然の秘密だった。
俺は十歳の頃、異母兄がいると知って、度々教団施設に忍び込んで会って話をしていた。イヴァーノやライモンドと一緒に押し掛けたこともある。
王城にいる誰よりもエーミルとは話が合った。今思えば、合わせようとしてくれていたのかもしれない。
魔物の肉を喰ってからは、エーミルに会うこともなかった。自分が穢れた気がして、清らかな神官に憐れみの目で見られることを恐れていた。
集団自決の後、教団施設に向かったのは「自分が死んだら、手紙を遺すから読んで欲しい」というエーミルとの約束を果たす為だった。魔物を狩るという目的もあった。
エーミルの手紙を読んで驚きはしたが、大した衝撃は受けなかった。それよりも、託されたアズサに心が向いていた。
自ら死ぬことで、エーミルは謝罪に替えた。エーミルはアズサを道連れにしないようにと護っていた。たった半年一緒に過ごした俺は、アズサに完全に心を奪われている。アズサを見守り続けたエーミルの、三年間の我慢と節制は俺の想像を超えるものだろう。
俺は我が国を護る為、間諜になった。王を筆頭にトゥーリオや宰相にも反対されたが、王家の血を穢さない為だと説得した。
トゥーリオを影から支えることと、定期的に連絡することを条件に、今後は追いかけてこないことを約束させている。
表向きは魔物退治。裏では、逃げた盗賊団や外国の間諜を追跡する。バルディアの火災以降、他の町でも工事が止まり外国人が姿を消しているが、どこに潜伏されているかわからない。備えと警戒は常に必要だ。
俺が示した証拠によって、異母弟フルヴィオは幽閉、有力貴族たちは爵位を剥奪されて牢獄送りになる予定だ。この結果が見えていたからこそ、静かに手を引くようにと警告を重ねていたが、結局は引くこともなく侵略の手引きを加速させた。
結果が見えているのに、何故引くことができなかったのか、俺は疑問だった。アズサに何気なく聞くと「自分だけは大丈夫、そんな結果にはならないと思っていたんでしょ」という答えが返ってきた。俺は成程と納得するものがあった。
アズサの一言は、時折はっとする程、問題解決へのきっかけになることがある。考え方や文化が違うということは面白い。一般国民の識字率を上げることも、将来優先すべき政策として宰相に提案している。
アズサとは春に結婚することに決めた。本人は逃げるつもりだったらしいが、言質はとってある。すでにライモンドに婚礼衣装は依頼している。
初めて抱いた夜、俺はアズサが独りで逃げようとしていることに気が付いていた。俺がアズサを逃がす訳がない。大体、独りで警備の厳重な城からは出られない。
夏には隣国ヴァランデールへ旅行する予定だ。海で泳ぐと張り切るアズサは、水着というものをライモンドに頼んでいるようだ。
毎日、未来の夢が見られることが、本当に嬉しいと感じている。
「エーミルはルカと違って、純真で綺麗な心を持ってたのよ!」
「あー、悪りぃ悪りぃ。俺は神官サマみたいに清らかじゃねーからなー」
「ちょっと。元でも王子なんでしょ。口が悪過ぎよ!」
アズサの口からエーミルの名が出る度に、俺は軽く嫉妬している。死んでしまった人間は神格化されていき、生きている者は決して勝てない。
これが、俺がアズサを受け取ったことへのエーミルの意趣返しなのかと思えば、苦笑するしかない。
そうは言っても、アズサの隣にいるのは俺だ。死んだ人間は手を出せない。
「なあ、俺と神官サマ、どっちがいいんだ?」
「そういう質問はやめてよ。比べることなんて出来る訳ないじゃない!」
アズサが口を尖らせて抗議するが可愛くて仕方がない。ぷくりと膨らんだ頬をつついてみる。
「俺はアズサが一番好きだぞ」
俺の言葉で、アズサが顔を赤くする。羞恥と歓喜が混じりあう表情は何度見ても飽きることがない。
「……私も大好きよ。ルカ」
小声で答えるアズサを、俺は強く抱きしめて口づける。
悪いな、エーミル。俺は死んでもアズサを渡さない。
俺はアズサと一緒に、この世界を生きていく。
生き残りの巫女と魔物喰いの王子 ヴィルヘルミナ @Wilhelmina
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